32.【原初の家族】の会議


   32



 会議室の円卓に座る三人の仲間達。スピカ。ドラゴン。シラユキ。彼女達に対してラズリーはゆっくりと碧い視線を這わせていった。そして観察する。サブローには遠く及ばないとしても人を見る目には自信があった。その上で心の中で頷いた。


 ああ、また強くなってるわね。


 三人がどこかに行った。ということをラズリーはサブローから聞いて知っていた。まあどうせ新しい技術や体術、スキルを獲得したり魔術の習得だろうとは想像がついていた。精霊との契約を結んだりしているのだろうとも分かっていた。そして分かっていたからこそラズリーも自分を鍛えるために王都を離れていたのだ。


 四人の視線が交錯する。


 もう言葉がなくとも分かっている。この数日みんななにをしていたのか。そしていまの感情も……。ちゃんと分かり合えている。それも当然だ。


 サブローと出会った時点からこの仲間内での付き合いは続いているのだ。学生時代もそうだ。休日になるとサブローに誘われてみんなで遊んでいた。ラズリーがサブローと仲良くなった頃には既にスピカとドラゴンがいた。そして高等学園一年生――十四歳の時点でシラユキとも出会った。


 そう考えてみると、もうこの四人は十年近い付き合いになるのか。


 ラズリーはどこか感傷的に想いながら円卓の一席に腰を落ち着かせる。それからマミヤを振り向いて言った。



「マミヤは自分の仕事をしてていいわよ。こっちはこっちで会議するから」



 ラズリーが言ったのは優しさの他にも効率を求めてのものだった。既にラズリー以外の三人は状況というものを正確に把握しているようだ。ならばその仲間達から話を聞けばいい。なにより非常警戒宣言が発令されているのならばマミヤもこちら側に構っている場合ではないだろう。冒険者協会として出来ることをするべきだ。


 なによりマミヤという存在が冒険者協会にとって大きな存在らしいから。


 そしてマミヤが会議室を出てから説明は始まる。スピカの口から。……その間にドラゴンは行儀悪く足を机に投げ出して椅子にふんぞり返っていた。そして葉巻を咥えて雲みたいな煙を天井にふんわりと昇らせていた。スキンヘッドの強面・長身痩躯。という容姿からしてギャングみたいだとラズリーは思った。でも実際にギャングもどきだったかとラズリーは失笑する。


 シラユキはシラユキで自分の爪をいじっていた。綺麗にネイルされた爪だ。……ラズリーが羨ましくなってしまうくらいにシラユキの指は綺麗だ。白くて長くて細くて良い意味で人間らしくない。まるで童話に出てくるお姫様とかフェアリーみたいな指をしている。でもたまにサブローの頬を撫でたりするときのシラユキの指は艶めかしい。色気がある。たぶんシラユキはシラユキで自分の指が武器の一つであることを把握しているのだろう。


 なんて本題とは関係ないことを思考していてもスピカの説明はちゃんと頭に入っている。


 いま王都でなにが起きているのか。サブローがいまどういう状況にあるのか。そして【ハートリック大聖堂】が告げた魔神の復活に関して。


 一通りの説明をスピカから聞いたあとにラズリーは質問を飛ばす。



「魔神が復活してるなら、もうサブローは戻ってきていいじゃないの? スピカ。儀式って魔神の復活の儀式なんでしょ」

「うん。でもなんかサブローくんは魔人って呼ばれる存在を疑ってるらしいよ」

「ふぅん。なるほどね。そいつが【トトツーダンジョン】にいるかもしれないから、サブローは調査を続ける感じね?」

「そうっぽいね。ちなみにラズリーちゃんはどう思う?」

「なにが?」

「これからの私達の動き。一応、ドラゴンくんとシラユキちゃんからはどうしたいっていうのは聞いたんだけど」

「あー。そういう感じね」



 ラズリーはドラゴンとシラユキに視線を向ける。だがどちらも反応はしない。やはりドラゴンは葉巻を咥えて天井を仰いでいる。シラユキは暇そうに自分の爪を手入れしている。……【原初の家族ファースト・ファミリア】はサブローを頭としたパーティーだ。サブローの意思が第一の優先事項だ。サブローがしたいといえばなんだってする。それが【原初の家族ファースト・ファミリア】というパーティーなのだ。


