65.学園長
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なんか見たことある人だな。
というのが第一の感想だった。階下で爆音――扉をぶっ壊して冒険者協会に入ってきたのは耳の先がすこし尖った女性……いわゆるエルフに似た特徴を持っている金髪の女性だった。魔術師っていうのは金髪でないといけない決まりがあるのだろうか? ラズリーしかり。というのは的外れな思考だろう。
金髪は金髪でも人間の金髪とはすこし違う。すこし透けている。淡い色をした金髪。それがエルフの特徴であり――【王立リムリラ魔術学園】の学園長はエルフとの混血である。という噂はどうやら真実らしい。
「ちゃーっす! 私が来た! で? 人間の見分けは難しいもんだなぁ。どいつがどいつ?」
軽いノリは子供じみている。というか実際に子供みたいな容姿をしている。それこそ小等学園の生徒であると言われても疑わずに納得してしまうくらいには。とはいえもちろん実年齢は僕たちよりも遙か上……なにせ百年前から王立リムリラ魔術学園の学園長は代わっていないはずなのだから。
「……こんにちは。私がマミヤです」
「あー君がマミヤか! よろしくよろしく! で? マミヤくんがうちに潜入するんだっけ? うんうん。良いじゃないかとっても賢そうで! 歓迎するとも!」
「ち、違います……」
そして僕といえば傍観していた。あのマミヤさんが困惑している様子っていうのは珍しいものだからね。傍観するに限るというものだ。
しかし僕の態度も長くは続くない。マミヤさんにギロリと睨み付けられる。その睨みに引き寄せられるようにして学園長――確か名前はカミーリンだったか。そうだ。王立リムリラ魔術学園の学園長の名は、カミーリンだ。
カミーリンさんの視線が僕に向かう。……
カミーリンさんは僕をじっと見つめてからすこし首を傾げた。そして言った。高い鈴の音のような声音で。
「君は才能がないなぁ。まったくもって興味をそそられない」
「……どうも。サブローです。才能はありません。よろしく」
「んー。マミヤくんさぁ。この子がうちに潜入するっていうのはちょっと厳しいんじゃないかぁ? ここまで魔術の素養がないってなると、普通に学園をうろついているだけで怪しい目で見られちゃう感じするけどなぁ」
「その辺りは良い感じに細工しますのでご安心ください。……今回はこちらのサブローさんと、もう二人。双子を潜入させます」
僕は頷く。……双子というのがアサシンであることは隠すのだろう。それはそうか。いろいろとぶっ飛んだカミーリンさんにしてもさすがにアサシンを学園に潜入させたりはしないだろう。
と考えてみればこれは色々と面倒な依頼だな。というのが段々と分かってくる。……すべてを知っているのは本当に僕とマミヤさんと双子のアサシンだけなのだろう。他の面子に関しては明かしたり隠したりしていることがある。それを知られるわけにはいかない。
「ふぅーむ。ふむ。ふむふむふむ。……でもどうかなぁやっぱり。この子じゃ厳しいと思うよ? なんだっけ。えーと。サントーくん?」
「そうですそうです。サントーです。よろしく学園長」
「サブローさんです。サブローさんも変なノリを作らないでください。面倒くさいので」
「どっちどっち? 私マジで分からん。サントーでいいの? ダメ? サブロー? サブローくんかぁ。ははぁ」
自分の顎に手を当てながらカミーリンさんは僕を覗き混んでくる。それこそまさに小さすぎて読めない文字を見つめるかのように目を凝らしながら。そして僕は特になにも反応せずその視線というのを受け入れる。なんなら僕はすこし楽しくなってもいる。ここまでてきとうな反応をされるっていうのはいまの立場だと珍しいものだしね。
それこそ魔人サダレとのやりとりが妙に楽しかったのと同じである。変に持ち上げられたり
