28.マミヤ・リンクベル


   28



 マミヤ・リンクベルのところに【王国魔術団】から一報が入ったのは午前九時を回ったときのことだった。そのときマミヤは家のベッドで仮眠を取っていた。なにせ昨夜から徹夜で働いて働いて働いて働いていたのだ。なんなら眠る前には『魔神を甦らせる存在と、その儀式について』なんていう文献を悪魔宗教本部から発見して大忙しだったのだ。


 そして内容を確認して【トトツーダンジョン】へとメッセージ・バードを飛ばした。サブローが読んでくれるようにと祈って。


 三時間でも眠れればいいと考えていた。けれど窓を叩く音でマミヤは起こされることになる。……不機嫌になりながらマミヤは立ち上がってメッセージ・バードを迎える。


 送り主は【王国魔術団】の筆頭の魔術師だった。……確か【虹色の定理ラスト・パズル】のププムルの姉だったか。



『すまないマミヤさん。これは個人的な報告だ。魔術団を通しての連絡ではない。……調査中と噂の【トトツーダンジョン】で魔物の軍勢が発生した。というのを個人的にキャッチしたんだ。まだ精査していないんだが……。その軍勢が、王都に向かっているかもしれない。ゆえに個人的に報告の判断に至った』



 そこでメッセージは途切れる。


 ……マミヤは考える。その報告の妥当性というものを思考する。【トトツーダンジョン】で魔物の軍勢が発生した? というのはどういった現象か? 想像する。寝起きの脳味噌が惑星の自転のように回転をはじめる。そして思い至る。――スタンピード。


 とはいえ、『その軍勢が王都に向かっている』という点は引っかかる。それではまるでスタンピードに目的があるみたいではないか? スタンピードというのはであって、結果だ。


 けれど『その軍勢が王都に向かっている』というのが真実なのだとしたら? ……馬鹿馬鹿しいにも程がある。マミヤは失笑しそうになる。


 それでも。


 マミヤはメッセージ・バードを家に迎え入れる。そして羽を休ませながら自分の身支度を済ませるために動く。もはや頭は完全に覚醒している。自分がなにをするべきなのかも分かっている。そうして思考しながらナイフのピアスを右耳に垂らす。


 身支度を終えてマミヤは家を出ている。


 向かう先は冒険者協会である。


 到着すると今年の春に冒険者協会で働き始めた新米である犬耳族――ペンシル・ラックが死にかけながら事務作業をしていた。可愛らしい犬耳もへたっている。その尻尾もしおれている。心なしか毛並みから艶が消えている気がする。……そういえば彼女も昨日は深夜まで働いていたのだ。


 可哀想に。とは思わない。むしろこれが冒険者協会で働くということだ。という思いがマミヤの中にはある。いつもいつもいつもいつでも冒険者達に引っ張り回されるのが仕事なのだ。いきなり『魔人っていう存在がいるかどうかを確認してくれない?』とメッセージ・バードが飛んできてその内容を確かめるために動くのが仕事なのだ。まったく、サブローさんめ……。


 頭痛の予感を覚えながらマミヤはペンシルに声を掛ける。



「おはようございます。大変そうですね、ペンシルさん」

「ふぇっ、あ、おはようございますマミヤさん! さすがに睡眠不足は身体にきちゃいますねぇ」

「まだ若いでしょうに。あなたの若さには期待しているんですよ」

「……それってもっとこき使ってやるってことですか?」



 犬耳族らしい可愛らしい上目遣いにマミヤは微笑む。既にペンシルは協会に訪れる冒険者達に何度もアプローチを受けているらしい。その理由も分かるというものだ。実際のところは知らないが無垢な感じがある。尽くしてくれそうな感じというのも男達は本能で理解しているのだろう。


 なんて考えながらマミヤは言っている。



「副会長はいますか?」

「えっ。あ、はい。いま二階の応接間にいるはずですよ?」

「そうですか」



 いるのか……。いや。いることを期待して訊いてはいるのだ。しかし実際にいるとなると気が重くなる。面倒くさい。顔を合わせたくない。なぜいるのか。いつもいないくせに。……こういう場面で必ずいるからこそ副会長なのか? そういう一面もあるだろう。はあ。自分の心に垂れ込める灰色の雲をマミヤはぼんやりと眺める。



「あの、なにかご用なんですか? 副会長に」

「ええ、まあ。……ちなみにペンシルさんはどの程度戦えますか?」

「……はい?」

「どの程度戦えますか?」

「た、戦いですか? ええと。一応その、す、スピードには自信があります!」

「なるほど分かりました」

「えっ。……ちなみに、なんでですか?」

「まだ言えませんよ」



 マミヤは下手な笑みを浮かべて誤魔化した。そうして唖然としているペンシルを置いて冒険者協会の奥へと進む。階段を上って応接間へ。その部屋は数日前にサブローを迎えていた部屋だった。


 そして冒険者協会の副会長――シネン・トグルはサブローが腰掛けていたソファにふんぞり返って座っていた。天井を仰いでいた。なにを見ているのかは分からない。



「失礼します。マミヤです」



 声を掛けてやってシネンは首を持ち上げる。顔を真正面に向ける。そしてマミヤを見た。……相変わらず鼻につく顔つきをしている。俗にイケメンと呼ばれる容姿か。これでもっと口が硬くて性格が良ければさぞかしモテていたのだろう。


 だが天は二物を与えず。



「――やあ。マミヤか。はは。俺様に逢いに来たのかい。そいつは殊勝な心がけだぜ。ちょうど俺も逢いたかったところなんだ。二人きりで秘密の会合としゃれ込もうか?」

「ふざけているとはっ倒しますよ」

「相変わらずだなあマミヤは。久しぶりに顔を見たっていうのに。堅物なのは変わらないか。はは。俺様がマミヤの凝り固まった心をほぐしてやろうか」

「久しぶりなのはあなたが全然足を運ばないからでしょう。仕事を放棄しているからです」

「なんだ。そんなに寂しかったのか? 悪いな。俺様には子猫ちゃんが多くてなあ。ここに足を運ぶ前に子猫の鳴き声にいざなわれてしまうのさ」

「戯れ言はそれくらいにしてもらえませんか。仕事の話をしたいので」

「……仕事ぉ? 嫌だぜ。俺様は仕事っていう言葉が大嫌いなんだ。だから二度と俺様の前で仕事という言葉を使わないでくれ。これは忠告だぜ? マミヤ」



 あからさまに顔を歪めるシネンの顔面をマミヤは本気でぶん殴りたくなる。身体強化の魔術をもってして吹き飛ばしたくなる。そして実際に頭の中で空想する。何度も何度も何度もシネンをぶん殴って殺す。そうしてフラストレーションを解消してからマミヤは言う。



「非常警戒宣言を発令してください。副会長権限で」




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