47.サブローの、あれ


   47



「ところでドラゴン、他のみんなは?」



 いきなり臨戦態勢に入っているドラゴンと魔人サダレの気勢をぐように僕は言っている。ちなみに結構僕としても焦っているところがある。そんな突然に戦闘とかが始まっても僕がサポート出来るわけではないのだ。


 それに僕だってドラゴンが合流したのならば頑張りたい意思もある。その為にはどうしたって目の休みが必要になる。この状態では百パーセントを出すことは出来ない。精々が二割程度なのだ。全力を出せたとして。現状の目の状態だと。


 ドラゴンはたぎらせている殺気をすこしだけ落ち着かせる。そして僕の方を向いて答える。



「分からねえ。俺はタイマン張れるならなんでもいいからな。一番強い奴を貰ったんだよ」

「ああ。なるほどね。ドラゴンはタイマンが好きだものね」



 僕は理解を示すように頷く。……そうだ。ドラゴンはタイマンが好きだ。一対一が好きだ。孤高の性質を持っているだけはある。冒険の最中でもみんなと協力するよりは独りで動いていた方が動きのキレが良いなんてこともある。


 それになにより、僕はドラゴンがタイマンで負けているところを見たことがない。


 もちろん劣勢はある。たとえば僕が思い出すのは小等学園時代の出来事だ。一緒に遊んでいたところを他校の上級生に絡まれて僕たちは一緒に仲良くボコボコにされた。手も足も出なかった。でも後日にドラゴンは相手の素性を割り出してひとりひとりと戦っていった。それを僕は実際に見たわけではないけれど目撃情報で知っていた。ドラゴンは僕を巻き込みたくなかったのだろう。あるいはひとりで戦いたかったのだろう。


 上級生ということもあって単純な膂力や魔術では及ばない。つまりドラゴンの方が弱い。でもドラゴンの口癖でもある『勝負は強い奴が必ず勝つものじゃない』という言葉の通りだった。ドラゴンは弱くとも勝った。弱くとも悪逆を通した。上級生をボコボコにした後にさらに耳の穴に虫を詰めたりしたらしい。自分の乳歯を自分で引っこ抜けと脅して本気でそれを実行させたらしい。また自分の眼球に落ちてくる鉄の棒を反射神経でキャッチさせる、ある意味で命がけのゲームとかも実行させたらしい。恐ろしい男だ。


 いやまったく。そのとき一緒にいなくて良かった……!


 なんて過去を思い出しつつ僕は言う。



「どのくらい掛かりそう? スピカ達がここに合流するまで」

「……あっちはあっちで大変そうだったしなぁ」

「魔物の軍勢を相手にしてるわけでしょ? 王国側の協力はどんな感じかな」

「いや。王国はほとんど関係ねえ。サブローを助けるために俺達はこっちに向かってる最中だったんだ。今頃は【ヨイマイ森林】のあたりじゃねえかな? 残党狩りでもしてるかもしれねぇ」

「なるほどねぇ。……十五分くらいは掛かりそうかな」



 僕は勘で言う。でも勘っていうのは経験から生み出される直感でもある。つまりはそれなりに正しさを持っているのだ。まったくもって的を外した勘というものは存在しない。勘というものは浮かんだ瞬間に体感で七割は正しい。


 そして僕はスピカをよく知っている。ラズリーをよく知っている。シラユキをよく知っている。さらに魔物の軍勢をこの目で見ている。……あの三人であの軍勢を相手にするのにどれだけの時間が掛かるのか。さらにドラゴンが到着するまでの時間も考慮する。うん。やはり十五分くらいだろうか。


 あるいはもっと短いか。


 ちょうどいい。


 僕はまた深く頷く。そして今度はドラゴンではなくサダレに視線を向ける。サダレは僕たちのやりとりを白んだ視線で見ていた。感情は退屈。うん。これもまた僕の予想通りというかなんというか。先ほどまでの熱を冷ますようにドラゴンに水を向けた甲斐があったというものだ。


 それにしても、まったく。僕はいつもいつも時間稼ぎばかりだな。


 すこし自嘲してから今度はララウェイちゃんに視線を向ける。ララウェイちゃんもどこか緊迫しつつも退屈を感じてもいる表情。まあララウェイちゃんは大丈夫だろう。僕はララウェイちゃんと友達になってから何度も何度も彼女に助けられてきたのだ。今回も僕の意思を汲んで最善に動いてくれるに違いない。