ちなみにカミーリンさんの背丈はソファに腰掛けている僕の高さとほぼ変わらなかった。だからまさに見ようによっては子供が父親の目を覗きこんでいるような構図にも近かった。
やがてカミーリンさんはにやりと笑って言う。
「君さぁ、うちの学園をなめてない?」
「まさか! なめてるわけないですよ。ラズリーでさえ卒業が難しかったんですから」
「おっ。ラズリーくんかぁ。君、ラズリーくんのことを知ってるのかぁ。いいね。彼女はかなり優秀だったしなぁ。是非ともうちで一生を終えてほしかったものなのだけれど……ん。あー。あ! 君かぁもしかして! サブロー。ああなるほどねぇ。ふぅん」
「ひとりで納得するのやめてくださいよ。カミーリンさん」
「ん? あはははは! カミーリンさん、ねぇ。久しぶりに呼ばれたよそんな名前で。みんな私のことは学園長って呼ぶからさぁ。へー。面白いなぁ」
「どうです。カミーリンさんから見て僕には魔術の才能ありません? カミーリンさんほどの人なら隠された才能を見つけたりも出来たりしちゃうんじゃないですか?」
「いやいやぁ。まったくだよまったく。君は才能がない! あはははは! 笑っちゃうほどに才能がないなぁ君は。やっぱりうちに潜入するのは厳しいと思うんだけどな」
「そうですよね? いいですね。是非それをもっと強くマミヤさんに言ってあげてください。僕は向いてないって」
「うーん。君じゃやっぱりうちの学園から世界地図をコピーするなんて無理だよ」
という言葉に僕はちょっと引っかかる。どうしてカミーリンさんは自分の学園――それはもはや自分の財産にも近いだろう場所に
それを僕が疑問として訊く前にカミーリンさんは言った。
「でも君、良い魂をしている」
「魂、ですか」
「うん。才能はからっきしだし魔術の実力もないだろうけど――魂は良い。うん。いいねー。魂の形が素晴らしい! 質も良い。ははぁ。なるほどラズリーくんとマミヤくんのお気に入りなだけあるなぁ」
「へえ。僕ってマミヤさんのお気に入りなんだ」
「変なこと言わないでください……」
「まーいいよ。うん。合格。うちに入ることを許可してあげよう! ってことでどうしよっかなー。生徒の線は魔術の素養からして絶対に無理だしー。まあうちに出入りしている業者の人間ってことで許可証をあげよう!」
なんて素早く言ったカミーリンさんの言葉が耳に入る前にフラッシュが瞬いた。オレンジのフラッシュ。一瞬だけ視界が消えて次の瞬間には元に戻っている。なにが起きたのかは分からない。なにをされたのかも分からない。
ただカミーリンさんはうんうんと何度も頷いて言う。
「これでオッケー。その双子? ってのは君と常に一緒ね! じゃないと警備に殺されちゃうから注意って感じでー、あとなんかあるかな? ないよね? じゃー帰ろっかな。うちに来る時期はいつでもいいからさー、正面から入ってきてね!」
「あの」
ところでなんで盗人を盗人として受け入れるんですか? と質問をする前にカミーリンさんは消えた。それはラズリーよりも鮮やかな転移魔術だった。あるいは魔法だった。予兆も前兆もなくその場から消えてなくなり――後に残ったのは疲れ切った表情のマミヤさんと、ちょっとだけワクワクしている僕だった。
「……サブローさん」
「はいはい」
「いまから一週間後に潜入してもらいます」
「了解了解」
「それまでに双子のアサシンとは顔合わせをしていてほしいんですが――また後ほど連絡しますので」
「おっけー。いや中々……うん。ちょっと嫌、いやかなり嫌だったけど……すこしだけワクワクしてきてな」
「……珍しいですね? サブローさんがそんなこと言うなんて」
「うーん。やっぱり僕にも好奇心はあるからね。――ちょっとばかし、興味が湧いた」
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