27.メッセージ・バード


   27



 なにもかもが滅茶苦茶のグチャグチャになって計画なんていうものは塵も同然になる。っていう状況はたぶんハチャメチャに苦しくて辛くて焦るべき場面なのかもしれない。けれど僕は落ち着いている。なぜならそんな場面は何度も経験済みだからね! 


 僕は冷静に頭を回して状況を整理する。


 とはいえ整理する必要はないくらいに事態は単純明快だ。……確かスタンピードと呼称するのだろうか。ダンジョンから魔物が湧き出て外に飛び出していく現象っていうのは。


 ただ今回のスタンピードには作為的なものがある。ということを僕は見抜いていた。なにせ魔物達には目的があった。すくなくともただの現象的異変によってスタンピードが発生したわけではないだろう。そうであるならば僕たちはいまごろ殺されているはずだ。


 僕たちが助かっているのは魔物達に目的があったからだ。目的がなかったのであれば間違いなく殺されていた。「よく分からねえけど人間がいるから殺してしまおう」みたいな感じで簡単にほふられていたはずだ。


 つまり今回のスタンピードはということになる。


 僕は魔物達が突き進んでいった方角へと目を向けた。……【ヨイマイ森林】はまるでドリルでトンネルを掘るかのように一直線に道が出来上がっていた。木立が薙ぎ倒されて草花も踏みつけられている。土の地面は魔物達の足跡の形に陥没している。そして舗装された道のように硬くなっている。


 方角からして【王都ミラクル】か。……僕はサバイバルポーチから手乗りサイズのメッセージ・バードを取り出して現状を言葉に込める。それから送り出す。なるべく早く到着してくれよと祈りを込めて。


 さて。


 僕はそうしてようやくみんなに目を向ける。【虹色の定理ラスト・パズル】と【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】のみんなに。……その表情っていうのは酷いものだった。まだこれからだっていうのに顔つきが既に一週間冒険で徹夜をしたあとの顔つきになっていた。十歳くらい歳を取ったのではないか? と思えるほどの疲労困憊具合だ。


 誰も立ち上がっていない。


 みんなへたり込んでいる。


 その表情には絶望の他にも安堵がある。助かったという安堵が。……ああいう状況っていうのはとてつもないストレスが掛かるものだ。なにせ死を覚悟しなければならない状況でもあるから。……ああ。死を覚悟するほど恐ろしいことなんてこの世には存在しない。だからみんなへたり込んだまま立てなくても仕方がない。


 ちなみに僕はキサラギ師匠にしごかれまくったせいで死に対する恐怖が薄れているところがある。まあ死んでもしょうがないか……。という諦めが身にしみてしまっているのだ。まったく。やっぱりとんでもない人だな、あの師匠は。


 とりあえず僕は言う。みんなに。



「さあ。休んでる暇なんてないよ! これから僕たちはダンジョンXの異変を調査しないといけないんだから。……でしょ? フーディくん」



 そのときに見えたフーディくんの表情っていうのは驚愕に満ちたものだった。「おいおいあんたなに言ってんだ?」という彼の心の声が聞こえてきそうなほどである。しかもそれはフーディくんだけではない。【虹色の定理ラスト・パズル】のメンバーも【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】のメンバーも、みんなである。


 みんなが揃って「なに言ってんだこの人」という表情を崩さない。


 やがてその疑問を口に出したのはフーディくんではなくププムルちゃんだった。



「あの、その、サブローさん。……いま私達がすべきことっていうのは、その、魔物達を追いかけることじゃないかもですか?」

「……? 追いかけてどうするのさ。今回は避けるだけだったからなにもなかったけど、進路を妨害するってなったら殺されるよ」

「っ……。でもその、こんな状況で、ダンジョンXの調査をするっていうのは」

「すくなくとも王都に戻るべきじゃないのか」



 横から続く声はフーディくんものだった。そしてフーディくんはゆっくりと起き上がる。……その、震える膝に関して僕は目を向けない。ここで震えながら立ち上がるのは臆病者の証ではない。逆だ。勇気ある者の行動だと僕は知っているのだ。