 さて。


 また僕はドラゴンに視線を戻して言う。



「ドラゴン。はっきり言うけどさ」

「ああ」

「ドラゴンひとりじゃあれには勝てない」

「……ああ」

「弱いとか強いとかの次元じゃないと思うんだ。そもそも勝負の土俵には立っていないと思う。スライムとデーモン・キングが戦うようなものだ」



 ドラゴンの目がすこし細められる。もしかすると自分がスライムに喩えられたことに不快感を持っているのかもしれない。すこし怒っているのかもしれない。おいおい友達なのに随分とひどいことを言うな? という風に心を騒がせているのかもしれない。


 でも僕は言わなければならない。嫌われる勇気……(まあここまでの付き合いで嫌われることがないことは知っているけれど)というものは絶対に持っていなければならないのだ。それが仲間の上に立つということなのだ。リーダーというものなのだ。


 僕は続ける。



「あとドラゴン。後から来て随分と偉い立ち振る舞いをしているけど……これは実際のところ、僕の戦いなんだぜ」



 なんて。


 ドラゴンが目を丸くするのが分かった。


 また柄でもないことを言ってしまった。けれどこれもまた真実だ。僕の心の真実だ。ああ。実際に言葉に出してみると納得できる。これこそが本心なのだと自分で自分を理解できる。そうだな。まったくもってそうなのだ。これは僕の戦いなのだ。僕がちゃんと戦わなければならない戦いなのだ。


 僕は――悔しがっているのだ。



「……珍しいじゃねえか。サブローがそんなこと言うのは」

「僕だって男だよ。ここまでボコボコにされちゃったんだぜ? 頼れる仲間が来たからはいはい後はじゃあ任せました……なんていう風には、ならない」

「だけどよ、スライムとデーモン・キング並みの差があんだろ? 俺でさえ」

「あるよ。でも、その差を縮めるのが僕の役割だ。そうだろ?」

「――、やんのかよ。大丈夫なのか? サブロー。おまえ、のあとはいつも死にそうになるじゃねえか。回復までめっちゃ時間掛かるしよ。スピカにまた怒られるぜ?」

「でも実際に死ぬわけじゃない。それに、見ろよこの左腕を」



 もう上がらなくなった左腕を僕は右手で持ち上げる。ほとんど壊死にも近いんじゃないのか? というほどに紫色をして太ももほど腫れている。火傷によって焦げてしまってもいる。切り傷もひどい。もはや医療では治らないレベルだ。腕の良いプリーストに高い金を払わなければ完治は難しいだろう。しかも完治するにしても時間は掛かる。


 鎮痛剤がなければ痛みで気絶していただろう。と。僕はまた痛みを予期してサバイバルポーチから鎮痛剤の錠剤を取り出して噛み砕く。飲み干す。どう考えても多量摂取。常人であれば意識朦朧として眠気に逆らえずにいびきでもかいていたことだろう。


 言葉を詰まらせているドラゴンに、僕は言う。



「ここまでされて大人しくしていられるほど僕は良い子ちゃんじゃない」

「……分かったよ。だが、俺ひとりじゃ、の効果も半減だろ。そこの吸血鬼がいても同じだ。人数が少なすぎる」

「十五分……。いや。十分だな。耐えてもらう。実を言うといまの目の状態じゃ厳しい。僕も目を休ませていたいんだ」

「……耐える、か」

「嫌かい? ドラゴン」

「まあな。性には合わねえ。ただ、サブローがそれを望んでるなら実行するさ」

「悪いね」

「構わねえよ」

「ということで、ララウェイちゃん」



 いままでの僕とドラゴンの会話を聞いていたララウェイちゃんに視線を向ける。ララウェイちゃんはというものに疑問を抱いているようだった。ただそれは言葉で説明できるようなものでもない。実際に僕が実行してはじめて分かるものでもある。


 だから僕は触れずに言う。



「ドラゴンのサポート、よろしく頼んだ」

「……まあ、やるさ。まったく。吸血鬼使いが荒いな。本当に」

「うん。でもほら――しびれを切らしたみたいだよ。お相手さんは」



 吹き荒れる殺気と衝撃。


 ドラゴンとサダレの激突。


 僕はそれを見ることなく腰を下ろして目を瞑る。


 酷使しすぎた眼球と脳を休める。


 そうしながら――カウント。



 秒を刻み――僕は六百秒が経過するのを待つ。



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