2.僕は幸運な馬鹿である


   2



「――へぇ。サブ先輩、昔はイタかったんですか?」



 ダークちゃんは言いながらに空になったジョッキを樽に突っ込んだ。そして豪快にエールを掬って持ち上げる。……ぐびぐび。ぐびぐび。喉を鳴らしながら飲み干していく光景っていうのは不思議とダークちゃんには似合っていた。昔から破天荒な少女だったからね。



「うん。イタかったね。あまり昔の自分、つまり子供の自分っていうのを責めたくはないんだけど、間違いなくイタい子供だったし、自分を客観視できていない子供でもあった」

「まあ、自分を客観視している子供なんて天才くらいっすから、そこは気にしなくて良いと思いますけどね? 大抵の子供はみんなイタい、っていうか、根拠のない自信ってのを持ってるもんすよ。なんなら大人でもね」



 ダークちゃんの言葉は優しさにちている。しかして僕は失笑を返すことしかできない。無論それはダークちゃんの慰めに対する失笑ではない。自分の子供時代に対する失笑であり――天才はいたのだ。悔しいが。


 一番はじめの勘違いは幼馴染みのと出会ったところから始まるだろう。


 青みがかった髪の毛。さながらカラスの濡れ羽にも似た長い髪の毛がスピカという少女の特徴だった。そして彼女はその容姿の良さから性別問わずモテモテで人気者だった。なんなら大人達の間でも小等学園に入学する前から神童と噂されていた。


 そして幸か不幸か? 僕はスピカの向かいの家に住んでいる同い年――つまりは幼馴染みだったのだ。


 さらに僕の両親っていうのは底抜けにおちゃらけている人達だった。だからたとえ相手が貴族様であろうとも態度を変えないという長所兼短所を持っていた。そして例に漏れず家柄の良いスピカの両親とも交流を持っていたのだ。


 つまり僕とスピカが仲良くなるのは必然の流れだった。



「あー。スピカさん。知ってるすっよ私。いや。知らない人の方が王国じゃ珍しいかもしれないっすけどねー」

「だろうね。文句なしの天才――というか、鬼才だからね」

「子供のときから凄かったんすね。それは初耳っすよ。で、幼馴染みだったと」

「そう。幼馴染みだったんだよ。というか、幼馴染みの垣根を越えていたかもしれないね」



 物心つく前から僕とスピカは仲良しだった。仲良しすぎた。ずっと一緒だった。それはもはや家族と変わらない。そして僕には姉と妹がいるがスピカは一人っ子だった。


 となればスピカが僕を兄とか弟とか思うのは時間の問題である。まあどちらがお兄さんなのかお姉さんなのかは分からないけれど。とにかくスピカという少女は僕にとって家族と同じくらい親しい存在になった。


 そうして、想像してみてほしい。


 世界に百人といないであろう天才が、ずっと一緒という生活を。


 ……もしかするとそれは人によっては苦しい環境なのかもしれない。「なんであいつには出来て僕には出来ないんだ!」みたいに思ってこじらせてしまう世界線というのも存在しているのかもしれない。


 でも僕は馬鹿だった。


 イタい馬鹿だった。


 だからスピカに「大丈夫だよ。サブローくんにも出来るもん。サブローくんには才能があるんだよ! 私よりも凄いんだよサブローくんは!」となにかと励まされるたびにそれを世辞ではなく真実として僕は受け止めていた。僕にはとってもすごい才能があるんだ! 僕はスピカと同じくらい天才なんだ! なんて。どんどん僕は勘違いしていった。



