20.王立リムリラ魔術学園


   20



「……実を言うと私、【王立リムリラ魔術学園】の卒業生かもです」



 というププムルちゃんの告白を聞いて僕は自然と口を開けていた。間抜けに開けていた。そしてそのまま口を閉じることを忘れてしまっていた。……【王立リムリラ魔術学園】の卒業生? おいおい。


 とんでもない。


 【王立リムリラ魔術学園】は学園という文字が含まれていて勘違いされがちだが一般的な学園とは違う。言ってしまえば年齢に制限がない。それこそ三歳から入学することも可能だし四歳で卒業することも可能だ。優秀ならば。そういう実力至上主義の学園である。逆にいえば優秀でなければ卒業を許されないということでもある。


 だから聞いた話では四十三歳で入学してそのまま卒業することなく八十歳で老衰を迎えた学園生もいるらしい。まったくもっていかれている。しかし分かりやすい。


 つまるところ卒業生はみんなとてつもなく優秀だということだから。


 【王立リムリラ魔術学園】の卒業生はほとんど【王国魔術団】に入団するか魔法・魔術関係の最先端研究員となるか。どちらにせよ【ライネルラ王国】によって手厚く保護されることは確定的だ。それこそ【王国魔術団】に入団したのならばその親戚一族まで将来安泰と言われているのだ。孫の孫の代まで王国によって面倒を見られると言われているのだ。


 もちろん卒業が容易でないのならば入学も容易ではない。聞いた話では千を優に超える倍率をしているという。試験内容も一切合切明かされていない。さらに学園生がどのように日々を過ごしているかについてもおおやけにされている情報はない。卒業出来ずに道半ばで退学した人達の証言しか存在しない。


 ――ププムルちゃんは、そこの卒業生。



「……あのさ、ププムルちゃん。僕のパーティーメンバーにラズリーっていうのがいるんだけど、知ってる?」

「あっ、もちろんかもです! 伝説の生徒だったって有名で」

「ラズリーですら卒業はしてないんだよ。知ってた?」

「え」



 と、虚空に呟くようにしてププムルちゃんはその場で立ち止まる。もしかすると知らなかったのか。まあ確かに伝説の生徒と噂されていたのは本当だからね。その伝説が卒業していないなんて普通は予想だにしないか。わざわざ学園内において「実は卒業していません」なんて教えられるようなことでもないし。


 とはいえラズリーの話によれば卒業の一歩手前までは順調に単位を取得していったらしい。


 まあそもそも一年間だけだ。十七歳から十八歳まで。……つまりは僕が一般事務員として社会で働いていた頃にラズリーは【王立リムリラ魔術学園】に入学していた。そして才能の猛威を振るっていたらしい。


 それこそ「とんでもない生徒が【王立リムリラ魔術学園】に入学した」という噂が王都にまで伝わってくるくらいには。


 ……でもさすがに一年間で卒業は出来なかったらしい。そして教員や学園長にまで惜しまれながらラズリーは学園を去った。その二年後くらいにラズリーは「いかれてるわよ。あの学園」と愚痴をこぼしていた。


 ちなみに「なにがいかれてるの?」という僕の質問にラズリーは答えなかった。うん。ならば深くは聞くまい。きっとラズリーでも言えないくらいにいかれているのだろうから。


 なんによせププムルちゃんはそんな【王立リムリラ魔術学園】の卒業生という、とんでもない人物なのだ。


 ということで僕は未だに立ち止まっているププムルちゃんに言う。



「めっちゃ凄いじゃんププムルちゃん。ところでサインとかもらってもいいかな?」

「……えっ。いや。その。そういうのはちょっと、かもです」

「ごめんごめん。悪ノリがすぎたか」

「いえそんな! その……私そんな、すごくないかもですから。むしろダメダメっていうか、そんな卒業生にもあたいしないっていうか」

「いや。さすがにそんなことはないと思うけど」

「……いえ。私はだめだめかもです」

「……うーん」



 と、僕が唸ってしまうのはププムルちゃんの共感できるからだった。僕も周りからどれだけ褒めそやされそうとも自信を持つことは出来ない。S級勇者だから凄い! みたいに言われたとしてもそれを素直に受け止めることは難しい。


 ただププムルちゃんの実績的にはもっと自信を持って良いと思うのだ。そして自信というのは持てるだけの根拠があるのならば持っていた方がいい。ププムルちゃんはもっと自信を持っていい。持っていた方がいい。



「その若さで卒業したんだから胸張っていいと思うけどな」

「……卒業できたのは、お姉ちゃんのお陰でしかないかもです。……私に実力があるからっていうよりは」

「へえ。お姉さんがいるんだ?」

「あっ、はい! すごく優秀で格好いいお姉ちゃんなんです! いまは【王国魔術団】で働いていて! 私なんかと比べものにならないくらい凄いんです! ほんとにほんとに凄いんです! 天才です! 次期団長候補って評価もされてるみたいで!」

「なるほど?」

「しかもしかもしかもしかも――」



 それからはまるでマシンガン。まるで冒険者協会の副会長。


 僕は気圧けおされるようにして相づちを打っていく。けれどププムルちゃんの勢いは変わらない。もう自信のなさそうな口調すら失われている。それからもひたすらにまくし立ててまくし立ててまくし立てて……。


 やっと落ち着いたのはお姉ちゃんとやらの得意系統の魔術を懇切丁寧に説明し終えたあとだった。


 もちろん僕は魔術に関して素養なんてまるでないのでなにを言っているのかさっぱり分からない。うん。ラズリーがいれば良かった。そしたらきっと五時間くらい楽しく話し合うことが可能なんじゃないだろうか?



「ちなみになんだけどさ、ププムルちゃん」

「あっ、はい」

「これはべつに誤魔化して答えてもらってもいいんだけど」

「? はい?」

「ププムルちゃんはどうして冒険者になったのかな?」

「……え?」

「あの学園の卒業生ならお姉さんと一緒の道に進むっていう手もあったと思うんだ」「……」



 さて。


 それが踏み込んだ質問であることは理解していた。もしかしたら地雷を踏み抜くかもしれないな、という予感もあった。それでも僕は訊きたいから訊く。自分に正直に質問している。



「なんで【王国魔術団】には入らなかったのかな?」



 そしてやっぱりその質問は踏み込みすぎだったようだ。


 暗闇の森林でも僕の夜目よめは正常に機能していた。そうしてププムルちゃんの動揺っていうものを正確にキャッチしていた。


 やがてププムルちゃんは答える。空虚な笑顔を浮かべて。嘘の笑顔を浮かべて。そしてその口から漏れる言葉が嘘であることも僕には分かっていた。すべて見抜いていた。



「…………その。ええと。あの。あっ。……私、昔から冒険者になりたかったかもです。だから! かもです!」



 でもべつに正直に答える必要はどこにもないのだから、僕はやっぱりその言葉を真実として受け入れる。言いたくないのであれば無理して言うこともない。それにそこまでの信頼性や関係値というのはまだ築けていないから。


 僕は頷いてから言う。



「そっか。昔からの夢ならなるほどだね。うん。教えてくれてありがとう。ま、そろそろフーディくんに怒られそうだし、戻ろっか」

「あっ、はい!」

「明日はよろしくね? ダンジョンXの調査」

「はい! こちらこそかもです!」



 そして僕たちは野営地に戻る。


 夜が更けていく。


 やがて緊張を帯びた、朝の寒さが忍び寄る。



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