16.僕は人間が好きだ


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 複数パーティーにおける行軍というのは徒歩か馬車での移動というのが通例だった。もちろん例外はある。それこそ喫緊きっきんの問題に直面しているときとか。明らかにその場所に向かわなければ甚大な被害が出ると分かっているときとか。


 そういった場合には冒険者協会ではなく【ライネルラ王国】が依頼者となって冒険者達を送り出す。手段は【王国魔術団】による魔術・魔法である。


 ただ今回のダンジョンXの異変に関して王国は関わっていない。もちろん「ダンジョンXにおいて異変が発生している。百二十年前の魔神復活との関連性があるかもしれない」という報告は冒険者協会から王国側に対してなされているだろう。とはいえあくまでも可能性の域を出ない異変である。さらに現状はなんの危機もない。被害もない。ゆえに王国側は表に出てこないし、つまり【王国魔術団】も力を貸してはくれないというわけだ。


 というわけでいまの僕は馬車の箱の中にいた。


 がたごと揺れる箱の中でお尻や腰を痛めずに座る技術っていうのはコツがいる。そして僕はそういう自分が快適になれる部分でのコツっていうのは掴むのが上手い。だから同乗している人達に教えてあげようかなー、とか思ったのけれど教えるまでもなくみんな会得していた。ふふ。まあ、そうだよね。


 出発からは一時間ほどが経っていた。


 馬車は合わせて四りょうである。【虹色の定理ラスト・パズル】と【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】で二輌ずつ。構成としては先頭と最後尾が【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】の馬車である。挟まれるようにして走るのは【虹色の定理ラスト・パズル】の馬車。構成はすべてフーディくんの指示によるものだった。ププムルちゃんも特に異論はないようで頷いていた。


 そして僕がどこの馬車にお邪魔しているのかって。そんなのは当たり前に最後尾である。つまり【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】。……残念ながらフーディくんはいない。彼は先頭の馬車にいるからね。


 ということで僕は【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】に所属している二人の冒険者と一緒だった。どちらも気の良い男性である。歳はフーディくんと同じくらいだ。つまりどちらも僕よりは年下ということになる。


 そしてひとりは先ほど馬車の外に出て御者台に腰を落ち着かせた。


 残されたのは僕ともうひとり。……フーディくんと正反対の、さながら日没前に見せる夕陽の最後の足掻きみたいに赤い髪の毛を肩ほど垂らした男の子だった。どこか中性的な見た目をしているのもフーディくんの青年らしさとは正反対で面白かった。


 最初に済ませた自己紹介によると副リーダーをしているらしい。名前はロディンくん。うん。良い名前だね!


 ということで僕はどこか気まずそうにしている彼に声を掛ける。



「僕さ、なんの予定も入っていない日にのんびりと外に出て、公園とかのベンチで横になって、木々のこずえから漏れる陽を浴びながら欠伸あくびとかするのが好きなんだよね」

「……え。あ。そうなんですか。……欠伸ですか?」

「そう。欠伸。ふわああって、大きくするのさ。涙がこぼれちゃうくらいに大きくね」

「ちなみにですが、その、あくびでなければならない理由があるのですか?」

「ないよ。のんびりするのが好きってことさ」

「はあ。そうなんですか」

「そうなんだよ。でもそれと同じくらい、人間も好きでね」

「人間でありますか?」

「うん。僕ね、人間が好きなんだよ」



 僕は本心から言葉を発する。けれどロディンくんは理解できないように首を傾げた。


 まあ慣れた反応だった。人間が好き。なんて言うと大抵はこういう反応になってしまう。たぶん理解できないわけではないけれど困ってしまう言葉でもあるのだろう。だからなんだ? とかって心の中では思ってしまうのかもしれない。


 大きく馬車が跳ねる。


 お尻の下でリュックサックの中に入っている道具が硬い音を出す。


 僕はすこしだけ馬車の窓から外の景色を眺めた。


 緑。


 森林。


 どうやら馬車は王国東部の平原から【ヨイマイ森林】へと突入したらしい。とはいえまだまだ移動に時間は掛かるはずだ。それこそ【トトツーダンジョン】に到着するのは今日の夜とかになるだろう。つまりどこかで野宿しなければならないというわけでもある。まあその判断はフーディくんに任せればいいだろう。彼は優秀なリーダーだし優秀な勇者でもあるだろうからね。


 そして僕はまた視線をロディンくんに戻した。



「でね、まあ僕はこういう人間だしさ、自分から面倒ごとに踏み入ったりするつもりは毛頭ない。君も知っての通り、今日の僕は後方で空気に徹するつもりだし。……っていうのを前提の上で訊くんだけどさ?」

「は、はい」

「フーディくん、なんであんなにリーダーにこだわっているの?」



 知らないならば知らないでいい。もしもロディンくんが知らないというのならばこれ以上の詮索はやめておこう。もう誰にも訊くことはないだろう。疑問を胸にしまったまま行軍を進めよう。調査をしよう。


 けれど……。


 僕はロディンくんを見る。ロディンくんが素早く瞬きをして動揺するように視線を動かすのを見る。指にきゅっと力が入るのを見る。動揺しているのを見抜く。そしてロディンくんも気がつく。僕が見ているということに――僕が動揺を見抜いたということに気がつく。


 だから、誤魔化しはしないだろう。



「……まあ。僕はフーディくんが嫌いなわけじゃないんだけどね?」



 一応言っておく。もちろんそれは事実だ。そもそも僕は先述したように人間が好きだ。いままでの二十三年間でたくさんの人と出会って交流してきたけれど嫌いになった人なんてほとんどいない。フーディくんも嫌いじゃない。というかむしろ好きな部類である。



「ただ気にはなるからさ、やっぱり。後々になって問題が表面化するのも嫌だし。だから話せるならいろいろと教えてほしいんだけど……どうだろう?」



 僕の甘えるようなお願いに、すこし間を置いて、ロディンくんは首を縦に振った。


 そして言った。



「……俺達、幼馴染みなんです。……でも本当は幼馴染みは三人いて。……ひとりは、冒険を離れました。怪我を負って。……その責任を、あいつは感じているんですよ」


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