9.リーダーの本懐とは


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 このあたりで自分というものを詳細に掘り下げておこう。


 僕は怠け者である。面倒くさがりだ。僕は仕事だから勇者としての義務を果たしているふしだってある。特にここ一、二年はそうだ。


 仕事だから頑張る。役割だから頑張る。そういう感じ。


 でもべつに今回の件――ダンジョンX調査隊に組み込まれるのを嫌がっているのに僕の性格は関係ないのだ。マミヤさんは僕のわがままだと思ったかもしれない。あの場にいた【虹色の定理ラスト・パズル】や【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】の人達も僕が面倒ごとに巻き込まれるのを嫌っただけだと思ったかもしれない。


 でも違う。


 完成されたパーティーに異物が混入するのはやっぱりデメリットでしかないと僕は思っている。これは経験則から。……つまり【原初の家族ファースト・ファミリア】において同様の状況っていうのは何度も起きていた。実は。


 合同パーティー。それから【テリアン帝国】の第二騎士団長が【原初の家族ファースト・ファミリア】に混ざったこともある。でもあんまり思い出したくない記憶でもある。ということで僕は思い出さない。


 さて。


 後ろから付いていくだけ。ということで納得させられてしまった僕はとりあえずププムルちゃんとフーディくんを連れて外に出ていた。冒険者協会の外にだ。もちろん三人とも【王都ミラクル】では目立ちすぎてしまうので変装している。黒ローブ姿に……。


 逆に目立つんじゃないか? とも思われそうだけれどローブそのものが気配遮断の魔術を纏っているので一般人には悟られにくい。



「で、どこに向かってるんだ? これ」



 後ろから呟かれた声に反応して振り返る。言葉を投げてきたのはフーディくん。そのちょっと後ろにはププムルちゃんが控えている。その二人の表情から滲んでくる感情っていうのはやっぱり両極端であるように思える。


 フーディくんは怪訝。ププムルちゃんは追従。


 ……僕という異物が混入することに対して僕自身は否定的だ。けれど【虹色の定理ラスト・パズル】と【竜虎の流星ダブルスター・ダスト】の合同パーティーだけで調査に行くっていうのも難しい問題なのかもしれないな。あまりにもリーダーの性質が違いすぎるから。



「隠れ家的なお店だね。三人で内緒の話をするのにはうってつけなんだ」

「それはべつに協会の部屋でも良かったんじゃないのか?」

「協会だとマミヤさんの目があるからなあ。あの人って地獄耳でもあるしさ」

「……ああ。それはなんとなく分かる。にしてもマミヤさんには聞かせられない話ってことかよ?」

「聞かせられないわけじゃないよ。僕のスタンスの話をしようと思っているだけだから。でも聞かれると横やりを入れられそうで嫌なんだよ」

「なんの話をするつもりだよ?」

「それはお店についてからね。……ちなみにフーディくん」

「なんだ?」

「君が合同パーティーのリーダーにこだわる理由は?」



 僕はちょっとした興味本位で聞いている。なぜ興味が湧くのかといえば単純だ。僕とはまったく考え方が違うからである。


 結成から五年以上が経つ【原初の家族ファースト・ファミリア】が合同パーティーを組んだ回数は合計で八。その八回のうちで僕がリーダーを務めた回数は驚愕のゼロである。僕はすべての合同パーティー任務において他のリーダーにすべてを委ねてきたのだ。あ。お任せしますー。という感じで。


 僕はフーディくんを見る。


 フーディくんは小首を傾げていた。それは中等学園時代のラズリーの仕草にも似ていた。ラズリーはよく魔術の時間に首を傾げてクラスメイトを見渡していたのだ。その表情は物語っていた。「え? なんでこんな簡単な魔術も行使できないわけ?」と。


 まさにフーディくんの表情は同じである。そしてフーディくんは言った。



「一番リーダーとして優秀な奴が指揮を執る。それは当たり前だろ?」

「……なるほど、当たり前だね」

「もちろんサブローさん。俺はあんたを認めてる。俺が名を刻むはずだった勇者の最年少記録や、【勇者の試練】を突破した最速記録の保持者だから」

「まあ、記録なんてあてにならないけどね」

「しかもS級だ。あんたが凄いのは分かるぜ」

「僕は凄くないよ。仲間が凄いだけで」

「だがリーダーとして優れてるのは俺だ。俺が操った方が、みんな実力以上の力が出せる」



 ――操る。


 その瞳には絶対の自信があった。それは根拠のない自信ではなかった。ちゃんと実感を持っている者の自信だった。つまり経験によって培われた自信である。なるほど。フーディくんがいやにふてぶてしい理由も分かるというものだ。きっと優秀なのだろう。将来有望なのだろう。うん。まあマミヤさんが選んだ時点で分かりきっていることではあったけれど。


 しかしてその背後に見えたププムルちゃんの表情は一瞬だけ曇って見えた。一瞬。でもその一瞬を見逃さないのが僕の目の良さなのだからそれは気のせいではないだろう。


 けれど僕はなにも気がつかないふりをして会話を打ち切る。そのままあとは歩くだけだ。【王都ミラクル】の大通りを抜けて人混みを脱する。人気のない裏路地を抜ける。その先にあるのは暴力のにおいが漂う王国の暗渠とでも呼ぶべき場所である。


 そこに僕がよく通っているお店はある。


 ――僕のが経営しているお店。


 廃屋にしか見えない一軒家のドアの手前にやる気のない看板がある。BARの三文字だけ。本当にやる気がなさすぎる。そしてドアを無造作に開ければそこには客のいないお店が広がっている。まあ知る人ぞ知る名店と呼んでおくべきか。たまーーーーーに人が居ることもあるのだ。


 カウンターの向こう側には、長すぎる前髪によって目元まで隠れてしまっている一人の女性が立っている。雰囲気が暗ければ髪色も暗いグレーである。後ろでププムルちゃんが怯えたように小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。でも僕は味があって好きだ。


 かつてのストーカー――ランプちゃんは口元をつり上げて言う。



「いらっしゃい。サブローさん」

「こんにちは。ランプちゃん」

「今日はどうかしましたか?」

「ちょっとお店を借りたくてね。いいかな?」

「もちろんですよ!」



 手を合わせて了承してくれるランプちゃんに僕は素直に甘える。そしてお店の隅にあるテーブル席を指さして言う。フーディくんとププムルちゃんに。



「さて。じゃあ、作戦会議としゃれ込もうか」



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