64.双子のアサシン
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僕は言い渡された二つの依頼を咀嚼するのに必死だった。
まだ師匠の方の依頼は分かる。「秘匿されている世界地図をコピーしてくる」。うん。まったくもって犯罪である。とはいえ妥当性があると判断された以上は受け入れようじゃないか。ああいいとも。コピーしてくるのは難しいことかもしれないけれど理解は出来る。
しかして「悪魔教の幹部を生け捕りにしてほしい」とは何事か? ……対面に座るマミヤさんは平静を保っていた。そしてその平静さが僕にとっては憎たらしい。
そもそも悪魔教とはなにか――というのは恐らく知っている人間は少ない。全世界を巡ってもほぼ見つからないだろう。とはいえ一般常識を持ち合わせているのであれば簡単に類推することが可能である。――女神教と敵対する宗教。
たとえば僕は宗教といったものにほとほと興味がない。しかしもしも「あなたはどこの宗派ですか?」なんていうくだらない質問に遭遇したならば、僕は迷わず「女神教ですよ」と答えるだろう。「なに言ってるんですか? 当たり前じゃないですか」なんて顔をしながら。
全世界の人口の九十九パーセントは女神教を信仰している。積極的であろうと消極的であろうともそれは変わらないのだ。そして残りの一パーセントは様々な宗派に別れるが――そのうちのほんの僅かな割合が悪魔教である。
では悪魔教とはどんな宗教なのか?
「……僕は魔物退治にそこそこ
「目的は生け捕りです。戦う必要はありませんよ」
「殺すよりも生け捕りの方が難しいんですよ。マミヤさん。知らないわけじゃないですよね」
「……これはまだ確定情報ではないので、聞き流して欲しいのですが」
「はい」
「サポートを付ける予定でいます」
「……サポートっていうか、【
「目立ちすぎますでの却下です。あくまでも潜入ですので。人の目には目立たないようにお願いしたいのです」
「じゃあサポートっていうのは?」
「双子のアサシンです。私が手配しました」
いやいやいやいやいや。アサシンって闇ギルドの人間じゃん! 裏社会でしか使われていない職業じゃん! という突っ込みを僕はぐっと飲み込む。それはマミヤさんが至極当然といった表情で佇んでいるからだ。
僕はマミヤさんを信頼している。信用している。すこしぶっ飛んだところはあるけれどマミヤさんのスタンスは常に一定なのだ。……僕の味方。僕たちの味方。勇者の味方。そして冒険者の味方。
マミヤさんは厳しい。冷たい。すべての冒険者に好かれているわけでもない。すべての勇者から信頼を得ているわけでもない。でも僕は知っている。マミヤさんが味方であるということを。厳しくて冷たくて辛くても味方なのだ。
そして、ならばそれで良いと僕は思うのだ。
そのマミヤさんが手配したというのだから……飲み込みづらくとも僕は飲み込もう。
双子のアサシン。……なんとなく嫌な響きである。どういった人達なのだろう。アサシンというからには人殺しには慣れているはずだ。そして僕が思い浮かべるのは屈強な二人の男だった。血と硝煙のにおいを醸している筋肉質な二人の男である。顔はうり二つ……。はあ。
まあすこしくらい怖そうなくらいが一番良いか。危険な任務であればあるほどに。頼りがいがあるだろうしね。
「で? マミヤさん。その依頼の目的っていうのは? 師匠の方はプライバシーの観点から僕に伝えないっていうのは分かる。でも協会の極秘任務の目的くらいは教えてもらわないと……ほら。僕もやる気が出ないっていうか」
「魔神の復活と悪魔教の存在が、関わっているかもしれません」
それは予想だにしていない言葉だったので僕はすこし喉を詰まらせた。……悪魔教と魔神が関わっている? そんなことが? ……ただ納得はする。それは極秘任務の納得であり同時並行的な二つの依頼の納得である。なるほど。
魔神が関わっているというのならば僕を拘束して依頼するのも分かるというものだ。僕は自分を高く評価していないが、とはいえS級勇者という肩書きが伊達ではないことも知っている。つまり魔神が復活して魔人という存在が出現している以上――僕に対する依頼というのはそちら側に寄っていないとおかしい。魔神や魔人に関わっている依頼でないとおかしい。
と考えていたから納得。そして同時にキサラギ師匠の依頼についてもなんとなく想像がつく。たぶん――世界地図をコピーするというのも魔神復活に関わっていそうな気がする。師匠は意地悪だから教えてくれないだろうけれど。
「以上がサブローさんへの依頼になります。引き受けてくださいますね?」
「……ますか? じゃなくて、ますね? なんだね。もはや強制じゃん」
「強制ですよ。引き受けるまで軟禁する準備は整っています」
「真顔で言うことじゃないよ、それ」
「引き受けてくださいますね?」
「……引き受けるしかないんでしょう」
「ありがとうございます」
マミヤさんはニコリと笑う。それはまったくもって事務的な笑顔だった。もうすこしちゃんと笑ってくれと僕は突っ込みたい。
「で、マミヤさん」
「はい?」
「とりあえず整理すると――僕とその双子のアサシンが組んで動くってことでいいんだよね。他は誰も関わらない」
「はい。また極秘任務ですので、【
「師匠の方はいいんだ? あと王立リムリラ魔術学園に潜入するっていうのも」
「そちらに関しては構いませんし……あの人達ならば勝手に調べるでしょう」
「まあそれはそうだね。オーケー。分かった。で、動くのはいつ?」
「まず王立リムリラ魔術学園の学園長と会っていただきます。軽い面接のようなものですね。先方には潜入については話しておりますので――とはいえこちらもキサラギ・ユウキ様からの依頼のみについての話だけです。極秘任務については話しておりませんので」
「……あれ。秘匿されている世界地図をコピーするっていうの、その学園の学園長が受け入れてるの?」
「はい。受け入れています」
「……まあ噂だといろいろぶっ飛んだ人らしいしね。学園長って。……おっけー。了解。とりあえずすべてを知っているのは僕と協会と、その双子のアサシンだけって感じだね」
「はい。学園長との面接にて潜入の時期を決定してもらい――それから双子のアサシンとも会ってもらいます。こちらは両者ともにA級アサシンですので」
「うーん。怖いね」
まあ闇ギルドの等級やグレードというものは僕には分からない。でもA級であるというのならば相当に上にいるはずだ。冒険者と同等と考えてもいいだろうし。……それこそスピカ達と同じ等級でもあるのだ。A級というのは。
……怖いものだね。本当に。
「じゃあまずは学園長か。うん。日程とかの調整はマミヤさんに任せるよ」
「あ。いますぐに来ますよ」
「……ん?」
「いますぐに来ます」
は? と僕がリアクションした瞬間だった。
――――階下から爆音が響いてきたのは。
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