14.明日に備えて


   14



 魔神の復活。その復活に関わる凶悪な魔族――魔人と呼ばれる存在。


 まったくもってとんでもない置き土産を残してララウェイちゃんは去っていった。


 もうちょっとその魔人とやらについて詳しく教えてくれよな。なんて僕は望むけれどたぶんララウェイちゃんも詳しくは知らないのだろう。詳しく知っていたのだとしたら必ず教えてくれるはずだから。つまりそれほど情報が少ないのか。魔人とやらに関しては。


 ……考える。百二十年前はどうだっただろうか? 魔神が復活した百二十年前。人間と魔族の戦争が苛烈だったあの頃。……魔人。魔人なんていう存在はいたのだろうか?


 僕は地下室から二階に上がってまたメッセージ・バードに言葉を吹き込んだ。


 宛先はマミヤさん。



『百二十年前に魔人と呼ばれる存在がいたのかどうか、調べてください』



 外は暗闇に落ちている。家の前の通りをともしているのは王国が設置している魔術灯だ。ぼんやりと青白く、まるで高密度のマナみたいな色合いで夜を照らしている。それから空に張り付いている月と星々。


 僕はこぶし大のサイズであるメッセージ・バードを手のひらに乗せて送り出した。王国の冒険者協会へと。たぶんマミヤさんはまだ残っているはずである。あの仕事熱心で真面目な人が「調査隊を組んだからおっけー」なんて考えて家に帰っているはずがないのだ。


 さて。


 僕はしばらく夏の夜風を浴びていた。なんとなくそうしたい気分だったのだ。それから考えるのはやはり仲間達のことだった。スピカはなにをしているのか。シラユキはどこにいるのか。ドラゴンのやつ早く戻ってこないかな。ラズリーもさっさと戻ってこいよな。ていうかなんで僕こんな事態に巻き込まれているんだ? こういう事態にひとりで巻き込まれるほどの実力はないんだけどな……。


 ……ああ。やっぱりすべては勇者という肩書きが悪いのだろう。それもS級勇者という肩書きが。あー、退職したい! やっぱり退職したい! いますぐ退職したい! でも調査隊に組まれちゃったしな。ちゃんと仕事はこなさないといけない。それがたとえ「二つのパーティーの後ろについていくだけ」だったとしても。


 僕はため息をついてから窓を閉めた。


 まあいい。


 考えても仕方のないことは考えなくていい。そして僕の特技の一つに考えないというものがある。これは中々の特技だ。人はなにかと考えてしまう生き物だからね。でも僕は考えない。考えずにとりあえず明日に備えて休むことにする。


 マナで湯を沸かして風呂に入る。小一時間ほど。僕はお風呂に入ることが好きだ。簡単にリラックスすることが出来るから。それに湯船に浸かりながらアヒルのおもちゃとかで遊ぶのも好きだ。ぷかぷかとマナのおもちゃで遊んだりもする。そんなこんなで風呂を上がる。次にご飯を食べに行く。


 移動はマナ・チャリにする。空中浮遊の魔術を行使することも考えたけれど夜ということもあってやめておいた。それにマナをかなり消費するしね。


 僕はマナ・チャリを漕いで車輪を回す。マナを供給するとペダルは軽くなる。そうして到着するのは十分ほどの距離にある地域の酒場である。こぢんまりとしている。


 客層は落ち着いている。老人がほとんどだ。地域密着ということもあって客も馴染みの人達ばかりだ。それにそもそも賑わっているほどお客さんはいなかった。ということで僕が入っても変に視線を感じたりはしない。僕に気がついたとしても声を掛けてくることもない。うん。居心地が良くてやっぱり好きなお店だな。


 てきとうにサラダと揚げ物と白米を食べてエールも飲んだ。そしてアルコールが入ると食欲が増すのもいつも通り。ということで僕はさらに追加でおつまみを注文する。海鮮系のつまみ。さらにお味噌汁。僕は貪るようにしてすべてを平らげた。そしてお店を出た。


 膨れたお腹で家に帰る。


 自室の窓の手前ではメッセージ・バードが寒そうに身を縮めていた。今日の夜は冷えるからね。秋の予兆があるのだ。


 再生するとマミヤさんの言葉が流れてくる。



『調べておきますが、出発までには間に合いません。帰還してからになりますので、ご了承ください』



 ありがとうございます。


 という言葉は夜空に流しておく。もう夜も遅いからね。それにお礼の言葉はわざわざメッセージ・バードに込めて送るほどではない。直接に会って伝えればいいだけでもある。ということで僕は寒そうなメッセージ・バードを部屋の中に入れた。そうして暖を取らせながらベッドに腰掛ける。


 正午までに頭を冴えさせるとして起床する時間は九時手前でいいだろう。八時間は眠るとして残された時間は三時間ほどか。寝不足でも寝過ぎでもコンディションは悪くなってしまう。睡眠時間のコントロールは冒険者にとって当たり前にこなさなければならない習慣の一つでもある。


 ということで僕は三時間ほど時間を潰すことにした。ありがたいことに時間を潰す手段に関しては困ったことはない。僕は動画を見たり配信を視聴したりするのが好きだから。


 天井のディスプレイを起動させる。


 マナチューブで動物系の動画や食事系の動画を見て一時間ほど時間を潰した。それから指を振ってマナッチを開いてお気に入りの配信者の配信を視聴する。……その配信者はゲーム大国とも名高い、東方の島国である【ジパング帝国】のゲームをプレイしていた。内容はFPSである。……これだな? ララウェイちゃんが言っていたゲームは。


 しばらくその配信者のプレイを眺めていた。視界の端で流れていくコメントというのも愉快なものだ。


 ちなみに僕にはひとりだけ配信者兼動画投稿者の友人がいる。それなりにマナチューブやマナッチでも有名らしい。とはいえ僕は彼女の動画も配信も見た事はない。……いや。一度だけあるけれど恥ずかしすぎて閉じた。……あまりにもキャラが違いすぎて見ていられなくなったのだ。


 なんて。


 考えている間に眠気の予兆を感じる。そして僕はその予兆に逆らわずに指を振った。そうしてディスプレイも照明もなにもかも落としてしまう。途端に広がるのは心細くなってしまうような暗闇だ。でも僕は暗闇が怖いものでないことを知っている。味方であることを知っている。だから目を瞑って安らかに身を委ねる。


 眠ろう。


 明日に備えて。



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