18.敵襲
18
あまりにも唐突な「敵襲!」の叫びに対してもちろん僕は反応できなかった。馬車が急停止して僕は身体を前に投げ出される。そうしてバランスを取っている間に御者台から【
その素早い警戒の動きだけで【
一列に並ぶ馬車を囲むように森林の
立ちこめるのは
まったく。これが冬であればまだ汗が霧のように滲んでいても理解できるというのに。夏なのに霧みたいに汗が噴き出ているっていうのは異様だ。それだけアーク・ゴブリン達の熱量が高いという証左でもある。
「――【
緊迫した状況下で指示を出すのはフーディくんだった。フーディくんは僕たちの方は見ずにあくまでもアーク・ゴブリン達を
フーディくんの指示に従って【
「――参る」
声は先頭から数えて二台目の馬車から発せられた。そして僕は見た。
――僕の目でも残像が見えてしまうほどの速さで大地を滑る小柄な人影を。その人影の手元から放たれた
――次の瞬間には首が舞う。
ゴブリンの首が刎ねられて宙に飛んだ。
マジかよ。なんて僕が小等学園の一年生みたいに呆けている間に第二の矢が飛ぶ。それはフーディくんの剣先から放たれた
瞬間に咆哮を上げるのはアーク・ゴブリン達だった。涙が出るほどの悪臭が風にのってどんどんと強くなる。次の瞬間には黄色い牙を剥いて奇声を上げながら襲いかかってくる……が。
僕は安心感を持っている。
なぜなら【
「『
――魔術や魔法は言葉の選択によって効果を変える。イメージして言葉を選択して唱える。それが魔術や魔法を発動させる条件だ。
そしていまププムルちゃんが呟いた言葉は襲い来るアーク・ゴブリン達の足下をすべて吹き飛ばしてしまう言葉だった。魔術だった。マナが姿形を変えて空間を伝播し大地に含まれる。そして発動――現象が顕現する。
爆発。
大地が爆ぜ、ゴブリン達が空に飛ぶ。
その軌跡に飛びつくように【
血飛沫がなにかしらの
見事だった。
見事という言葉以外が見当たらないほどの撃退だった。
なんて僕は土埃を浴びながら偉そうに思った。うん。でも実際にお見事! という他ないのだからまったくもって天晴れである。しかもなにが素晴らしいっていうのはいまの撃退に対してなんの感慨も抱いていないところだ。出来て当たり前。やって当然。そんな気配を漂わせながら【
――――でも、その前に。
「まだいるよ。ピクシーが四体。こっちを見ている。マナを帯びているね。ただ魔術の発動気配はない」
僕は木立の奥を指さしながら、警戒態勢を解いたみんなに言う。
……誰も反応はしなかった。それはそうだ。僕は空気だから……。というわけではないだろう。人というのは自分で見たり感じたりしたもの以外は信じにくいのだ。たとえ誰の言葉であろうとも疑ってしまうものなのだ。
けれど遅れて【
「あそこ、ぼんやり、マナの波動、感じる」
そしてひとりではなく二人が気がついたのならばそれはもう無視できるようなものではない。みんなが集中して木立の奥を見つめ――魔術の準備をしているピクシーを発見する。
であればあとは終わりだ。
アーク・ゴブリン達に対する撃退のリプレイである。見るまでもない。描写するまでもない。終わりである。
そして後処理が始まる。……爆発の影響で崩れた地面を魔術で修復していく。さらに馬たちに怪我がないかを確認する。それから死体となったアーク・ゴブリン達を道の端に寄せる。やがてはどこかの魔物が餌としてアーク・ゴブリン達を捕食していくだろう。きっと不味いと思うけれど……。
最後に「みんな怪我はないな?」とフーディくんが訊ねて終わりだった。もちろん怪我人なんていない。あっけないほどに見事だったから。
……ちなみにピクシーはともかく、アーク・ゴブリンは新米冒険者達にとって最も危険度が高いといっていいほどの強敵である。体格は小柄だが筋肉は屈強で生半可な力では剣が通らない。同様に魔術にしてもある程度の耐性を持っている。しかもなによりいまの状況のように群れで襲いかかってくるのだ。……近づいてくるまで気配も悟らせず。
町に戻ってこない新米冒険者パーティーがアーク・ゴブリンに襲われて首から下を食われていたなんていうのはよくある話だ。さらに時期が悪ければ女性冒険者は巣に連れ帰られてひたすらに凌辱されるはめになる。とある洞窟の奥から何人もの女性冒険者の死体が出てきたなんていう事例も珍しくない。そして彼女達は大抵の場合において下半身が
ここまで簡単に、それこそまさに処理という言葉が似合うほどの速さで対応できるのはパーティーの練度が高いゆえである。しかも個々人の実力も高い。まさに言うこと無し。うん。マミヤさんが気に入るだけはある。これほどまで将来有望という言葉が似合うパーティーもいないだろう。
そうして僕がひとりで感心している間に後片付けも終わったようだ。
僕たちはまたそれぞれの馬車に戻っていく。そしてまた僕はロディンくんと箱の中でふたりきりになった。
しばらくの間は会話がなかった。けれどそのうちにロディンくんは言った。
「……ピクシー達、よく気配が分かりましたね?」
「ん? ああ。気配っていうか、見えてたんだけどね。単純に」
「……あの薄暗い中で見えていたんですか? 小さなピクシー。しかもたくさんの木立に隠されていたのに?」
「うん。まあね。目が良いからさ」
僕の答えにロディンくんは半信半疑なようだった。まあ目のことについて疑われるのは慣れている。だから気にしない。そのうちにロディンくんはまた言葉を続ける。
「あの。すいません」
「ん?」
「先ほどの話のことなんでありますが」
「先ほど? ……ああ! 【精霊の里】のこと?」
「あ、そうです。詳しくお話を窺いたいのですが」
「あー。でもさっき言った通りだよ。【精霊の里】については知ってるよね?」
「はい。もちろん。観光名所でもありますから」
「そうそう。遠目に見える世界樹を背景にしてキャピキャピした人達が写真撮ってるじゃん? それでマナスタとかに画像を上げたりしているじゃんか」
「あ、そうでありますね。はい」
「それで本来ならば世界樹の近辺って聖域だから立ち入り禁止なんだけど……。実はリリカルっていう精霊に頼めば行けなくもなくてね。世界樹の傍に」
その言葉にロディンくんが言葉を失うのは当然だった。なぜなら人間は決して立ち入ってはいけない場所だから。というか精霊以外の何者も立ち入ってはいけない場所なのだ。ゆえに聖域。
しかして何事にも例外というのはあるのだ。
僕はリリカル――真昼の太陽みたいな金髪を輝かせている悪戯な精霊を思い浮かべて苦笑する。苦笑しながら言う。
「まあ、もちろん
僕が思い出すのはかつての苦労だった。リリカルから出された無理難題だった。到底不可能に思える課題だった。けれどそれを僕は達成しなければならなかった。そうでなければ助けられない魂があった。だから僕は死に物狂いで達成したのだ。
「リリカルがいまなにを求めているかは分からないけれど――彼女の求めるなにかを持って行かないといけない。そうでないと世界樹の近くにはいけない。でも達成できたならば、世界樹の蜜を一滴だけ持ち帰ることが出来る。それで、あくまでも可能性の話なんだけれど……君達の幼馴染みを、助けられるかもしれない」
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