10.作戦会議?


   10



 ランプちゃんの容姿っていうのを一言で表現するならば『未亡人の亡霊』という言葉があまりにも適切すぎるだろう。それはなにより容姿だけではなくランプちゃんの気配も同様である。ランプちゃんは気配が幽霊みたいに薄いのだ。希薄といっても差し支えない。たとえばソファで足と足が触れ合っちゃうくらい近くにいても気がつかないなんてことがざらにある。


 ていうか実際にあった。


 だから僕もストーキングされてしばらくは気がつかなかったのだ。この僕がである。これでもキサラギ師匠に褒められたこともあって目には自信があるのだ。そして目が良いということは気配の探知にも優れているということでもある。それでもランプちゃんにストーキングされて三ヶ月くらいは気がつかなかった。


 つまりランプちゃんは特殊な才能を持っているということだ。それも先天的な才能だ。羨ましいね。まったく。


 なんて思いながら僕はテーブル席に腰掛ける。対面には気の強そうなフーディくんと気の弱そうなププムルちゃんが座る。でもさすがのフーディくんも突然に机に置かれる飲み物や食べ物には驚いていた。うんうん。ランプちゃんをよく知っていないと突然に飲み物が現れた! みたいな感じでびっくりしちゃうんだよね。分かる分かる。


 反対にププムルちゃんは慣れてきているようだった。うん。臆病で警戒心が強い人間というのは得てして適応する能力も高いものなのだ。



「食べ物も飲み物もサービスです。サブローさん」

「うん。なんかずっとサービスだよね」

「はい!」



 なぜか嬉しそうに手を合わせて喜ぶランプちゃんの感情は僕には分からない。でも嬉しそうならなによりだ。うんうん。


 店の雰囲気は暗い。照明の輝度が低いのだ。それに店全体に醸し出されている雰囲気の影響もあるだろうか。立地が辺鄙すぎるしね。店の外は犯罪の昏いにおいがぷんぷんしているし。あとこのBARが建ったときに聞いた話だけれど前のお店は店主が謎の失踪を遂げて閉店したらしい。そしてそのお店を居抜くような形で営業しているのがいまのこのBARである。


 さて。


 食べ物も飲み物も用意されて会議の準備は整った。まだすこし怯えの残っている二人の勇者に関してもそのうちに慣れてくれるだろう。ということで僕はランプちゃんがグラスに注いでくれた酒を口に含む。フルーティー。アルコールはそこまで入っていない。僕はそれを胃に落としてから言う。



「まあ、まずは詳しい自己紹介からはじめようか。冒険者協会の中だとごたごたしてて話し合えなかったしね。……僕の名前はサブロー。年齢は二十三。これでもS級勇者をしている。【原初の家族ファースト・ファミリア】においては後方にいることが主だね。直接的な戦闘能力には乏しいんだ」

「そうなのか? サブローさん。……さっきも言ったが俺はフーディー。年齢は二十歳。B級勇者だ。ただA級の申請をしているところでもある。通るかどうかは分からないが……。【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】では前線に立っている。やっぱりリーダーってのは前に出てみんなを率いて操るもんだって俺は思ってるからな」

「うん。それは素晴らしい考え方だ」

「……あ。私はププムルかもです。歳は二十二歳で、その、B級勇者かもです。……えーと、その、【虹色の定理ラスト・パズル】では私も後方なんですけど、そもそもうちは魔術師で構成されているパーティーっていうか、なので、はい」

「なるほどなるほど。そもそも前線とか後衛とかの概念がないってことだよね? 全員が魔術師系統なら納得だね」

「あ! はい。その通りかもです!」



 首を縦に振るププムルちゃんに合わせてそのピンク色の髪の毛も揺れる。その隣では短いブルーの髪の毛を指先でいじりながらフーディくんが鼻を鳴らしていた。まるで魔術師というのを小馬鹿にするように。……いや。魔術師の勇者というのを小馬鹿にするように。


 最初から思っていたけれどフーディくんの態度っていうのはあまり良いものではない。そして僕も当初は誰に対してもそういう態度の感じなんだろうなと思っていた。けれど先ほどから現在まで至るまでの流れを振り返る限りフーディくんの態度の悪さっていうのはププムルちゃんに向けられているような気がする。