 だがサブローがいない場合の判断はおのおのに任せられている。そして他のパーティーと違って特異なのは個々人の能力が強すぎ、かつ高すぎるところだろうか。ゆえに意見の対立などは起きない。もちろん喧嘩もない。仲はずっと良いままだ。ずっと仲間であり友達のままだ。


 なにせみんなひとりで動ける。


 意見が合わなければ「あたしはこう動くわね」「俺はこうする」「じゃあ私はこうするね?」「私はこうしておこうかな」となるだけだ。そしてもしもサブローが後から「僕はこうしたいな」となればみんな「了解」と応えるだけなのだ。それが【原初の家族ファースト・ファミリア】という特別なパーティーの仕組みである。


 そしてラズリーはすこし考える。現状を把握した上で自分はどう思うのか。どう動くのか。どう動くべきなのか……というのはすこし違うか。やはりサブローのいない場面では自分の意思と感情を第一に優先していい。どう動くではなく、どう動きたいのか。


 やはりラズリーとしてはサブローからのメッセージ・バードを第一に優先したい。サブローは『もしこのメッセージを見たら速やかに合流すること。そして僕を助けに来ること』と言葉を残していたのだ。であるならばそのサブローの意思を優先して……なぜならサブローは頭だから。


 と考えるけれどラズリーは短絡的ではない。


 すぐに思い直す。時系列の問題があると。サブローがメッセージ・バードを飛ばしたときにはまだ魔神が復活していなかったはずだ。それどころかスタンピードも起きていなかった。魔物の軍勢が王都に向かっている可能性もまだ存在していなかった。サブローの意思は過去の意思なのだ。いまの意思ではない。であるならば無効である。


 そしてまた一からラズリーは考える。


 考えてみればすぐに答えは浮かぶ。


 考えるのはやはりサブローのことだ。でもサブローの意思ではなく感情の方だ。サブローならどう思うか。サブローがあたしの立場ならどう動くのか? それを考える。考えてみればやはり答えというのはすぐに浮かぶ。


 なによりサブローが――王都を放っておいて助けに来たと言ったところで喜ぶとも思えない。


 だから。





 欲張りなラズリーは言っている。……子供の頃からラズリーは欲張りだった。自分が欲しいと思ったものはぜんぶ欲しかった。自分の手に入らないものはそもそも興味がないものだった。全部がほしい。あれもほしい。これもほしい。あれをしたい。これをしたい。欲望が尽きたことはない。いまでも欲望は豊かな胸の裏側に秘められている。


 そしてラズリーの言葉に、ドラゴンが顔を上げた。葉巻を灰皿に横たえ、一つ欠伸をかみ殺す。そうして伸びをする――血なまぐさくて異様に長い両腕が天井をくかのようだった。


 さらにシラユキも自分の爪からラズリーに顔を向けた。……相変わらず『王子』と異名がつくのも納得の容姿をしている。同性であったとしても思わず胸が高まってしまうであろう中性的な容姿。それでも確かな女を感じさせる雰囲気もある。まさに魔性という二文字が似合うだろう。


 そして。


 スピカが純粋無垢な少女然とした笑みを浮かべ、大きな胸の前で両手を合わせた。ぱちん。と可愛らしい音が鳴り、それから笑みのままスピカは言った。



「うん。じゃあ久しぶりにサブローくん抜きでも意見が揃ったね? みんな。……どっちも、欲張っちゃおっか」



 どっちも。

 


 ――――王都に襲いかかる魔物の軍勢も討ち払い、サブローも助けにいく。




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