「あいつらの目的は王都だ。そうだろ? 進んでいった方角からも窺える」

「うん。正解。間違いなく王都だろうね」

「なら俺達は防衛に急ぐべきだ。違うか? 【虹色の定理ラスト・パズル】もいる。全力を出せば魔物達よりも早く王都に到着できるはずだ」

「……うーん。まあそれも正しいとは思う。ただ王都に関しては僕たちがいなくても防衛は可能だ」

「正気か? 苦しい状況にはなるぞ。犠牲者が出るかもしれない」

「それは僕たちが戻っても同じだよ。それに、僕は結構、王都の冒険者達とか騎士団、魔術団を信頼しているんだよね」

「……そもそもどうしてここでダンジョンXの調査なんだ? もう用はないだろ、こんな場所。既に異変は決定的な形で表れたんだ。調査とか言ってる場合じゃない。違うか?」



 真剣な表情で語るフーディくんの言葉っていうのはまったくもって正しいものだった。その通り。既に調べるべき異変というのは決定的な形になって表出してしまった。もはや調査という段階ではない。対応というフェイズに移行しているのだ。だから王都に戻って防衛の一員となる。


 文脈の整った正論だ。


 そして僕が調査を続けたい理由というのは真逆の暴論にも等しかった。根拠はなかった。文脈もなかった。しかして調査を続けないといけない。……それは【大罪の悪魔デーモン・ロード】との会話によってもたらされたものだ。


 【大罪の悪魔デーモン・ロード】の気配と仕草が告げていたのだ。まだダンジョンX――【トトツーダンジョン】の中でなにかが起きていると。あくまでも本命はそちらなのだと。王都への侵攻はあくまでもおまけに過ぎないのだと。


 だがそれを言葉にして伝えるのは難しい。みんなに分かるように伝えるのは難しい。


 これが【原初の家族ファースト・ファミリア】であればことは簡単なのだけれどね。ありがたいことに【原初の家族ファースト・ファミリア】のみんなは僕を信頼してくれている。だから「行こう」とさえ言えばみんな付いてきてくれるのだ。


 とはいえこれこそが合同パーティーの難しさか。


 なんて僕がちょっと困っているときだった。


 ――青空に、白。魔物達によって切り開かれた森林は空を透かしている。その空の遙か上を移動している白の点があった。目を凝らせばすぐにそれがなんなのかが分かる。


 メッセージ・バードだ。


 僕が認識すると同時にメッセージ・バードは急降下をはじめる。そして三秒後にはメッセージ・バードは僕の頭上でくるくると回っている。僕が腕を出せばそこを止まり木としてメッセージ・バードは羽根を休めた。そして言った。


 マミヤさんの声で。



『魔人と呼ばれる存在については分かりませんが、についての文献は見つかりました。ダンジョンXの内部で何らかの儀式が行われている可能性があります。その点を含めて調査を願います』



 それは僕の意見に百点満点の根拠と文脈を与える言葉だった。


 僕は素早くサバイバルポーチに手を突っ込んで乾パンを砕く。それをメッセージ・バードに与える。そして飛び立つように合図してメッセージ・バードを空に帰した。


 次いでフーディくんを見る。


 フーディくんの表情は苦渋に満ちている。迷いに満ちている。そしてその表情を見て僕は察する。……純粋に、帰りたいという気持ちもあったのだろう。僕は頷きたくなる。確かにそうだ。あんな経験をしたならば王都に帰りたいと思うのは当然だ。人の多いところに身を寄せたいと思うのも当然だ。すくなくともどんな状況になっているかも分からないダンジョンXに突入したいなんて思わないだろう。


 でも突入しなければならない。


 調査を進めなければならない。


 なぜならば――


 やがてフーディくんは声を張り詰めさせて、言った。



「――調査を、続行する」



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