 それをたぶんププムルちゃんも気がついている。


 ……なぜ? というのは野暮な質問だし聞くまでもなく答えが分かっている疑問でもあるだろう。答えは単純だ。



 ――ライバル意識。



 それはたぶん長所と短所を兼ね備えている意識だ。ライバル意識っていうのは悪いものではない。あいつに勝ちたい。あいつを上回りたい。そういう競争の気持ちというのは得てして向上心を生むものだから。そして僕に決定的に足りていない気持ちでもあるから。


 同じB級勇者として、やはり競う気持ちというのは生まれるものなのだろう。


 だから僕はノータッチを決める。というかそもそも他者の人間関係というものには口出しすべきではないのだ。それに問題が発生したとしても僕の責任にはならないしね。もちろん調査に行く際に問題が起きるようならマミヤさんに報告して調査隊を一から再編してもらうし。


 なんていろいろと思考を回しながら僕は言う。



「さて。自己紹介も済んだことだし次は本題だね」

「……本題ってのは? そもそも作戦会議ってなんなんだ。俺がリーダーであんたは後方支援。それでいいんじゃないのか? 【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】も【虹色の定理ラスト・パズル】も、コントロールするのは俺だぜ」

「……あの。コントロールって言い方は、その、やめてほしいかもです」

「言葉なんざなんでも同じだろ?」

「違います。言葉の選択によって、魔術だって効果が変わってきますし……」

「はあ? 魔術の話なんてしてねえだろ。すり替えるなよ」

「っ、すり替えてなんかいません! 言葉の使い方を改めてほしいってお願いしているだけかもです!」

「だから言葉の使い方が作戦にどう影響するんだよ?」

「それはだから魔術と一緒で!」

「だから魔術の話にすり替えんなって俺は言ってんだ」



 うんうん。喧嘩は良いことだね。雨降って地固まるという言葉もあるくらいだしね。なんて思いながら僕はランプちゃんが作ってくれたであろうデザートをつまむ。甘くて美味しい。食べ終えたら仲裁に入ろう。


 でも仲裁に入るまでもなく僕がデザートを食べ終えた頃には二人とも無言になっている。もちろん仲直り! したわけではない。あまりにも性格と意見が違いすぎてお互いにお互いを諦めているのだ。まあそういう結末もあるよね。


 そして僕は言う。



「さて。ご覧の通りだ。僕のスタンスっていうのはこれでいく。空気だ。僕は君たちのパーティーには一切関与しない。そっちの方が冒険っていうのは上手くいくものだと相場は決まっているしね」

「……それでいい。サブローさんは黙って後ろに付いててくれ。俺がリーダーなら、なんでもいいんだ」

「……この人に従うのは癪ですけど、それが決定事項なら、私は従うかもです」

「まあ、もし本当にどうしようもなくてスライムの手すら借りたくなったら僕に声を掛けてくれ。さすがにスライムよりは僕の方が役に立つだろうしね?」

「……」

「……」

「じゃあ次はちょっとずつ詳細を詰めていこうか」



 それから僕はマミヤさんから話されたダンジョンXについての話をしていく。とはいえそれはフーディくんとププムルちゃんも知っていることである。いわゆる情報のすり合わせ作業だ。


 それが終わると次は準備の話になる。出発はいつにするか?



「明日の正午」



 というのが三人で出した結論だった。僕としても不都合がなくて良い。明日の正午であれば僕の準備も整うだろう。


 叶うならば【原初の家族ファースト・ファミリア】のメンバーが戻ってきてくれていたらいいんだけれど……。さすがに希望的観測が過ぎるか。すぐ戻るとみんな言っていたけれど数日は戻らないはずだ。彼らのすぐっていうのはそれくらいの時間なのだ。


 そして話が終わってすぐに僕たちは別れた。



「さて」



 出発までに僕にはやるべきことがたくさんある。それを一つずつこなしていくフェイズに入ろう。


 まずは契約している吸血鬼の少女に連絡を入れよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る