22.「来るよ」
22
【ライネルラ王国】の領地内にあるダンジョンに関して僕はほとんどを把握していた。把握したのはまだやる気があった勇者一年目とかだ。思い返してみるとあの頃の僕はいまの僕ほどすべてを諦めていたわけではなかった。まだ僕もみんなみたいに活躍できるかもしれない! みたいな無根拠な自信があったのだ。いまやすべて失われてしまっているけれど。
ところで当たり前だけれど【トトツーダンジョン】に関する資料には乏しかった。ダンジョンとしてのすべての機能を失ってしまったダンジョンXなのだから当然か。とはいえ乏しいだけで資料はあった。そして僕の優秀な目はちゃんとその資料……というか写真や映像を網膜に焼き付けていた。
そもそも【トトツーダンジョン】はダンジョンXとなる前には初心者御用達のダンジョンでもあったのだ。階層は短い。発生する魔物も凶悪とはいえない。それでもときに宝具や珍しい鉱石などがドロップする。ゆえに新米冒険者がよく足を運ぶダンジョンでもあった。
ということで道も整備されており
いまはどうか?
僕は【トトツーダンジョン】の入り口手前で足を止める。本当に文字通りの入り口である。
扉。
ダンジョンというものには総じて扉が存在する。本当に、文字通りの、扉だ。閉じられた扉だ。分厚い鉄の扉だ。閉じられていてかつ鉄扉であるという点に関して例外は存在しない。ただしダンジョンによって色が違ったり大きさが違ったりはする。
とはいえべつに法則性はない。とてつもない高難易度のダンジョンが安っぽい錆びついた扉であったりもする。また冒険者ではない一般人でも立ち入れるようなダンジョンの扉がおどろおどろしい扉であったりもする。
その扉は――禍々しかった。
もちろん僕は理解している。べつに扉の雰囲気は関係ないことを。知っている。理解している。それでも感じる。異様な禍々しさ……。
数年前に資料で見たことがある雰囲気とは違う。まったく違う。その原因はなにか? ――分かりきっている。扉の隙間から漏れ出ている暗黒の瘴気……みたいなもの。でもそれは瘴気とは違う。マナだ。高密度なマナだ。それは海と同じ原理だ。光の入る浅瀬は透明な青色なのに、光の届かない深海に向かうにつれて水は暗くなる。黒くなる。それとまったく同じ。
マナの密度が高すぎて瘴気のように黒くなっている。そして扉の隙間から滲んでいる。漏れ出ている。だから異様。だから禍々しい。
そしてそれを感じているのは僕だけではない。僕は振り返って思う。馬車から降りた【
フーディくんですら言葉を失っている。……なんと声を掛けるべきか分からないのだろう。もちろん僕にも分からない。想定していたよりも恐ろしい。想像していたよりも禍々しい。昨夜までの警戒心など意味をなさない。
扉を中心として
誰かが唾を飲んだ。
やがて間を置いてフーディくんが言う。
「……予定よりも時間を掛けよう。第一目標は生存に置き換える。安全を第一にして行動する。成果を得られなかったとしても帰還すべきときには――」
と。
言葉の最中に、僕は感じている。
震えを。
振動を。
あれ……。僕は怖がっているのか? 怯えているのか? まああり得る話だ。僕は臆病だから。ただ……僕は自分の両手を見る。指を見る。……フーディくんの言葉が続く。でもそれはほとんど耳に入ってこない。両手は震えていない。指は震えていない。それでも僕の五感が告げている。――震えを。振動を。些細なそれを感じ取っている。
そして僕は目を集中させた。
ぐるりと辺りを見渡した。
扉が、かたかたと、小刻みに、震えている。
「――どんな状況であろうと俺の指示は絶対と思って欲しい。判断は間違えない。ただし進言は聞く。なにか疑問点があれば」
「フーディくん」
「すぐに言ってほしい。どんなことでも聞こう。特に安全に関わることなら」
「フーディくん」
「なんでも……どうかしたか? サブローさん」
「来るよ」
「……え?」
「来る」
瞬間に視界が縦にぶれた。それはジャンプしたときのブレ方に似ていた。でも僕はもちろんジャンプなんてしていない。――大地が跳ねたのだ。大きく縦に揺れたのだ。
そして揺れは続く。大きな地鳴りが響く。もう僕が警戒を告げる必要もない。それは誰の目にも明らかな異常だ。大きな異常だ。
「っ――警戒しろッ! 【
「皆さん障壁を張ってください! 結界の準備を!」
僕の背後でフーディくんとププムルちゃんの叫びが響く。でも僕はもう視線を逸らさない。明らかな異常は扉から――扉の隙間から噴き出るマナが増えている。僕はそれを視認する。視認しながら意識を切り替える。戦う前の意識へと。
――勇者としての僕へと。
「っ、すまないサブローさん! あんたは」
「ひとりで大丈夫さ」
【
どうせ僕は空気だから。
振動が――震動が激しさを増した。もはや常人であれば立っていられないほどに。それでも僕は立ったまま動かない。立ったまま扉を見つめ続ける。それは直感――目を離したらまずい状況になるという直感に従ってのもの。
そして僕の直感は正しかった。
次の瞬間だ。
――――扉が内側から開け放たれた。
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