55.【原初の家族】とサブロー


   55



 ああ、それにしても、疲れた。


 サダレの頭はドラゴンの拳によって粉砕された。それまでの道程というのはべつに最初から作られていたわけではない。よく勘違いされがちなのだ。「未来予知で指揮をしている」だとか「盤の上の駒を動かしているが如し」とか。そんなわけがない。もしそんな芸当が出来るのであれば僕はもっと自分に自信を持っていただろう。自分の才能というのを信じて疑っていなかっただろう。


 それこそイタい勘違いをいまでも継続していたはずだ。


 ああ。そうさ。未来予知なんてとんでもない。盤の上の駒? そんなの馬鹿みたいだ。……師匠との修行がすべてだ。風船が動いたり師匠が攻撃を仕掛けたりする。それに対する対処というのが僕の行動であり――すべては後手。後手なのだ。僕の指揮というのはすべて。



 ――後手に回りて、相手を刺す。



 僕はゆっくりと息を吐く。……視界では首なし死体となったサダレの肉体がゆっくりと倒れていくのが見えた。その背後にいるドラゴンは返り血を浴びている。



「お疲れ、ドラゴン」



 へたり込んでしまう前に僕はドラゴンをねぎらう。ドラゴンは片手を挙げて応えてくれる。そしてドラゴンは歩いてくる。地面を踏みしめるようにしてゆっくりとゆっくりと。……僕はそれから振り返った。


 いつもの三人がいる。スピカにラズリーにシラユキ。そうだ。大体いつも戦闘の終わりというのはこうして振り返るのだ。すべての決着をつけてくれるフィニッシャーを担うのがドラゴンならば、この三人は僕の手足となって動いてくれるサポーターにも近いのだ。


 スピカは数多の精霊と契約して自然に愛されている。その精霊の力をもってして僕の指揮に百二十パーセントの力で応えてくれる。これ以上ないほど頼りになる幼馴染みだ。



「お疲れ、スピカ」

「うん。お疲れ様、サブローくん。……また無理しちゃったね」

「無理、ね。まあ、無理かもしれないな。……怒ってる?」

「ううん。心配してる。あんまり無理しないでほしいから」

「……ごめん」

「むしろごめんね、サブローくん。大事なときにいなくなってて……。次からはちゃんと、精霊さんに監視してもらうから! サブローくんがいまなにをしててどんなことになってるのか、逐一報告するような感じで……」

「いやそれは勘弁してほしいんだけど!」

「ふふ。冗談だよ」



 ニコリとスピカは笑う。それこそ夏の陽だまりで空を仰いでいる花畑みたいな笑みを浮かべる。……ああ。敵わないなと僕は思う。たぶんこれから僕は一生スピカには敵わないだろう。頭が上がらないだろう。


 それから僕は目を擦ってラズリーを見る。


 ラズリーは言うまでもなく天才の魔術師である。魔法使いである。一言で言い表すのならば魔女。ああ。もうそれ以上の説明なんていらない。頼りになる魔女であり中学時代からの親友だ。



「ラズリーもお疲れ。ばっちりな魔術だったよ。ちなみになに? あの光の魔術。凄かったね」

「あれ、なんだったかしら。どっかで覚えた魔術なのよね。忘れちゃったけど」

「へえ。中々にムカつく返答だね!」

「っ、なにがよ? てかなにそれ、スピカと対応違くない? ねえっ。あたし結構頑張ったと思うんだけど? 今回。違う? ちょっと。サブロー?」

「分かった分かった分かった分かってる。頑張った頑張った。マジでラズリーは頑張った! ありがとう!」

「ねえなんかちょっとそれ心がこもってないわよね!? ねえ! あたしには分かるけど? それ心がこもってなくない? ねえっ」

「めんどくさい!」

「っ、はあ!? 面倒くさいってなによ! ちょっと! なにが面倒くさいって言うのよ! ねえ! あたしかなり活躍したのにそういうのはナシでしょ! ちょっとサブロー!」

「ごめんごめん。……でもマジでありがとう。助かったのは事実だよ。本当にありがとう」

「……最初からそう言いなさいよ」

「ちょろ」

「っ、いまなんか言った? ねえ。サブロー? いまなんか言わなかった」

「すごいって言ったんだよすごいって!」



 僕はパチパチパチと拍手を繰り返してラズリーをなだめる。……いつもの調子だったら僕は今頃胸ぐらを掴まれてゆっさゆっさと揺さぶられていたことだろう。でもさすがのラズリーもいまの僕を見てそういう所業をするつもりにはならないらしい。


 はやく治療してほしい。


 といった顔が並んでいる。ドラゴン以外。……まあドラゴンとは男同士の絆がある。僕がこれくらいの傷でひぃひぃ言わないことをドラゴンは知っているのだ。そして僕自身も僕自身のことだからこそ知っている。このくらいの傷は構わない。


 僕はシラユキに顔を向けた。


 シラユキは……正直に言って僕にも掴み所がない。僕でさえシラユキがなにを習得していてなにを習得していないのか分からない。でも本当に細かな指示をシラユキは叶えてくれるオールマイティな存在なのだ。ラズリーとはまた違った鬼才を持つ高校時代からの親友なのだ。



「お疲れシラユキ。細かいところで本当に助かったよ」

「うん。構わないさ。君の役に立つために頑張ってるんだからさ、私は」

「いいねー。そういうドライなところ好きだぜ、僕」

「ふふ。まあ、サブローが望むならドライな女にも媚びた雌犬にもなってあげるよ」

「媚びた雌犬は嫌だな……ちょっと……」

「知ってる。だから、やらない。私はそんな感じだよ。付き合いやすいだろ? どっかの魔女と違ってさ」

「うん。まったくだ」


「ちょっと! いまどさくさに紛れて私の悪口言ってた! ねえ! 言ってたわよね! スピカ!?」

「うーん。私にはなんともかんとも……」



 ぎゃーぎゃーとラズリーが騒ぎ出す。その騒ぎにスピカが巻き込まれる。そしてシラユキが苦笑を滲ませながらラズリーに顔を向ける。ああ。


 そのやりとりをいつもの様に眺めながら僕は最後にドラゴンに顔を向ける。


 男同士。


 小学校からの親友。


 もはやそれ以上の説明などいらない。男同士なんてそんなものだ。そんなものでいいのだ。



「どう? ドラゴン。疲れた?」

「まあな。すこしばかりは疲れたぜ」

「でも戦い甲斐はあっただろ?」

「ああ。かなり楽しめた。久々にな」

「なら良かった。楽しみを提供するのも僕の仕事だしね?」

「それで死にかけられちゃ世話がねえけどな」

「まあね。僕も出来れば安全な立場がいいよ」

「ま、勝ったならいい」

「そうだね。勝ったならいい」



 拳と拳をぶつけ合う。それでドラゴンとの会話は終わり。あとはダンジョンを出て王都に戻るだけ。そして報告するだけ……。報告は荷が重くて嫌なんだけどな。


 と。


 僕は何気なく。本当に何気なく。またサダレの首無し死体に視線を向けて――気がついた。


 首の断面図から緩やかに流れていく黒の瘴気を。高すぎる密度のマナの流れを。その暗黒の粒子は、まるで水桶に垂らした墨が広がっていくかのように空間に広がっていく。空間で形を作る――。


 瘴気で出来た、


 全員の気配に緊迫感が帯びる。みんなが気がつく。


 その唇は開き、そして、サダレの声で言った。



「五芒星」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る