「うーん。まあでも、子供ならそんなもんじゃないっすか? って私は思っちゃいますけどね。やっぱ。これでもダークちゃんは子供に優しいことに定評があるんすよ」

「まあ、確かにダークちゃんは子供に優しそうだね」

「む。急にしんみりと褒めるのやめてくださいよ」

「とはいえ、子供のラインには色々あると思うけどね。どの年齢がラインだと思う?」

「んー。やっぱ、どう見積もっても十四くらいじゃないすか? そこがちょうど、高等学園に入学する年齢だし」

「なるほどねぇ」



 勘違いに勘違いを重ねたあの日々。自分を特別な存在だと錯覚してしまったサブロウ少年は――やがて黄昏時の公園においてスピカと約束を交わすことになる。



『――ねースピカ。ぼくさ、大人になったら勇者になりたい! 絵本で見たんだ、勇者!』

『勇者? うん! サブローくんにぴったりだと思う!』

『スピカはどうする?』

『私は……じゃー、サブローくんの仲間になるね!』

『仲間?』

『うん! 最初の仲間! サブローくんと一緒に冒険するの! ……いいよね?』

『もちろん! よし。僕に付いてこい!』



 という具合に。



「へぇ。微笑ましいじゃないっすか」

「まあ、そうだね。まだ小等学園に入学する前の年齢だしね」

「全然、イタい勘違いとかって自虐しなくていいと思うっすけどねぇ」

「うんうん。分かる分かる。ダークちゃんは優しいからね」



 さて。


 それから僕はスピカと一緒に王都の小等学園に入学する。小等学園は五年制度である。六歳から十歳までは王国民の義務として教育を受けなければならない。


 そして問題というのは三学年にあがった時に発生する――ドラゴンとの出会いだ。


 ドラゴン。といっても伝説の魔物であるドラゴンではない。あまりにも邪知暴虐。売られた喧嘩は百倍にして返し、たとえ小学生の身であっても腹が立ったら大人にさえ拳を振るい、さらに不屈の闘志で絶対に膝を折らない。付けられたあだ名がドラゴン――。


 そうさ。


 僕はドラゴンという悪逆の男とも仲良くなった。そしてドラゴンもなぜか僕を認めてくれた。僕の勘違いを増長させてきた。


 さらにさらに中等学園では――当時から数多の魔術と魔法を会得して十一歳の身で【王国魔術団】の第一師団からスカウトを受けていたラズリーと出会う。……このラズリーもまた僕の勘違いを増長させる奴だった。


 さらにさらにさらに高等学園では飛び級で卒業したシラユキ――どんな体術・技術スキルであろうとも一度見たならば完璧にコピーしてしまう天才と出会って仲良くなる。そして例に漏れず。割愛。



「シラユキさんかぁ。飛び級で卒業して行ったから会ったことないんすよねぇ」

「残念。会えばダークちゃんもメスになると思うよ。王子様って異名を持ってるからね、彼女は」

「なんすかメスって……。にしてもサブ先輩、マジで天運に導かれてるんすね。普通、そんなぽんぽん、天才とは出会えないっすよ? 仲良くもなれないっす」

「言っただろ? 運が良いんだよ、僕は。そしてちゃんと勘違いもする」

「神に愛されてるってことっすね」

「愛されてるのかなぁ。嫌われてるような気もするけど」



 そして当時自分に才能があると勘違いしまくっていた僕は決定的な間違いを犯していた。それはつまり勧誘――僕はスピカだけではなくドラゴンやラズリーやシラユキにも「僕が勇者になるからみんなでパーティーを組もう!」と声を掛けていたのだ。


 それが現実になったのが十八歳のときになる。


 ちなみに高等学園を十七歳で卒業して一年間だけ社会に働きに出ていた僕は労働の魔力によってすべての勘違いが解かれていた。あ。僕は特別じゃないんだ! と。平凡な人間なんだ! と。だから普通に働いて普通に稼いで普通に幸せに暮らそう! と。


 だから一年間の修行を終えて全員B級冒険者になっていた彼らと再会したときにはメチャクチャに驚いたものだった。そして同時に困惑したものだった。


 けれどとうとう僕は言い出せなかった。あれは幼いときのイタい勘違いで……。なんて。


 結果。


 いまに繋がるというわけである。



「なるほどっすねぇ。先輩の、イタい勘違いか」

「そうさ。罵ってくれてもいいよ? ダークちゃん。いや。むしろ罵ってほしい。そっちの方が気持ちは楽になるから」

「まぁ、罵る気にならないっすけど。……でも先輩、気がついてないだけな気がしますけどねぇ」

「? なにに?」

「自分の良さに」



 首を傾げる僕に顔を合わせるようにダークちゃんも小さく首を傾げた。そしてまるで小悪魔のように口角を上げながら言った。



「ただ運が良くて、勘違いしているだけの人に、天才っていう気難しい生き物は付いてこないと思いますよ。逆に、まだ先輩は、どこか勘違いしているのかもしれないっすね?」




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