24.S級の片鱗
24
フーディは冒険者になるにあたって国会図書館で様々な書物を読みあさった。勉学に励んだ。そしてスタンピードと呼ばれる
ダンジョンからモンスターがあふれ出る。
そんなことあっていいはずがないのだ。そして実際にこの【惑星ナンバー】においてこれまでに観測されたスタンピードの例は僅か三例のみ。それも最後に起こったのは遙か昔のことである。それこそ魔族と人間の戦争が勃発した百二十年よりも前かもしれない。
ゆえに――。
――扉の向こう側から、凍える
ゆえに――フーディは声を出すことが出来なかった。仲間達を振り返ることも出来なかった。リーダーとして声を出すべきだった。仲間達を振り返って
ただ、目の前で守るべき【
それはフーディの意地だ。人としての意地だ。冒険者としての意地だ。なによりも、勇者としての意地だった。
――最初に扉から顔を出したのは腐臭を放つスケルトンの大軍だ。
それは散弾銃の銃火にも似ていた。一瞬の間に大量の銃弾が放たれる。そんな慈悲の欠片もない発砲に似ていた。気がついたときには魔物の大軍が扉から姿を現している。震動は消えたが、魔物の足音による地鳴りは響き続ける。
絶望。
――続々とダンジョンから姿を現すのは凶悪な魔物達の軍勢だった。
ああ。時間がゆっくりと流れていく。絶望の二文字が脳裏に浮かぶ。狭いダンジョンという名の檻から解放された魔物たちが歓喜の咆哮を上げている。哄笑を響かせている。……魔物たちの言葉は分からない。ただ、なにを叫んでいるのかをフーディは理解できた。
『滅ぼせ! 人間を!』
魔物の
絶望。絶望。絶望。絶望。
フーディの視界が白く点滅する。あまりにも受け入れがたい現実に意識が遠のく。自分が立っているのか座り込んでいるのかも分からない。自分の立ち位置すらも失ってしまいそうになる。気がつけば震えている。止まらない震えに全身が
脳裏によぎるのは、死だった。
己の死だった。
死の想像が鳴り止まない鐘のように頭で響き続ける。これまでに経験したことのない恐怖が現実感を消失させてくる。これは夢か? これは悪い夢か? 俺はまだ野営地で寝ているのではないか? そもそも王都を
しかし現実は待ってくれない。時間は待ってくれない。
背後で山のように
そうして――魔物達は走り出す。
目の前の――
「よし。避けようか、とりあえず」
……と。
一番魔物達に近いところに立つ、ひとりの男。
S級勇者の言葉であると。
「大丈夫だよ。こいつらの目的は僕たちじゃない」
サブローは、目の前に迫っている魔物の大群に背を向けていた。そして、振り返っていた――フーディ達を。
その瞳は穏やかだった。その言葉は暖かだった。なによりも冷静沈着だった。人の感情を強制的に鎮めてしまうくらいに落ち着いていた。
「でも、避けないと踏み潰されて死んじゃうから」
なにを――なにを言っているのか。いや、言葉の意味は理解できる。しかし避けるとはなんだ。目の前に迫り来る魔物の軍勢をどう避けるのか? どう避けるというのか? 避けられるはずがない。大群だ。軍勢だ。どう考えても激突する。正面衝突は避けられない! 避けられるはずがないっ! 避けられるはずがっ!
「死ぬ気で僕の動きに合わせてね」
サブローは言う。
深刻な現実を軽い口調で言う。……どうして。
どうしてそこまで冷静でいられるのだ?
「さて。避けようか」
S級勇者――サブローはそしてまた反転する。魔物達と対峙する。その背中には震えがない。恐怖もない。絶望もない。ただ目の前に迫り来る現実を受け入れるだけの広さがあった。
強さではない。反発力でもない。すべての現実を受け入れる、海の如き広さが。
「――ぉぉ――ぉぉおおおおおおおおおおお! っ立つぞォ! 支え合えェ!」
気がつけばフーディは叫んでいる。気がつけば絶望の沼から抜け出している。そして背後を振り返って仲間達を見据えていた。……ああ。大丈夫だ。フーディは頷く。
そこには自分と同じように絶望から立ち上がる信頼すべきパーティーメンバーがいた。そして魔術師ながらに地響きに対抗して立ち上がる【
だから、大丈夫だ。
「っ。縦一列に並ぶかもです! サブローさんに合わせて、動きを補助します!」
後方から響く声は【
サブローは――魔物の軍勢に飲み込まれる寸前だった。
刹那、不安に飲み込まれそうになる。
けれど――。
そしてフーディが目撃するのは、神業と称すべきS級勇者の回避術だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます