15.出発


   15



 理想的な一日の始まりっていうのはどういう始まりなのだろう? 眠りの奥底から浮上した瞬間に希望を持ったりしているのが良い始まりなのだろうか。今日も楽しい一日にするぞー! なんて意気込んで起床するのが良い始まりなのだろうか。


 今日もしょぼしょぼする両目を擦るところから僕の一日は始まる。


 はあ。カーテンから漏れている陽をかすかに浴びながら僕は重い息を吐く。なんの予定もなければすこしは気が楽だったかもしれない。でも今日はダンジョンXの調査である。まったく。


 身体を起こしてカーテンを端に寄せる。そして窓を開けた。……午前中の太陽というのは透き通っていてどこか特別感があるから僕は好きだ。午前中の風も同じようにして僕は好きだ。ということで僕は自分のご機嫌を取ることに成功する。すこしずつ身体の起きていく感覚というものがある。


 大きな欠伸をして眼球に涙を帯びる。頭の中に酸素を回す。すこしずつ身体を起こしていく。そして正午前には頭の冴えをピークに持って行かなければならない。


 一応溜まっているメッセージ・バードがないかを確認した。仲間達が戻ってきたりしていないか。マミヤさんから『魔人』に関しての情報は入っていないか。残念ながらメッセージ・バードは一羽も待機していない。ならばそれでいい。


 朝一番の食事は少なく済ませておく。マナを循環させている冷蔵庫から果物を三つほど取り出してミキサーして水を混ぜて飲み干す。軽く栄養を取ったら服を着替えて家の周辺をぶらぶらと歩いた。出来るだけ日差しを多く浴びるようにして目を覚ましていく。


 家に帰ってさらっと流すようにシャワーを浴びたら次にすこしだけごろごろと怠ける。この時間が至福だ。怠けている時間ほど生きていて良かったと実感することはない。とはいえ本当に身体を横たえてだらだらとするだけでゲームをしたりはしない。動画を見たり配信を見たりもしない。ひたすらに頭を使わずにだらける。


 頭をちゃんと使わずにエネルギーを貯めておく。これがひじょうに重要だ。すくなくとも僕の冒険生活上においては重要だった。どうせ頭を使わなければならない場面は後々になって訪れるからね。……今日は訪れないでほしいけれど。


 時間を見て身体を起こす。そして二度目のシャワーを浴びて身だしなみを整えたらちゃんとした食事を摂る。栄養バランスを考えた食事だ。とはいえ野菜と肉と米。それからチーズに卵などの乳製品。最後にデザートとして果物と甘い砂糖菓子を食べれば完璧。


 歯磨きをしてから二階の自室に上がる。最後にもう一度だけメッセージ・バードが飛んできていないか確認した。結果は残念。うん。ここまできたら諦めよう。諦めることは得意だしね。


 クローゼットから変装用のローブを取り出して羽織る。例に漏れず気配遮断の魔術が掛けられているローブだ。そして戸締まりを済ませて僕は家を出た。


 向かうのは王都の東にある商業地区である。


 歩きながらに自分のコンディションを確認する。とはいえなんの問題もない。体調は万全である。脳味噌もまだ働いていないがこれから順調に動き出すだろう。


 感情は? ……恐怖はない。緊張は微弱。まあ正直に言って僕も一端の冒険者である。腐っても勇者である。修羅場というのは幾つも越えてきた。ゆえにいまさら未知の恐怖に怯えるなんていうことはない。ただ面倒くさいだけで……。


 集合場所には怪しげな黒ローブ集団がたむろしていた。


 おいおいバレバレじゃないか? と思うけれど口にはせずに人数を確認する。うん。全員集合しているようだ。集合時間の数分前だというのにみんな真面目なものである。よろしい。


 僕は黒ローブ集団のリーダーである二人の人物に手を挙げる。――ピンクのショートヘアーを風に揺らしている、魔術師パーティー【虹色の定理ラスト・パズル】のリーダーでありB級勇者のププムルちゃん。


 それから夜明けの空みたいなブルーの髪の毛を短髪にしてツンツンさせている、一般構成のパーティー【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】のリーダーであり同じくB級勇者のフーディくん。


 二人は互いに背を向けるような体勢をしていて喋ったりはしていない様子だった。よくよく見てみれば二つの合同パーティーもべつに会話をしたりしている様子はない。……どうせ合同パーティーを組むなら会話でもすればいいのに。とは思うけれどやっぱり僕は口にはしない。口が災いのもとであることを知っているから。


 そして僕はつとめて明るく言う。



「おはよう! ……いや。こんにちはが正しいかな? まだ時間前だっていうのにみんな優秀でさすがだね! 【原初の家族ファースト・ファミリア】なんて遅刻が当たり前みたいなところがあるからさあ。感服しちゃうよ、本当」

「あっ、こんにちはかもです! ……ええと、それでいつ出発しましょう? サブローさん。一応出発の準備はみんな整ってるかもですけど」



 自信がなさそうに問いかけてくるププムルちゃんに、しかし答えるのは僕ではなかった。それまで【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】と作戦を詰めていたであろうフーディくんが振り向いて言う。



「五分後だ。あと何度も言わせるなよ。リーダーは俺だ。訊くなら俺に訊けよ」

「……なんでそんなに偉そうなのか、分からないかもです」

「あほか。リーダーは偉いんだよ」



 鼻を鳴らすようにしてフーディくんは言う。「……そういうものなのですか?」とププムルちゃんの呟きはそらに溶ける。そして僕は答えられない。なぜならそうとも言えるしそうとも言えないから。


 僕は冒険する過程で様々な国を回った。そして種々雑多なパーティーと出会ってきた。その中にはリーダーを絶対とするワンマンパーティーが幾つもあった。そうして本当に王様のようにリーダーが振る舞っているパーティーがとてつもなく優秀なパーティーであるということもあった。だから、分からない。なにが正しくてなにが正しくないのか。


 すくなくともそれで上手く回っているのならばそれでいいのだろう。



「サブローさん」



 ププムルちゃんに嘲りを向けていたフーディくんが僕に言う。顔は既に引き締まっている。それは戦いにおもむく前の戦士の顔だった。中々に良い面構えである。僕が頷きを返すとフーディくんは続ける。



「昨日に話した通りでお願いしたい。サブローさんには後ろから付いてきてほしい。基本的にノータッチで構わない。もちろん俺の指示には従ってもらうが……」

「うん。それでいいそれでいい。僕はあくまでも個人だからね。優秀なパーティーの動きに合わせるさ。指示にも従うよ」

「悪い。感謝するよ。……なら、あと三分だな。三分で出発する。おのおの準備を整えておくように!」



 よく通るフーディくんの声に反応するのは【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】の面々だけだった。ププムルちゃんも【虹色の定理ラスト・パズル】の面々も返事はしない。それでも言われたことに従おうという意思はあるようだった。おのおのに出発の準備を進めていく。


 ところで僕の荷物というのはいつものサバイバルポーチにリュックサックが一つだけだった。中には様々な生存に役立つ道具が入っている。……生存。戦うための道具ではなく生き残るための道具である。


 僕はのんびりと青空を眺めながら出発の時間を待った。


 やがてフーディくんの活発な声が響いた。



「――これより我々は【ヨイマイ森林】の【トトツーダンジョン】に調査へ向かう。第一目標は『高密度のマナの噴出』という異変の原因を突き止めること。……第二目標は全員生還することだ。行くぞ」



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