23.フーディ・ムンド


   23



 B級勇者――フーディ・ムンドは幼い頃より優秀だった。フーディには二人の幼馴染みがいた。ロディンとティンクル。いつも三人は一組となって行動していた。そして三人とも才能というものに恵まれていた。ゆえに生まれ故郷では『新時代の申し子』として三人は有名だった。いつかこの三人が故郷に根を張って率いるのだろうと故郷のみんなが疑っていなかった。


 そんな故郷の期待を裏切ってまで冒険者となったのは夢があったからだった。大きな夢が。大きな大志が。――勇者になりたい。


 幼い頃にフーディは見た。フーディは読んだ。かつての勇者が魔神を討ち倒した軌跡を描いた絵本を……。それがフーディの人生を決定的なものにした。物心つく頃から賢かったフーディはその時点で自分の人生を決めたのだ。


 勇者になると。


 だから修行を積んだ。反対はたくさんあった。両親からも親戚からも学園の先生からも「夢など見るな」と諭された。



「おまえは優秀なんだ。この町をやがては率いる存在なんだ。だから勇者になりたいなんて馬鹿を言うな。そもそも子供のおまえになにが分かる。冒険者というのは危険な職業なんだぞ? 命を落として当たり前の世界なんだ。怪我をして当たり前なんだ。そんな世界で生きていけるわけがないだろう? だから、夢など見ちゃいけないんだ」



 もしもフーディがひとりきりであったならば折れていただろう。大人たちの言葉に屈していただろう。自らの才能を故郷のために消費していただろう。冒険者にはなっていなかった。勇者にはなっていなかった。故郷を出ることすらなかったかもしれない。


 けれどフーディには仲間がいた。


 ロディン。そしてティンクル。……フーディは相談した。夢を見るということはそんなにも愚かなことなのだろうか? 現実に生きるということはそれほどまでに正しいことなのだろうか? リスクをおかすのはしてはいけないことなのか? 野望を持つのはダメなのか。大志を抱くのは間違っているのか。


 勇者になってはいけないのか?


 そしてロディンとティンクルの回答はあっさりとしたものだった。



「好きに生きていいんだよ。やりたいことをやれよ。俺達はずっとおまえを支えるからさ」



 その幼馴染み達の言葉がフーディの迷いを打ち消した。悩みを消し飛ばした。不安も失せた。もうフーディは迷いも悩みも不安もなく、自分の生き方を貫くと腹を決めた。


 そして中等学園卒業を機に故郷を出て王都に住居を移す。そのまま高等学園へ入学して卒業までを過ごし、それからは冒険者として活動をはじめた。【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】というパーティーの名前はロディンやティンクルと話し合って決めたものだった。


 冒険者としての日々は順調で楽しかった。順風満帆に事が運んでいるといっても過言ではなかった。なにせフーディ達には才能があったのだ。さらに努力を惜しまない精神性もあったのだ。実力は結果として付いてくるものだった。どんどん【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】は王国において存在感を増していった。


 ……だから。


 だからこそ【テリアン帝国】における合同パーティーでの作戦はいまでも悪夢として思い出してしまうほどのトラウマになった。……ティンクルの怪我。ティンクルは普段とは違う動きを要請されて、結果的にそれが冒険者人生に致命傷を与えた。


 ――両足の皮膚・脂肪・筋肉が溶けた。


 フーディが気がついたときにはティンクルは泣き叫んでいた。激痛に悶えてそれまで聞いたことのない絶叫を上げていた。だから最初フーディは怯えてティンクルに近づくことが出来なかった。恐ろしかった。ティンクルの身になにが起きているのか。


 我に返って駆け寄ってみれば一目瞭然だった。両足の肉が溶けている。骨が見えている。それは魔物の吐き出す毒液による消化だった。もちろんすぐに治療に励んだ。指揮権を任せていた【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】のプリーストも全力を尽くしてくれた。それでも怪我は治らなかった。ティンクルの絶叫は夜通し続いた。体力が尽きて気絶するまで続いた。



『――フーディ。この怪我に責任を感じるなよ。おまえは自分の道をいけばいい』



 そしてティンクルの優しさからくる言葉はフーディにとって呪いにも近かった。けれどそれは背負わなければならない呪いだった。ティンクルは療養のために故郷に帰った。……どんな気持ちで帰ったのだろう?


 冒険者になることを反対していた大人達のもとに、その大人達の忠告を体現するようにして帰ることになったティンクルは、果たしてどんな気持ちでいるのか。……考えれば考えるほどに眠れなくなる。考えれば考えるほどに焦りがつのる。


 フーディは変わった。


 変わらざるを得なかった。


 ティンクルのために。ティンクルの言葉のために。幼い頃に支えると宣言したティンクルの思いに答えるために。なによりティンクルは間違ってなどいなかったのだと故郷の大人達に示すために。


 我武者羅に我武者羅に我武者羅に努力を続けてひたすらに実績を積み続けて念願の勇者になって――それでもまだ。まだ。まだ。まだ。


 足りない。なにも足りない。まだ欲しい。まだ求めなければならない。こんなものではダメだ。積み上げなければだめだ。ティンクルのために。過去の自分のために。幼い頃に交わした約束のために。




 そして。




 ひたすらに現場で実力と実績を積み上げてきたフーディ・ムンドにとって、目の前に広がる現象は未知の連続だった。


 ダンジョンX。


 【トトツーダンジョン】。


 その扉。


 扉が――


 見えたのは暗黒だった。先にあるのはダンジョンを透かすような光景ではなかった。そして遅れて――その暗黒が高密度のマナで構成されていることに気がつく。なにが起きているのか? 激しくフーディの脳味噌は回転する。焦げるように回転する。同時に身体は勝手に動いている。【虹色の定理ラスト・パズル】のメンバーを守るために。そして命令の言葉も口から飛び出していた。【虹色の定理ラスト・パズル】を守れと。


 だが――。


 扉の一番近く。


 異変の眼前。


 そこに立っている平凡な風貌の男――サブロー。


 守れない!


 フーディは判断している。守らなければならない。だが守れない。……フーディは強い。そして賢い。ゆえにある程度の相手の実力というものは感じ取れる。そしてフーディはサブローを一目見た瞬間に気がついていた。あの冒険者協会での邂逅の時点で気がついていた。


 この男自体に強い力はないと。


 恐らくは指示を出すタイプの人間なのだろう。後方に控えて仲間達を支えるタイプの冒険者なのだろう。そしてS級まで上り詰めた勇者なのだろう。


 ゆえに、守らなければならない。


 だが、守れない。


 暗黒が気球のように膨れ上がった。開いた扉から勢いよくはみ出すのは暗黒の膜だった。やがてその黒い膜は裂けて、破れる。――未知の現象の連続。機能停止を起こしそうになる脳味噌。そんな中で飛び込んでくるあり得ない光景。


 内側から張り裂けて踊り出てくるのは――魔物。


 魔物の大群。



 ――――スタンピード。



 脳裏にいにしえの知識と現象が浮かび上がると同時――言葉が、聞こえた。


 S級勇者サブローの、まるで焦りもない、平静な呟きが。




「さて、と」



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