42.まだ僕は、死なない
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ああ、まったく。
柄にもないことを言ってしまった。勇者がなんなのかなんて僕に分かるはずもない。最終的に前を向く? まあ、たぶんそれは正しいのだろう。直感的に分かる。
でも僕が前を向けているのか? っていうのはどうなのだろうな。僕は諦めるのが得意だ。逃げることも得意だ。弱音を吐くのなんてしょっちゅうだ。
人間を観察するのは得意だ。
でも自分のことは分からない。
結局のところ僕の言葉はフーディくん達に向けたものだ。短い付き合いだけれど彼らが責任感を持っている偉い子達なのは理解している。だからたぶん逃げるにあたって葛藤が生まれるだろう。苦しくもなるだろう。情けなくも思うだろう。でもそれでいいのだ。というのを伝えたかったから僕は言ったのだ。
勇者とはなにか。
フーディくん達があまり自分を責めずに逃げられたのならば幸いだ。というかそれが僕の役割でもあるのだ。これでも僕は彼らよりも年長者だしね。彼らよりも長く勇者をしているし、彼らよりも長くリーダーを務めてもいる。だから、最後くらいはその格好良い役目を果たしたかった気持ちもあるのだ。
ああ。
僕は見ずとも気がついている。彼らがちゃんと戻りの螺旋階段で帰ったことに。生還したことに。そしてもしも僕が生きて帰れたのならば聞いてみようじゃないか。ちゃんと僕の言葉に意味あったのかどうか。なんて。
僕は目を擦る。視界はついさっき前からちょっとずつ
明日もしも生きていたのならば眼精疲労でダウンだな。とはいえ僕の目は回復力にも優れている。思春期の頃にキサラギ師匠にしごかれまくって細胞が強化されたのだろう。
さて。
「……? どうしたのサブロー。お目々が痛いの? それともサダレの格好に見惚れちゃった? んふふ。どう? 似合ってる?」
天真爛漫に言うのは魔人サダレだった。さっきまで僕を殺そうとしていた奴の声音とは思えない。容赦なく魔術を発動していた奴の台詞とも思えない。一体どういう気持ちで僕に言っているのだろう? サダレは。
僕には分からない。
でも一つだけ確実に分かっていることもある。……結局のところ、これは『遊び』だ。魔人サダレにとっての遊びだ。サダレはきっと本気を出していない。真剣でもない。真面目でもない。遊びで――本当にダンスするみたいな気持ちで僕を殺そうとしていたのだ。ウォーミングアップ。というサダレの言葉は正しい。
サダレが飽きたら僕は殺される。
「ねー? 聞いてる? サブロー。これどう? 似合ってる? 中華っていう地方の民族衣装だよ? 知ってる? ねー。足に大胆にスリット入ってて可愛くない? ねー」
その赤い衣装はサダレという肉体にはよく似合っていた。サダレの言う通りに民族衣装なので僕は見たことがなかった。それでも説明の通りにスカート状の丈に大胆に切れ目、スリットが入っている。そうして足の根元までが剥き出しになっていた。
何度も何度も「ねー?」と訊いてくるサダレに僕は答えない。それは無意識な時間稼ぎ……だったけれどもう必要ないのか。僕はすこし自嘲するように思う。もう僕が果たすべき責任は果たした。フーディくん達は無事に逃げることが出来たのだ。僕はそれまでの時間を稼ぐことに成功したのだ。
僕は大きく息を吐いた。
気が抜ける。
痛みが増す。
まるで大変な冒険をしたあとの帰途みたいに疲れを自覚する。
「――似合ってるよ、すごく」
「やっぱりー? だよねだよねっ。サダレも我ながら可愛さ自覚してるよー。ふふ。んふふ。ねー、ところでサブロー、知ってる? ……中華っていう地方だと、魔術とかより拳法の方が有名なんだよ?」
「へえ。そうなの? いや。実をいうと僕はあんまり詳しくないんだよ。その中華? っていう地方に関しても、僕の知識にはないかな」
「? あー。もしかしたら昔の記憶かもねー。いまだとないのかな? 中華」
「昔の記憶ねぇ。そこら辺も詳しく話してもらいたいところだけど」
「ん~。サダレが思い出せたらいいよ。まだサダレも曖昧なんだよねー。身体の調整もちょっとぎこちないし……。うん。次はマナじゃなくて身体にしよっかな!」
「……身体にね」
「うん。身体にっ」
サダレの瞳が妖しく光る。
それは無力な獲物を見つけた蛇の眼光にも似ている。
血よりも赤い長い舌が、その唇をぺろりと舐めた。
……僕は。……僕はすこしだけ諦めかけている。……自分の命を。……身体はもう動きたくないと言っている。痛む全身が悲鳴を上げて「頼むからもう無茶な動きをしないでくれ」と叫んでいる。左腕は死んでしまっていて物言わない。傷ついた両足はすこし重心を移しただけでピキピキと痛む。
役割は果たした。
目の前の魔人には決して敵わない。
それでも……それでも僕は諦めかけている心を奮い立たせる。折れかけている精神を立て直す。回ることを拒絶している思考を強引に回転させる。僕は……まだ死ぬわけにはいかない。まだ。まだだ。
浮かぶのは――【
そんな彼等の中心で僕はいつも愉快に笑っている。ああ。馬車の中での思い出が浮かぶ。野営で張ったキャンプで一夜を明かした思い出がある。地方の宿でみんなでボードゲームをして遊んだ思い出も。辛くて厳しい旅も、彼らと一緒ならとびきりに楽しかった。苦しさも笑い合うことが出来た。
でもなによりも一番の思い出は――プライベートで遊んでいるときの思い出だ。はじめての町を皆で一緒に散策した。とある国では喜劇が流行っていた。とある町では斬新なファッションが流行していた。またある村では名物鍛冶屋でみんなお揃いのキーホルダーを作ってもらったりもした。
そうだ。
仲間である以前に、僕たちは友達なのだ。
まだ、僕はみんなと一緒にいたいのだ。
それに――まだ。
――まだ僕はこれっぽっちも本気を出してなんかいないんだ。
そして、僕は笑う。
微笑み、言う。
「サダレ。僕は花が好きだ」
「……? いきなりなに言ってるの?」
「でも、べつに花そのものが特別に好きなわけじゃないんだ」
「? よく分かんない。どういうこと?」
「花を咲かせる。その行為自体が、好きなんだよ」
「……難しいのはよく分かんない。そろそろ、いくね?」
「もう、種は
「――綺麗に踊ってね。サブロー」
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