49.カウント・エンド
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たぶんサダレの激情っていうのはある意味で正論で筋が通っているのだろう。
なんて。僕はドラゴンに身体を下ろされながら思う。そしてすぐにドラゴンの気配というのは遠ざかっていく。また音だけが聞こえる。戦闘の音だけが……。でも僕はドラゴンの地を駆ける音というのをよく知っている。ララウェイちゃんの気配というものもよく知っている。そしてサダレとは直接に戦った相手だ。
ゆえに見えずとも大体の戦闘の様子というのは追えていた。
……明らかな劣勢だ。ドラゴンとララウェイちゃんが二人がかりでなんとか足下に食らいつくことが出来ているという感じ。それにサダレは僕に向けていた闘士よりも一段階はギアを上げている。確実に。
たぶんもう、サダレは遊ぶ気などない。僕たちを殺すつもりでいる。
「――っ、坊主!」
「うるせぇ!」
「死ねっ、死ね死ね死ねぇっ!」
――カウント。三百。残りも三百。耐えられるだろうか? 耐えてもらうしかないな。それに耐えられるかどうかなんて考えても意味がないか。なぜなら耐えられない=死である。死なのだ。ならば考えても仕方ない。
「弱い弱い弱いっ! むかつくむかつくむかつくっ! ぜんぜん勇者じゃない! サブローは勇者なんかじゃない! 自分じゃなんもできない! 避けるのが上手いからってなに!? 踊るのが上手だからってなんなのっ! 弱い――弱い弱いっ! むかつく! みんな死んじゃえ!」
目を閉じていても肌に感じる。嵐のように吹き荒れるマナの流れを。そして展開されていく魔法陣の気配を。ただ僕は信じることしか出来ない。ドラゴンとララウェイちゃんを。……どちらもソロ向きのタイプだからなあと僕は苦笑しそうになりながら思った。例えばスピカやシラユキながら互いに協力しながら良い感じに戦えるだろう。でもドラゴンとララウェイちゃんは……まあ。信じるのみだ。
信じるのみ。
なるほどやっぱりサダレの激情の理由も分かるな。どうにもサダレという魔人は勇者という存在に執着を抱いているようだし。……ただ。
サダレという存在が本当に魔人なのかというのは疑問だな。
僕は戦闘の音を聞きながら思考に意識を集中させる。魔人サダレは何者なのか。魔人を名乗ってはいる。しかして……たとえば僕がララウェイちゃんに教えられた魔人というのは百二十年前の魔人である。魔神が復活するのに関わっている魔人という存在。
でも――百二十年前に勇者は存在していなかったはずだ。
勇者というのは戦争の終わり。魔神が討たれたことによって誕生した。魔神を討って戦争を終わらせた冒険者が勇者という称号を得たのだ。そして勇者という職業も同時に誕生した。
「っ、吸血鬼ぃ!」
「黙れっ!」
「これに耐えられるかな? 弱い弱い雑魚雑魚な虫も、裏切り者の吸血鬼も――まとめて消し炭になっちゃえ」
でもこれまでのサダレとの会話で得た情報では――サダレはもっともっと昔から甦った存在ということにはならないだろうか。かつ、その遙か昔の時代にも勇者という存在がいた? ……いや。しっくりこない。その理由はなにか。
服だ。
中華と呼ばれる地方のものらしい服。いまもその服を着てサダレは踊っているだろう。ドラゴンとララウェイちゃんを相手に激情を迸らせながら拳撃を繰り返している。魔術を発動させている。
……もしも魔人サダレが百二十年よりももっと昔から甦ったとして、あの服の出来というのはおかしくはないだろうか? 遙か昔にしては洗練されすぎてはいないだろうか。むしろ現代らしいデザインをしてはいないか? ……もちろん僕の思考に確証はない。これは意味のない思考かもしれない。それでも僕は思うのだ。
魔人サダレは何者か。
本当に過去から甦っただけの存在なのか?
もっと別に隠された秘密のようなものがある気がする。けれどその答えにはまだ到達できないという確信もある。まだ僕の発想力は答えに及んでいない。僕がこれまでの人生で培ってきた知識も答えには届いていない。……なにか。なにかがあるはずだ。過去から甦ったという以外に、なにかが。
まあ帰ってから相談すればいいだけの話だ。たとえばマミヤさんとかに。あるいはスピカやシラユキに。彼女達は僕が到達できない答えにもあっさりと到達してしまうだけの発想力と知識を兼ね備えているのだ。うん。
爆発の衝撃音がこちらまで響いてくる。次いで地響きが僕のお尻を浮かした。背中をくっつけている木々が怯えるように震えているのが分かった。それでも僕は目を開けない。それでも僕は心配しない。ドラゴンとララウェイちゃんを信じている。……そうだ。
先ほどまでは生きて帰れるか分からないという死の覚悟が心の底で暴れていた。けれどいまは違っていた。いまは生きて帰れることを現実のものとして捉えられている。掌にしっかりと掴んでいられている。
僕は自分の眼球に意識を向ける。すこしの回復でも目というのはちゃんと休んでくれるものだ。ちゃんと回復してくれるものだ。特に僕の両目はそうである。
だから――。
カウントは進む。残りの秒数は少ない。さらに僕はもう一つの吉兆の予感というものを感じ取っている。しかしそれが都合の良い妄想の線である域は越えていない。ゆえに期待はしない。吉兆はあくまでも吉兆であり現実ではないから。……ただ僕は自分がするべきことを淡々とこなせばいい。
そして――僕は目を瞑りながらサバイバルポーチに右手を忍ばせる。腰に巻いたポーチは僕にとっての命綱にも等しい。中にはたくさんの僕を助けるためのアイテムが入っている。ゆえにポーチは特別製であり、とある国の魔術団に頼んで特別頑丈に作られている。だからいまのいままで続いていた戦闘によっても傷付きこそすれ壊れることはない。
中身はごちゃごちゃとしている。まあ外側は頑丈でも内側は普通のポーチなのだ。それに僕は『退職届け』など必要ないものをとりあえず入れたりもしている。まあまさか今回こんな事態になるなんて思ってもみなかったからね……。帰ったらポーチの中身を整理するのも良いだろう。
うん。
そして僕はゴチャゴチャした中からお目当てのものを見つける。それはまるで木の枝のようにざらざらとした質感をしている。形は細くて長い。ああ。まさに木の枝っていう表現がぴたりかもしれない。とはいえ木の枝がポーチに入っているはずもない。
根元はすこしだけ太い。先端にいくほど細くなる。ざらざらした質感は滑り止めの役割を果たしている。流すマナに対する感応もいい。僕のマナに馴染んでいるのだ。もう使い始めて五年近くにもなるから――。
僕はしばらくその棒を右手で撫でたりつまんだり回したりして時間を潰す。
やがてカウントは終わりに近づく。
ドラゴンとララウェイちゃんはまだ戦闘している様子だ。
そして僕は、こちらに近づいてくる気配にも気がついている。
馴染みの――三人の気配にも。
さて。
戦闘の音が
僕は目を開ける。
――スピカ。ラズリー。シラユキ。
僕はゆっくりと立ち上がる。三人は特になにも声を掛けてはこない。状況を理解しているのだろう。そして僕はサバイバルポーチから右手を抜いた。握られているのは細くて長い棒――杖だ。
僕は言う。
「さて。そろそろ終わりにしようか」
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