48.それのなにが勇者だ
48
――気がつけばサブローのペースに飲み込まれていた。ということを魔人サダレはようやく理解して飲み込んだ。急激に変わっていく展開と怒濤の流れ。右腕をもぎ取られた事すらも過去のことのように思えてしまう。
とはいえ脳に対する刺激はサダレにとって良いものだった。甦ったばかりの脳味噌は長時間睡眠を摂ったあとの起床後にも近いのだ。思い出せるものも少なかった。しかしサブローとの舞踏。さらに右腕をもぎ取られた衝撃。さらには【
身体が羽根のように軽い。
振るう拳は空気にさえ抵抗を受けずに長身痩躯の男――【
【
追撃。
サダレは軽く地を蹴る。それだけで草が抉れる。木の根が断裂する。後方に流れていく景色は流星にも近い。時間の超越。目の前には吹っ飛んでいる
愚かなりし吸血鬼。
横っ面に衝撃の魔術でも食らったのかな。なんて考えながらサダレは空中で身体を制御する。そうして木の幹に足をくっつけて静止する。まるでサダレ自身が木の枝になってしまったかのように。……それから見る。
三本の木々をへし折ってやっと止まった男と、
サブローは木々の奥の方で座り込んで目を瞑っていた。……いやいや。こんな状況なのにどうして目なんて瞑っていられるのだろう? やっぱりサブローってちょっと違う。普通の感性をしていない。普通そうに見えるのに普通じゃない。でもだからこそサブローは勇者を名乗っているのかもしれない……ただ。
本気を出すって言っておいて仲間にすべて
やっぱり勇者らしくない。すくなくともサダレの知っている勇者像とは違う。そして苛立ちがある。寂しさがある。せめてまだまだダンスしていてほしい。死ぬと分かっていても勇者らしく意地で踊っていてほしい。それでこそ勇者なのではないだろうか? 無駄だと分かっていても足掻くのが勇者ではないのか? 死ぬと分かっていても踊り続けるのが勇者なのではないのか?
どうせ勝てないのならば、最後まで足掻いてみてほしい。
今更なにをしたところで、サダレには勝てないのだから。
そしてサダレはまた視線を男と吸血鬼に向ける。……男は拳が当たる直前に自分で身体を浮かして衝撃を逃がしたらしい。それでも普通なら死んでいるのだけれど、まあ、そこはさすがに勇者の仲間なのだろうか。別の世界でも勇者の仲間はそれなりに戦える人間が多かった。……とはいえ虫には違いない。
サダレにとって相手がどれだけ強い人間であったとしても虫であることに変わりがなかった。喩えるならばさながらダンゴムシとムカデくらいの違いしかないのだ。どちらにせよ踏み潰せば終わる。すこし避けるのが上手い虫。すこし耐えることが出来る虫。その程度の違い。
人間である限りは、虫だ。
「ねえ、吸血鬼」
そしてサダレは吸血鬼に言う。木の幹から足をずらして地面に着地する。下草を踏み潰す。……声を掛けたのはなんとなくだった。なんとなく意地悪な気持ちになったのだ。
サダレは吸血鬼という魔族をよく知っている。高貴で高潔。プライドが高く同族以外とはあまり関わりを持たない。それこそ人間など下等な種族と見下してもいる。それが吸血鬼という種族であり――血というものは抗えないものだ。
いくら友達と頭で思い込んでいても身体はどうだ? 魂はどうだ? 過去から連綿と受け継がれていく血はどうだ? 果たして本当に友達を貫けるのか? 味方でいることを貫けるというのか?
「いまならまだ、許してあげるよ?」
威圧は得意だ。
脅すのも得意だ。
サダレは吸血鬼ですら目を背けて逃げ出すであろうドス黒い瘴気を滲ませながら歩く。愚かな吸血鬼に向かって歩き出す。……嘘だ。サダレは心の中で口角を上げる。許すはずがない。殺すに決まっている。けれど殺す前に訊きたいのだ。……心の迷いを。裏切るかもしれない可能性を。
寝返らなくてもいい。それでも可能性を滲ませるだけでいい。すこしでも判断が迷えばいい。そしてその瞬間にサダレは吸血鬼の首を切り落とす。――ああ。休憩している様子のサブローはどんなリアクションをするだろう? 仲間に頼る勇者は仲間を
ゆっくりと。ゆっくりと。
サダレは吸血鬼に近づき――言う。
「いまサダレの方につくなら、命だけは助けてあげるよ」
「裏切る己の命など、要らぬさ」
即答。
目を剥く。
その
だがっ。
一瞬で沸騰した激情はそのまま魔術の転換される。視界が元に戻った瞬間に発動するのは黒い渦の奔流だった。それは竜巻のように周囲を吸い込みながら愚かな吸血鬼に迫り――殺した。
と思った瞬間には吸血鬼の身体がずれている。男に蹴り飛ばされて。
「っ、こら貴様ぁ! 我の身体を蹴り飛ばしおったな! こら!」
「死ぬよりマシだろ」
……男は軽く血を吐き出しながら言う。……そんなにすぐ起き上がれるほど生ぬるい攻撃を仕掛けたつもりはなかったのだが。そもそも血を吐き出しているのだから内臓は傷ついているはずだ。なぜに痛む素振りすらも見せないのだろうか。
サダレの口内で舌打ちが弾ける。ならばもういい。先ほどから腹の立つことばかりだ。率直に言って――気持ち悪い。ああそうだ。サダレは自覚する。自分の感情をようやく認める。気持ち悪い。気持ち悪いのだ。なんだかこいつらみんな気持ち悪い。サダレの知っている人間とは違う。サダレの知っている吸血鬼とも違う。……そしてなにより。
サダレは腕をムチのようにしならせて振る。そうして先端の指先から放たれるのは閃光だ。それはまるで望遠鏡を貫く太陽光の一線にも似ていた。その閃光が――一直線にサブローへと駆けた。
ムカつくのは誰のせいか。
認めたりしたのが間違いだったのだ。
すべてを貫く閃光は――しかして吸血鬼と人間の男に止められる。吸血鬼が閃光に稲妻をぶつけて遅延し――その間に男がサブローの身体を抱えるようにして逃げる。まるで、子供を命がけで助ける父親のように。
サブローは仲間にすべてを委ねている。……勇者なのに。自分で戦わなければならない立場なのに。
――ああ、なんて。
なんて。サダレは不愉快な感情に顔をしかめた。それは生まれてはじめて抱く感情のようにも思えた。けれど形容できる言葉が確かに存在していた。……キモい。そうだ。気持ち悪いのともすこし違う。……キモい。キモいだ。なんてキモいのだろう。キモすぎる。ああ、キモすぎるっ。キモい! きもいきもいきもいきもいっ!
「それでなにが勇者だっ!」
気づけばサダレは叫んでいる。
「そうやって情けなく仲間におんぶにだっこで……自分じゃなにも出来ない! 避けることしか出来ない! 時間を稼ぐことしか出来ないっ!」
かつてライバル視して
「それのなにが勇者だよっ!」
「これから分かる」
答えるのはサブローではなかった。
サブローの身体をゆっくりと木の根元に下ろしていく男だった。
長身痩躯の虫だった。
「もうじきおまえは理解する」
血が、また、吐き出される。
「だが、理解したときにはもう遅い」
――鳥肌が立つほどに気持ち悪いその虫は、凶相を浮かべて、宣告する。
「おまえはそのとき、地獄の蓋を開けている」
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