58.お見舞い


   58



 ベッドの上に戻ってフーディくんとププムルちゃんを迎え入れる。


 彼らの椅子はいつの間にかランプちゃんが用意してくれていた。さすがは出来る元ストーカーである。さらにランプちゃんは空気を読んで「私はすこし買い出しに行ってきますね?」と言い残して病室を出て行った。


 さて。


 僕はベッドをリクライニングしてすこし頭を上げるようにする。



「ごめんね。こんな格好で申し訳ない。ちょっと座ってると、まだしんどくてさ」

「ぜ、全然! 全然構わないかもです。本当、無理はしないでください。なんならもっと寝たような体勢でも……」

「いやいや。さすがにそれはちょっとね。それにしても、来てくれてありがとう。実を言うとまだ起きたばっかりだからさ。人と話せるのがありがたいんだよ」

「いえいえいえ。むしろ来るのは当然っていうかなんていうか……かもですので。はい。……その」

「うん」

「その…………」



 ププムルちゃんは黙る。それきり黙ってしまう。なにかを言いかけようとしているのは伝わってくる。でもその言葉を表に出せない様子だった。そして僕はそれを受け入れている。無理に引き出したりもしない。


 僕たちはもう他人じゃない。知り合いでもない。かけがえのない、戦友なのだ。


 僕はフーディくんに視線を向ける。彼は彼で無言だった。けれどププムルちゃんの無言とはすこし違っていた。ああ。そして僕もまた無言になって彼の言葉を待つ。フーディくんがきっと言うであろう言葉を待つ。


 やがて彼は言った。絞り出すように。



「俺は……。俺達は……」

「うん」

「……弱かった」



 胸の奥にある一番大事なところから耐えきれずに漏れ出してしまったような声だった。だから僕は否定も肯定もしなかった。ただ黙って続きを待った。



「なにも出来なかった……っ。あの魔人を前にして、ただ怯えることしか出来なかった。立ち上がることさえ出来なかった。勇気を出すことさえ出来なかった! なにも……なにも出来ずに、ただ逃げることしか出来なかった」

「……うん」

「……それになにより、俺達は、サブローさんを、……見殺しにしたんだ」

「……」

「だから……」

「でも、お見舞いに来てくれた」



 僕はフーディくんの心境を想像する。ププムルちゃんの心境を頭に思い浮かべる。……きっと辛い。誰よりもきつい。そうだ。僕は知っている。僕は何度も何度も何度も逃げ出したことがあるからこそ分かる。後悔したことがあるからこそ分かる。


 逃げるというのはつらいのだ。苦しいのだ。決して楽なことではないのだ。なにより僕という人間を置いて逃げたというのは、それこそ苦しいことに違いないのだ。


 ――無力は苦しい。


 ――無力はつらい。


 僕は誰よりもそれを知っている。だから言える。



「正直、来ないと思ってたんだ。来られるはずないと思ってたんだ。……だってさ、勇気がいるだろ? 僕のところに来るのって。……でも、来てくれた」



 来てくれた。……たぶん僕なら無理だ。僕がフーディくんやププムルちゃんの立場なら無理だっただろう。そこまでの勇気はなかっただろう。


 でもフーディくん達は僕のもとに来た。……入院している僕と対面するというのは自分たちの弱さと向き合うということなのだ。自分の無力な過去と向き合うということなのだ。その責任を果たすということに他ならないのだ。なによりも偉いことなのだ。



「マミヤさんの人選はやっぱり正しかった。……君たち以外にはいなかっただろうね。僕と合同パーティーを組める人達っていうのは。……まあ最初やる気がなかった僕にも問題はあるよね」

「……あのときのサブローさんは、冷たい人だと思った」

「あはは! だよね。いやまったく。こんな大事になるとは思ってなかったからさあ」

「でもいまは、サブローさんと組めて良かったと思ってる。サブローさん以外だったら……、たとえそれがS級以上の勇者だったとしても、俺達はこんなにすぐ立ち直れていなかっただろうから」

「そうかな? 君たちなら意外とあっさり立ち直りそうだけど……でも、そう言ってもらえて光栄だ。素直に受け取らせてもらうよ」



 僕はシニカルに言いながら自然に笑っている。やっぱりお世辞だったとしても後輩の冒険者に褒められるというのは気分の良いものなのだ。しかもそれが将来有望な勇者だっていうなら尚更である。


 そしてププムルちゃんもどこか憑きものが落ちたような表情をしていた。ああ。きっとフーディくんはププムルちゃんの気持ちを代弁したところもあるのだろう。



「それで……その。サブローさん。一体どういう感じだったのか、今後のためにも教えてもらっていいか」

「ん?」

「あっ、その……。私達、あの魔人との戦闘を聞きたいかもです。一体どうやって死線をくぐり抜けたのか……今後のためにも知りたいかもです!」

「ああなるほど。もちろんもちろん。ていうか仕留めるには至らなかったからね。二人ならどうするかも聞きたいな」



 さて。


 それから僕たちはしばらく会話に興じていた。話す内容というのは最初のうちは魔人サダレについてだった。どんな奴だったのか。どんな会話をしたのか。そしてどうやって僕は生還することが出来たのか。……指揮については根掘り葉掘り聞かれた。だから修行について教えてあげたのだけれど「出来るわけがない」と言われてしまった。まあそれはもしかすると正しいかもしれない。


 それから話は脱線していく。


 お互いのパーティーについて。どんな仲間がいるのか。どういうところをいままで冒険してきたのか。こなしてきた依頼について。僕を含めて三人ともたくさんの依頼をこなしてきた。伊達に勇者になっているわけではない。だから面白い話が尽きることはなかった。


 気がつけば陽は落ちつつあった。



「じゃあ、そろそろおいとまするよ」



 フーディくんがそう言って席を立ったのは夕方の手前だった。



「うん。またね。もう僕たちは戦友なんだから。何度でも会いに来てくれ」

「は、はい。恐れ多いかもですけど……その。なにかあったら相談しても大丈夫かもですか?」

「もちろん! 僕に対処可能なものなら、だけどね」

「それはほぼすべての事象ってことだろ? サブローさん」

「フーディくんは意地悪だなぁ」

「はは。……はやく身体治してくれよな。俺が言えたことじゃないかもしれないけどさ」

「うん。大丈夫。あと三週間もすれば全快すると思うよ。そしたら皆でご飯でも食べに行こう!」

「あっ、それいいかもです! 手配は任せてくださいかもです! お姉ちゃんに頼んで、王都の良いところを予約しておきますねっ」

「おぉ。いいねぇ。僕の身体もはやく治ってほしいものだ」

「じゃあ……。またなサブローさん」

「うん。また」



 そうして僕たちは別れる。


 僕はすぐに眠る。やっぱりまだ身体は本調子ではないみたい。


 起きたときには夕暮れ。ランプちゃんが僕に付き添ってくれている。それで安心して僕はまた眠る。


 次に起きたときには夜。まん丸の月が淡い銀光ぎんこうで世界を照らしていた。ランプちゃんはいなかった。さすがに帰ったのだろう。それに彼女には隠れ家的なBARでの店主というお仕事もあるのだ。


 また眠る……いや。眠ろうとしたけれど僕はまた目を開けた。それは部屋の隅の気配に気がついたからだ。まるで暗殺者にも似た気配。いやまったく。


 これが知らない気配だったら僕は大声で悲鳴を上げていたことだろう。助けてくださーい! ここに暗殺者がいまーす! という感じで。


 僕は部屋の隅に向かって言う。



「……なにしてるんですか、師匠」





_______________________________



次話で第一部完結となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る