11.魔族の少女について


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 百二十年前に魔神が復活したことによって魔族と人間の戦争というのは勃発した。そして魔族と人間の敵対感情というものは決定的になった。ゆえにいま冒険者の仕事というのは魔族の討伐が主である。あるいは討伐でなくとも護衛として魔族から商隊を守るとか。他にも魔族の生息域を調査するための任務とか。とにかく冒険者というのは魔族と密接に関わった仕事でもあるのだ。


 ところで僕は勇者でもあり冒険者でもあるわけだ。というわけで魔族に対してやはり敵対感情を抱いているのか? といえばべつにそうでもない。ぶっちゃけ僕は魔族だからといって即殺す! みたいな思考にはなれないでいる。それは人間と同じ。


 人間観察が得意な僕としては人間も魔族もそんなに性質的には変わらなくないか? と思っているのだ。というのは善人と悪人の比率という割合というか。人間にもい奴がいれば悪い奴もいる。っていうのは魔族でも変わらなくないか? というのが僕の思想でもあるのだ。


 これが人間として、そして勇者として間違っていることだというのは理解している。ゆえにおおやけにこの思想を出すつもりはない。仲間にも言うつもりはない。あくまでも心の中にしまっておこう。


 さて。


 実を言うと僕は二年前にとある魔族と知り合いになった。経緯としては長くなる。長くなるから割愛して説明しよう。出会ったのは洞窟だ。【ライネルラ王国】の遙か南にある【カガヤキ洞窟】というのが舞台になる。ちなみに【カガヤキ洞窟】は王国にも属していないしどこの領地にも属していない。完全に浮いた洞窟である。


 そこで僕は仲間達とはぐれて遭難していた。


 そして僕と知り合うことになる魔族も死にかけだった。


 まったくもって因果な運命である。ちなみになにがあったのか? というのは「迷惑がかかる」という理由でいまも教えてもらっていない。謎のままだ。僕は仲間達とはぐれたがゆえに遭難していたが彼女はどうして死にかけていたのだろう? 気にはなるが迷惑を掛けられるわけにもいかないので追求はしていない。それでいい。


 ところでその魔族――彼女が人間にとって善い魔族なのか悪い魔族なのかというのは首を捻るべき疑問点だろう。僕はいまや友達といっていいほどに仲良くなった。でもそれは洞窟内における助け合いがあったから育まれた仲であり特別なものなのだ。一般的な思想とはいえない。つまりその彼女が人間に友好的なのかどうなのかというのは分からない。


 なんて。


 つらつらと考える僕の現在地点は自室にある。【王都ミラクル】の郊外にある一軒家。郊外ということもあって住宅地ではあるけれど家と家の密集率というのは高くない。ゆえに家も自然と広くなる。一人暮らしにはもったいないくらいだ。


 そんな家の二階の一室が僕の自室である。窓を開放して空気を入れ替えながら僕は白い羽根を持つメッセージ・バードに言葉を教えていた。



「東部にある【ヨイマイ森林】の【トトツーダンジョン】に向かうことになった。知ってると思うけどダンジョンXだ。でもダンジョンXにあるまじき高密度のマナが噴き出たらしい。ということで僕は調査隊に入れられちゃった。明日の正午には王都を立っているよ。もしこのメッセージを見たら速やかに合流すること。そして僕を助けに来ること」



 ……助けに来ること。という最後のメッセージは中々に情けないものだった。そういう自覚はある。でも同時に嘘偽りのない事実でもあるのだから仕方がない。仲間に嘘はつくものじゃないしね? 僕は仲間がいなければただの雑魚だ。ただの無力な男だ。もしも【トトツーダンジョン】で危険な目に遭ったとしたら正直生きて帰れる自信がない。


 スピカ、ラズリー、シラユキ、そしてドラゴン。四人分のメッセージ・バードを用意して僕は窓から送り出した。……ちなみに彼女達の居場所は分からないので置き手紙のような感じである。つまりメッセージ・バードの行く先というのは彼女達の自宅。あるいは借りているホテルの部屋である。


 さて。


 時計を見れば既に午後六時近く。いくら夏で日が長いとはいえど外は暗くなりつつある。


 耳を澄ませば聞こえてくるのは夏虫のはしゃいだ鳴き声と子供達の笑い声だ。それから買い物帰りと思しき夫人達の飛行魔術の風を切る音。さらにマナを節約したい人や魔術がうまく使えない人達は公営の馬車に乗ったりしている。その車輪の音などが響いてきていた。


 ダークちゃんと酒場で飲み食いした食べ物は既に消化されつつある。それで僕は一階に下りててきとうに腹ごしらえを済ませた。僕は一回にばかばか食うよりは何回にも分けて少しずつ食べるタイプなのである。それで腹を満たしてから次に僕が向かう場所というのは地下だ。



 家の地下。



 それは家を買った際にラズリーとドラゴンにお願いして後天的に作ってもらった地下室だ。ラズリーの魔術と魔法で地下に空間を作って馬鹿力のドラゴンに力仕事をお願いした。我ながら人使いが荒いとは思うけれどこれはお互い様でもある。ラズリーやドラゴンだって僕に無茶ぶりを振ってくることがよくあるからね。


 持ちつ持たれつの関係なのだ。僕たちは。



「で? なんでこんな地下室なんて必要なの?」

「まあ、いろいろあるんだよ」

「いろいろ? ふぅん。……アブノーマルなプレイとか好きだったの? サブロー」

「なにを言っているか分からないけどありがとう。もう帰っていいよ」

「あたしなら付き合えるけど? どうする?」

「ありがとう。もう帰っていいよ」



 暗い階段を下りながら思い出すのはラズリーとの会話だ。まったく懐かしいものだ。


 ラズリーはその日以降もたびたび僕に「アブノーマルなプレイ」とやらの鎌を掛けてきた。マジで鬱陶しかった。あいつ僕をなんだと思っていやがるんだ……? とはいえ確かにラズリーの疑いも分かるな。普通ありえないもんな。わざわざ地下室を作るなんて。


 階段を下りきる。


 そこには鉄扉が待ち構えている。


 僕はその冷たくて硬い扉の雰囲気を前にして時間を気にする。まだ夕陽は沈みきっていなかった。とはいえ夜は夜だろう。もしもこれで「夜でないのに我を呼び出すとは何事だ!」とかって怒られたら逆にキレてやろう。鬱憤を晴らしてやろう。これでも僕は今日でたくさん溜まるものがあったのだ。そのすべてをぶつけてやろう。きっと許してくれるはずだから。


 そんなこんなで僕は鉄扉を開けた。


 照明は薄いレッド。


 そこにはなにも存在していない。


 ただ硝煙のにおいを漂わせる、灰色の壁と灰色の床だけがある。


 でも僕はその部屋の中心になにがあるかを知っている。――透明の魔法陣。なんのための魔法陣なのか? というのはこれからよく分かる。


 そして僕は左手の人差し指を噛んだ。指の腹を前歯で千切るように。痛い、という感覚はもうどこかに飛んでいる。あまりにも慣れている作業だから。そして当然に口に広がるのは鉄の味だった。血の苦味だった。


 その血を、僕は部屋の中央に垂らす。


 ――瞬間に透明は溶ける。


 赤く染まった魔法陣が顕現けんげんした。

 

 僕はその魔法陣に向かって囁くように言う。



「おいで、ララウェイちゃん」



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