13.友達だから
13
ダンジョンXの異変。百二十年前の戦争との関連性。これは魔神復活の予兆なのではないか? ということを説明し終えたときのララウェイちゃんの表情というのは複雑だった。
それもそうだ。
説明を終えて僕は冷静に思った。それから頷いた。複雑で当然だ。なぜならべつにララウェイちゃんは魔神に対してどうこう思う立場でもないだろうから。あくまでもララウェイちゃんは魔族なのだ。
そして僕はララウェイちゃんをその場に残して地下室を出た。そのまま一階のキッチンに上がって飲み物をコップに注ぐ。果実のジュース。ありふれた飲み物だ。
僕はコップを二つ手に持って地下室に戻る。
ララウェイちゃんは硬い床に腰を落ち着かせていた。ゴシック調のスカートからなにか布が覗いているような気がするが気にしない。
僕もララウェイちゃんの対面に座ってコップを差し出す。そうして言う。
「ごめんね。椅子とか用意できたらいいんだけどさ」
「む? 構わん。怪しまれるわけにはいかないんだろう? ここはあくまでも物置だ。使われていない物置。そうだろう?」
「うん。そういう感じにしてるよ」
「それでいいさ。サブローが困るのは我も嫌だからな」
ララウェイちゃんは両手でコップを持ってちびちびとジュースを飲み込んでいく。子供じみていたけれどララウェイちゃんには似合っていた。そして可愛らしかった。
僕もララウェイちゃんにつられるようにジュースを飲む。……酸味が強い。それでも確かな甘みがある。後味が爽やかで僕は好きだ。だからよく買い置きしている。
半分ほど飲み込んだ。
ララウェイちゃんは言う。
「状況は理解したぞ。それで? サブローはどういう立場にいるのだ?」
「困ったことに、調査隊に組み込まれちゃってね」
「……なるほど。そのダンジョンXに向かうのか。仲間はいるのか?」
「僕のパーティーは不在。将来有望なパーティーが二つ。正直に言って僕の力は必要ないと思うんだけどね。観察した限りはかなり優秀そうだ。リーダーも勇者だし」
「ふむ。なら休んだらどうだ? そして我と遊ぶか。なあサブロー。貴様にゲームの面白さというのを教えてやろう。ふふ」
「もう知ってるから大丈夫。……逃げられるなら逃げるんだけどね? 逃げられる立場にはいないんだよ。僕は」
「? ああ。そういえばサブローも勇者だったな。まあ我には関係ない話だが」
「ありがとう。ありがたいものだよ、そういう視点っていうのは」
「そうか? ならいいんだが。……それにしても、魔神の復活に関わっているのだとしたら、間違いなく危険だろうな」
「だよね」
「ああ。仕方ない。我が一肌脱ぐか」
よーしその言葉を待っていた! と僕は笑顔で手を叩く。ぱん! と音が鳴ってララウェイちゃんは最初だけすこし驚いたように目を開いた。
けれどすぐに目を細める。まるで幼子に呆れる大人のように。そして言う。
「相変わらず分かりやすい奴だな? サブロー」
「まあね。素直なのは取り柄なんだよ」
「ちなみにどう動いてほしい? なにか要望はあるか」
「んー。いや。ないかな。好きに動いていいよ」
「好きに、か? 良い言葉だな」
「ちなみに、大丈夫なの?」
「? なにがだ」
「もしもこれが本当に魔神の復活に関わっていたとして、ララウェイちゃんの行動っていうのは、同族に刃向かうようなものじゃないかな」
僕は訊く。でもそれは訊くまでもなく分かりきっているものだ。間違いなく刃向かう行為に等しいだろう。
ララウェイちゃんはそれでも平気なのか。大丈夫なのか。
僕は――――見る。集中して、ララウェイちゃんを見る。
その表情を見る。仕草を見る。目の動きを見る。かすかに動く身体を見る。見れば分かるものがある。見れば掴めるものがある。たとえ言葉で「大丈夫」と言っていても大丈夫じゃない場合がある。そして僕はその本心を見抜くだけの目の良さを持っている。だから僕の質問にララウェイちゃんがどう答えるのか。
ララウェイちゃんは微笑んだ。
そして言った。
「これは我があの洞窟で息絶えかけていた理由の一つでもあるが……安心しろ。サブロー。迷惑をかけるゆえに詳しくは言えないが、そもそも我は魔族に仲間などいないのだ」
微笑みは儚げだ。
僕は二秒間だけ目を瞑る。
……うん。間違いはない。ララウェイちゃんの言葉に嘘はなかった。真実だった。それが僕にはよく分かった。そして目を開ける。僕は言う。
「なるほどね」
「……それだけか? 慰めや励ましの言葉はないのか」
「慰め? ふふ。そんなの望んでないでしょ。ララウェイちゃんは」
「まあ、な。わざとらしいのは好かんから」
「知ってる知ってる。友達だからね。なにより仲間だから」
お互いに見つめ合ってすこしだけ笑い合う。お互いがお互いを理解している。お互いに通じ合っている。ということがいまの会話と笑い合いだけで分かる。
そしてララウェイちゃんはコップに入っているジュースを飲み干した。つられるように僕もガラスのコップを透明に戻す。
ララウェイちゃんは唇を舌で舐めてから、言う。
「どれ。なら我も準備に動かないといかん。そろそろお
「うん。ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」
「なに。今更だろうが。サブローはいつも変なことに我を巻き込む。慣れたものだ。それに友人に頼られるのは悪い気分じゃないしな」
「ありがとう。まあ、事態が一通り落ち着いたらゲームでもしよう。僕もそのFPSには興味があるしね」
「ふむ。我の指導は厳しいが、ついてこられるかな?」
「残念。これでも僕はゲームには一日の長があるのさ」
ゲームは得意だ。昔から。なぜ得意なのかは分からないけれどセンスが良いのかもしれない。キサラギ師匠にはそれも目が良いからだと言われたけれど理屈はよく分かっていない。なぜ目が良いことがゲームの上手さに直結するのだろうか?
ララウェイちゃんは立ち上がって赤い魔法陣の上に戻った。そして僕も見送るように立ち上がる。
去り際にララウェイちゃんは言った。
「サブロー。もしも本当に魔神復活の予兆なのだとしたら、そこには必ず別の存在が関わっているはずだ」
「別の存在っていうのは?」
「魔神を復活させるために動く者。――凶悪な魔族だ。気をつけろよ、サブロー」
「……まあ、気をつけるだけ気をつけるさ」
「奴らは魔人と呼ばれている。もしも魔人と遭遇したならば――――人間の身では決して勝てぬ。ゆえに、命のために、逃げろ」
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