12.ララウェイ・ヘミング
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ララウェイちゃん――ララウェイ・ヘミングは種族としては吸血鬼にあたるだろう。出会いは二年前。どこの領地にも属していない【カガヤキ洞窟】において僕たちは出会った。お互いに絶体絶命という状況で。
僕は仲間達とはぐれてしまって洞窟内部で遭難していた。そしてララウェイちゃんもなにかしらの『謎の理由』によって遭難している状況にあった。ちなみに『謎の理由』については明かされていない。話す気がないらしい。ならば追求する理由もないというものだ。
さて。
当時の僕は『カガヤキ洞窟』に生息する魔物に襲われたらひとたまりもない強さしか持っていなかった(いまもかもしれないが……)。ということで僕には仲間が必要だった。仲間を求めていた。
対して当時のララウェイちゃんというのは極度の飢餓状態にあった。かなり傷つき弱って自分で食べ物を調達する余裕すらないようだった。
ちなみに僕も最初は死んでいるものだと思っていた。そして野ざらしで亡くなっているのは可哀想だから上着でも掛けてあげよう。なんて考えて近づいたら生きていることに気がついた。そのときのかすかな呼吸の音は忘れられない。小さく上下する胸も。
吸血鬼であることは見て分かった。かつて一度だけ倒すべき敵として吸血鬼と対峙していたのも大きいだろう。それにあまり人間に友好的とはいえない種族だ。なにせ吸血鬼の餌は人間であることも多いからね。
とはいえ僕は自分の血をあげることにした。
本来であれば見捨てるべきなのかもしれない。なにせ人間と敵対している魔族だ。なにせ凶悪で危険度が高い吸血鬼だ。回復したらなにをされるか分からない。かつて一度戦った吸血鬼にしても狡猾で卑劣だった。もしもあの吸血鬼がララウェイちゃんの立場だったとしたら僕は間違いなく死んでいただろう。殺されていただろう。
でもやっぱり僕の思想は『善い奴もいれば悪い奴もいる』というものなのだ。
というわけで僕は『カガヤキ洞窟』において吸血鬼の少女――のちにララウェイちゃんと名乗ることになる彼女を救出する。当初は警戒心剥き出しだったララウェイちゃんも日が経つにつれて雰囲気を柔らかくしていった。それから僕とララウェイちゃんは協力して『カガヤキ洞窟』を脱出することに成功したのだ。
まあ僕がやったことというのはララウェイちゃんに対する血液の補充だけなのだけれど。基本的に魔物を倒していくのはララウェイちゃんの仕事だった。僕はいつもの通りに後方に控えて応援する係だ。ふふ。人間相手にも魔族相手にも僕の役回りっていうのはこういう感じなんだね。
そして洞窟の外で――僕とララウェイちゃんは契約を結んだ。
契約の内容は単純明快だ。
「我とサブローは親友だ。ゆえに――いいであろう? いつでも会えるように。なんていうのはすこし、気恥ずかしいのだが」
「恥ずかしいことなんてなにもないよ。親友なんでしょ? いつでも会えるっていうのは重要だ!」
「……そう言ってもらえると助かるが。とはいえ、我の方から呼べないというのは不便だな」
「大丈夫。なにかあったらすぐララウェイちゃんに相談するからさ」
「……なにもなくても呼べ」
「もちろん。オーケーだ」
そして僕たちは別れた。
そして僕たちは再会する。
――銀髪のお姫様カットに、血よりも濃い紅色の瞳。
――黒を基調としたゴシック・ロリータな服装。
家の地下室。透明な魔法陣。しかして血を垂らせば朱い魔法陣が完成する。『いつでも会えるように』という契約の遂行。必要な代償は一滴の僕の体液のみ。成果として顕現するは高潔な魔族である吸血鬼。
代償と成果が釣り合っていないような気がするけれどそこはマーケットにおける友達価格のようなものだ。ありがとうララウェイちゃん。
床に描かれた魔法陣からじわじわと浮かび上がるようにしてララウェイちゃんは登場する。まるでシャボン玉のようにふんわりと宙に浮かぶ。それから両の足で着地。ララウェイちゃんはすこしの間あたりを見渡すように視線を這わせた。それから正面に立つ僕の姿を見つける。
舌打ちが弾けた。
「……こら、おばかサブロー。いま大事な場面だったんだぞ? こら」
「え。ごめん。大事な場面っていうのは? もしかして僕以外に友達のいないララウェイちゃんにもついに友達が出来たとか?」
