26.【大罪の悪魔】


   26



 【大罪の悪魔デーモン・ロード】にとって、目の前に立つ人間達というのはまったくもって眼中にない存在だった。


 もちろんダンジョンの前に人間達がいるのは知っていた。その人間達が忌々しい【ライネルラ王国】内において相応の立場を持っているものであるということも知っていた。


 むしろ知っていたからこそ良いタイミングだとほくそ笑み、ダンジョンから飛び出したところがあるのだ。そのまま魔物の軍勢を持ってして踏み潰す。虫けらのように踏み潰す。殺す。そうして――【王都ミラクル】へと攻め入るつもりだった。


 だが。


 ……【大罪の悪魔デーモン・ロード】はすべてを見ていた。軍勢の最後方からすべてを見通していた。本来であれば人間達はいまごろ踏み潰されているはずだった。骨すら砕かれて原型を留めていないはずだった。無残に命を終わらせているはずだった。灰のごとく散っているはずだった。


 死んでいるはずだった。


 しかし現実はどうか。


 【大罪の悪魔デーモン・ロード】は目の前に立つ男を見る。自分の背丈の半分ほどしかない小さき人間を見る。自分の足首ほどすらない筋肉量のひ弱な人間を見る。その男を――勇者を見る。


 まるで冴えない。


 というのが【大罪の悪魔デーモン・ロード】の最初の感想だった。それはダンジョンから顕現けんげんして最初に抱いた感想でもあった。――この程度の男が勇者なのか? この程度の男がいまは勇者として名を馳せられる時代なのか? という失笑すらもあった。


 それほどまでに男からは力を感じないのだ。マナの奔流にすら乏しいのだ。体つきからの洗練されたものはない。まったくもっての凡才。恐らく――攻撃が当たりさえするのであれば男は簡単に死んでいただろう。


 しかし男は死んでいない。


 生きている。


 当たり前のように……。


 【大罪の悪魔デーモン・ロード】は自然と生唾を飲み込んでいる。【大罪の悪魔デーモン・ロード】は見たのだ。魔物の軍勢に対する男の対応を。その神がかっていた回避術を。あまつさえ同士討ちを誘導してワーウルフを殺した。その手際というものは勇者に相応しいものでもあった。


 ゆえに【大罪の悪魔デーモン・ロード】は言っていた。自然と。魔物の軍勢を前に進めながら。


 余裕の微笑みを浮かべるサブローに対して。



「――見事だった」

「……魔族に褒められても嬉しくはないよ」

「貴様は勇者であろう」

「勇者だね、一応は」

「いまは等級のようなものがあると聞いたが?」

「誰に聞いたのさ」

「言えぬわ」

「じゃあ聞かない」



 それはまったくもって対等な者同士の会話だった。本来であればあり得ぬ光景でもあった。【大罪の悪魔デーモン・ロード】にとっては許されぬ会話でもあった。もしもこれが目の前の男以外の人間であったとしたならば――恐らくは呼吸の間に殺している。


 だが【大罪の悪魔デーモン・ロード】は認めていた。目の前の男を。まったくもって無力であるはずの男を。認めているがゆえに会話していた。



「貴様は」

「なに?」

「なぜ我らの目的を読めた?」

「読めた? 読めてなんかないけど」

「ほざくな。我に見抜けぬと思うか?」

「……まあ、僕は目が良いからね」

「目、か」

「目だよ。たぶん、君よりも遙かに目が良い」

「……笑える話だな」

「僕はべつに笑えないけど」

「訊いておこう、貴様の名を」

「訊かなくて結構」

「答えろ。名はなんだ」

「サブロー」

「覚えておこう」



 そうして、すれ違う。


 攻撃はしなかった。する気すら起きなかった。なぜならば当たる気がまるでしないからだ。どうせ避けられる。【大罪の悪魔デーモン・ロード】には知能があった。確かな脳味噌があった。賢い思考があった。ゆえに理解が出来ていた。生半可な攻撃では当たらない。避けられると。


 サブローと名乗った勇者の背後には優秀な人間達がいる。当初はこの人間達が本命だと思っていた。真に踏み潰すべき強敵かと思っていた。だが……。余裕の微笑みを浮かべるサブローに対してその人間達は怯えていた。【大罪の悪魔デーモン・ロード】を前にして正常な反応を浮かべていた。


 つまりは【大罪の悪魔デーモン・ロード】にとって眼中にもなかった。


 ゆえに通り過ぎる。魔物の軍勢を率いて【ヨイマイ森林】を抜けていく。目指す場所は決まっていた。人間達の住処――【ライネルラ王国】である。その王都である。


 【大罪の悪魔デーモン・ロード】は振り返らない。サブローはこちらの目的を把握している。把握している上で対峙せずに回避に専念した。その理由はなにか? 恐らくは自信があるのだろう。王都が滅びない自信が。


 ――面白い。


 ではサブローはなにをするのか? 決まっている。長くX【トトツーダンジョン】において既にことは進んでいるのだ。こちらの計画は順調に進んでいるのだ。その計画を阻止しようとしているのだろう。そのために我々を回避してその場に残ることを決断したのだろう。


 強く、聡い。


 なるほどこの時代にもまだ勇者はいたか。勇者は生きていたか! 


 それは歓びなのか。どんな感情によるものなのか。【大罪の悪魔デーモン・ロード】にも分からない。ただ【大罪の悪魔デーモン・ロード】は自然と口角を上げていた。


 そうしてわらいながら【王都ミラクル】に向けて進軍していく。


 我々の目的はただ一つだ。


 ただ、一つ。


 よりたまわった言葉がある。




 ――――魔神の復活を盛大に祝え!




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 「【ハートリック大聖堂】より宣告いたします。――魔神が復活いたしました」




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