17.フーディの傷


   17



 フーディくんの過去。ここにはいない幼馴染みの存在。怪我を負って離脱したその幼馴染みに対してフーディくんが責任を感じている……。


 それはきっと間違いなく不運な事故だったのだろう。誰も悪くはない。誰も悪意なんて持っていない。故意ではない。けれど不運な事故というのは誰になんの落ち度がなくとも襲いかかってくるものなのだ。突然の夕立みたいにいきなり身体をしたたかに打ってくるものなのだ。そこには連続性も文脈もない。本当に、突然。


 だからこその不運な事故なのだ。


 僕は頷く。僕はあくまでも心を乱さない。同情もない。哀れみもない。ただただ(なるほどね)とだけ思う。なぜならそれはありがちな話の導入だからだ。【原初の家族ファースト・ファミリア】のようなパーティーの方が珍しいのだ。大体のパーティーというのは離脱や加入を繰り返して段々と強くなっていくものだから。


 そして離脱の原因は実力差がパーティー内で大きく離れることもそうだけれど、怪我だって多いのだ。それこそ死んじゃうことだってあるのが冒険というものなのだ。冒険者という職業なのだ。


 ゆえに怪我をして離脱した。それの責任を感じている。というのはひどくありがちで、ひどくありふれた話でもあるのだ。


 僕の冷静な頷きを見てロディンくんは唾を飲み込んだ。僕は彼の喉元の動きを見てそれを理解した。やがてロディンくんは言う。



「半年前のことであります。まだ年も明けていない冬でした。静かな雪が降り積もっていた。俺達は合同パーティーを組んでいました。【テリアン帝国】の冒険者パーティーと」



 まるで深夜に内緒話するかのような細い声でロディンくんは話を進める。その話を僕は静かに耳に入れていく。それこそ相づちの音すらも立てずに。


 当時の【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】は五人パーティーだったという。くだんの幼馴染みは中衛での遊撃が主だった。きっと身軽だったのだろう。速いという単純明快な才能を持っていたのかもしれない。


 組んだのは【テリアン帝国】で知る人ぞ知るベテランパーティーの【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】という名称のパーティーだった。僕も存在だけは知っている。


 【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】のリーダーはフーディくん達よりも一回りは上の壮年の男性だったという。そして任務の内容は「連絡のつかなくなった冒険者パーティーの捜索・および生存しているのならば救助」だった。場所はどこの領地にも所属していない【タランチュ遺跡】と呼ばれる遺跡内。


 【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】にとっては未知の経験の連続だったという。合同パーティーを組むのも初。遺跡と呼称されている場所を探索するのも初。捜索および救助の任務も初。すべてが初。


 そんな状況下で【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】を頼るのは当然の判断だろう。僕だってそうするだろう。しかも【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】のリーダーは年上だ。一回りも上の頼れる男性なのだ。であるならばフーディくんの判断は間違っていない。【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】に従うという判断はなんら間違っていない。


 でも結果的にはそれが間違いだったのだ。



「我々は主に前衛に出て戦うタイプのパーティーです。しかし【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】の指揮下に入ったとき、我々の立ち回りは変わった。……そして、後方に控えているときのことでした。背後からの奇襲があったのは」



 僕は聞く。そして見る。話ながらにロディンくんの拳に力が入っていくのを。その拳が白く変色していくのを。……不幸だ。不運だ。やっぱり誰も悪くない。誰も悪くないのに誰かが怪我をする。誰かが命を落とすことだってある。それが冒険。


 そんなことはロディンくんだってフーディくんだって分かっているだろう。


 分かっているけれど耐えられる感情ではないのだ。


 僕だって同じ状況なら耐えられない。仲間達の誰かが怪我を負って冒険を離脱する? きっと僕は一緒に冒険を辞めるだろう。責任を取って一生面倒を見ることだって考えるだろう。


 ああ。そこではじめて僕は同情を覚える。慰めたくなる。けれどその感情をすぐさま殺した。……そんな感情は侮辱だ。優しさではないのだ。同情も哀れみも慰めも、懸命に戦った者達に対して向けていい感情ではないのだ。



「もちろん、分かっているであります。【衝撃の暴走クレイジー・インパクト】は悪くない。我々を後方に配置したのだって、我々の負担を減らすための判断だったのでしょう。……けれど」

「……割り切れるものじゃないよね」

「……幼馴染みが冒険を離れたあと、フーディは変わりました。すぐに【勇者の試練】に挑んで勇者になり、ひたすらに上を目指すようになりました。……サブローさんからしてみると、未熟な動機に思えるかもしれませんが」

「そんなことはないよ。むしろ成熟しているし、とても優秀だと思う。行軍の手際だって見事だしね。意外に軽く見られがちだけど、合同パーティーを纏めてここまでの速さで移動できるっていうのは見事なものなんだよ」



 それはお世辞ではなく真実の言葉だった。僕はまた窓の外に視線を向ける。【ヨイマイ森林】の浅い地点。たぶん僕が指揮を執る立場であったならばまだ【ヨイマイ森林】に到着すらしていないだろう。その手前の平原を走っているはずだ。


 僕はしばらく流れゆく外の森林を眺めていた。けれどすぐに景色に飽きてロディンくんに言う。



「その幼馴染みは王国にいるの?」

「王国の田舎町でいるであります。我々の故郷です」

「そこで療養中って感じなのかな」

「ええ。頻繁にメッセージのやりとりをしているでありますが、最近はやっと歩けるようになったと」



 ロディンくんは笑顔で言う。僕もつられるように笑顔を返す。けれど胸中は笑顔ではない。ああそこまでの怪我か。半年が経ってやっと歩けるようになるくらいの怪我なのか。それはフーディくんの気持ちも分かる。後悔も分かる。


 なによりリーダーの立場にこだわる理由も分かる。


 そして僕は深く深く頷いてから言う。



「リハビリしたら冒険に戻ることも考えているのかな?」

「それは……。どうでありましょう。彼女はすばしっこいのが取り柄でしたし、パーティーにおける役回りも遊撃が主でしたから。……いくらリハビリしても、あの怪我では」

「身体は難しいかもしれないけど、気持ちは?」

「気持ちはもちろん! 彼女だってまた戻れるならば戻りたいでしょうし」

「なら、いつか【精霊の里】を訪れるといいよ」



 ロディンくんはぽかんと口を開ける。いきなりの提案に驚いているのかもしれない。それでも僕は気にせずに続ける。



「【精霊の里】には世界樹があるだろ? 基本的に人間は立ち入っちゃいけない場所なんだけど……。リリカルっていう精霊がいるから、僕の紹介で来たっていうことを伝えるといい。それで世界樹の、うろを観察してみて。……一日に一滴だけ、蜜がしたたるんだ。その蜜を飲ませると、もちろん可能性の域を出ないけれど、怪我はえるかもしれない」



 なんて提案した直後だった。


 ――――警戒を告げる叫び声が響いてきたのは。



「敵襲うううううううううううううううううう!」




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