「っ、友達がいるとかどうとかそんな話はしていないだろうが! こら!」
「ごめんごめん。どうやら友達が出来たわけじゃないらしいね」
「それはそうだが……。ってそんなことはどうでもいいだろうが! ウザい! もう我は帰る!」
「ごめんごめんごめんごめん! からかいすぎたごめんごめんごめんごめん!」
「ったく」
ちっ。ちっ。ララウェイちゃんは繰り返すように舌を打って不機嫌さをアピールする。
ということで僕はララウェイちゃんの機嫌を取り戻すためにまた指を噛んだ。そして血を滲ませてからララウェイちゃんに差し出す。……これはもはや恒例行事みたいなものだ。ララウェイちゃんの機嫌を直すための恒例行事。いつもの流れ。完成されたパターン。
そうしてララウェイちゃんは特になにを言うでもなく僕の指に吸い付く。そのままちゅーちゅーと吸ってくる。血の出が悪いときにはれろれろと舌を這わせて傷口を舐めてくる。……妙なくすぐったさが背筋を震わせる。しかし、このくすぐったさを快感に捉えてしまってはいけないと僕は知っている。つまりこのときばかり僕は脳味噌の神経をシャットアウトするのだった。
三分ほどは指を吸われていただろうか。
ちゅぷ、と音を立てながらララウェイちゃんが柔らかな唇を離す。その表情はやけに色っぽい。ドキドキしちゃう。いや本当に僕が男女の友情を信じている人間で良かったな! と言わざるを得ない。……とはいえ僕がなにかの間違いで発情して襲いかかったところでララウェイちゃんに敵うはずもないのだが。
ぬらぬらと濡れた指にはもう傷がついていない。その指を僕はハンカチで拭い、それから言う。
「で? ごめんララウェイちゃん。なにかの作業の途中だったりした?」
「む? いや。作業中というかなんというか……。ゲームをしててな?」
「なんだゲームかよ」
「ゲームかよ、とはなんだ! こら! ちょうどオールキル間近だったんだぞ! 分かっているのか? サブロー! 敵をばったばったとマナ・ガンで撃ち殺して我が救世主になる手前だったのだぞ!」
「しかもFPSか……」
「いいだろうがべつにFPSをしてても! なにか悪いのかこらぁ! 我がFPSをしててなにか悪いのか! 言ってみろ!」
「悪くない悪くない悪くない。吸血鬼だってゲームをする。うん。吸血鬼だってFPSをしていていい!」
「いいだろうが!」
「いい!」
これ以上怒らせると今度は指だけでは済まない。それこそ首に噛みつかれて悶えることに僕はなってしまう。……かつて一度だけあったのだ。ララウェイちゃんをからかうのが面白すぎて怒らせてしまったことが。そして強引に押し倒されて首筋から吸血されたことが。まさに地獄だった。
吸血鬼という種族は吸血対象に対する感情によって、与える感覚が左右される。
たとえば憎むべき敵から吸血したとき、その敵に与えられる感覚というのは苦痛以外のなにものでもない。とてつもない痛みである。それこそ吸血されながらショック死してしまうほどの痛み。想像を絶する苦痛。
ならば対象に好意を抱いていたとしたら――?
『うわー! ララウェイちゃんやめて! やめてー! マジやめて! ごめんて! ねえ! マジやばい! これやばい! 死んじゃう! 死ぬうううう!』
『うるしゃい! よがりくるってろ、ばか』
『うわえぐうううううううううい!』
それはもはや想像を絶する快感でしかなかった。快感だ。泡を吹いちゃうくらいの。……二度と味わいたくない。あれは別の意味で地獄だった。しかも快感というものには中毒性がある。ああ。次に味わってしまったらそのときこそ抜け出せるか怪しいな。依存してしまう可能性だってゼロじゃないだろう。
はあ。
さて。
呼び出してまだ十分も経っていないのにやけに疲れたな。なんて僕は苦笑する。
その苦笑を見てララウェイちゃんは気配を切り替えた。そして言う。
「それで? サブロー。どうかしたか。困った事態でも起きているのか? そんな顔をしているな。……安心しろ」
「安心ねぇ。安心できるかな」
「命を救われた恩もまだ返せていないからな。我が助けてやるさ」
微笑みから発せられた心強い言葉に、僕は頷いてから説明をはじめた。
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