S級勇者は退職したい!

橋本秋葉

第一部 魔神復活編

第一章 僕は勇者を退職したい

1.僕のイタい勘違い


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「【ハートリック大聖堂】より宣告いたします。――既に女神の力は失われつつある。やがて、魔神が復活することになるでしょう。そうなればこの世界、【惑星ナンバー】は滅びに向かうことになる。ゆえに、いまこそ求められているのです。――――真に勇ましき、勇者の台頭が」



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 さて。


 さて。というのが口癖である僕という人間は王国においてかなり恵まれている立場にある。たぶん【ライネルラ王国】の中を探しても僕くらい恵まれている人間っていうのは珍しいのではないだろうか。


 ただし勘違いしないでほしい。これは別に自慢でもなんでもない。むしろ自虐に近いだろう。というのはこれからの僕の説明で分かってもらえるはずだ。


 たとえば【王都ミラクル】を歩いているときに僕はよく声を掛けられる。知り合いとかではない。行きずりの人にだ。


「あ、あれ、勇者じゃないか? S級勇者のサブローじゃないか!?」


 という感じに。


 うんうん。S級勇者だとも。同時に【原初の家族ファースト・ファミリア】のリーダーだとも。


 ところで声を掛けてくれる人達の中にはマナチューブとかマナッチなんかで活動している動画投稿者・生放送配信者の人達もいる。それで「短めの動画とか撮ってもいいですか?」「放送に載せてもいいですか?」なんて申し訳なさそうに頼まれたりもする。


 もちろん僕の回答は「いいとも!」というものだ。うん。またこちらも誤解してほしくない。別に鼻高々に調子に乗っているというわけではない。先ほどと同じだ。これもまた勇者としての仕事の一端だと僕は思っているのだ。


 そこからカメラを向けられての会話が始まる。


 さて。


 どこから噂が回っているのか分からないが彼らは僕たち【原初の家族ファースト・ファミリア】の動向を把握しているらしい。たとえば【ズミナー共和国】ではどんな依頼をこなしていたんですか? とか。【テリアン帝国】では帝国騎士団と調練を共にしたって本当ですか? とか。質問が矢のように飛んでくる。


 そして僕が困っちゃう質問というのは大体終盤に発せられる。



「【原初の家族ファースト・ファミリア】はサブローさんが声を掛けて集まったメンバーって聞きました! 立ち上げることの出来た秘訣ってなんですか?」



 ……僕はすこし間を置く。もしも手元にマグカップがあったならば中のコーヒーを飲んでもいいだろう。とにかく一拍を置くのだ。それから僕は回答する。常に同じ答えを。


「運が良かっただけですよ」


 ああ。もちろん嘘だ。嘘でしかない。けれど無難な回答はこれしかないのだ。そしてこういう答えが最も喜ばれることを僕は知ってもいるのだ。


 運が良かっただけ。……もちろん嘘だ。嘘に決まっている。運が良かっただけで【原初の家族ファースト・ファミリア】というパーティーを組むことが出来るなら誰も苦労なんてしないだろう。


 運ではない。


 真実は別にある。



「――で? サブ先輩。真実ってのはなんすか? わざわざ可愛い後輩ちゃんを酒場に呼び出してまでそんな愚痴を聞かせるんですから、ちゃんと真実っていうのを話してくれるんすよね?」



 と。


 酒場のカウンターに身を乗り出すようにしながら僕の顔を覗き込んでくるのは――通称ダークちゃん。


 色の濃い黒髪のショートカット。そこにまばらに入れられたプラチナのメッシュがよく似合っている。服装はいまの季節が夏ということもあって薄着だ。ハーフパンツからは健康的に焼けた肌が剥き出しになっていた。


 総評して僕の可愛い後輩である。……まあ後輩であったのは一年だけだが。


 【サラミナ高等学園】で僕が最上級生であったときに彼女が入学してきたのだ。


 現在地点に立ち返れば僕は二十三歳。ダークちゃんも二十一歳という歳である。



「……もちろん。僕はこれでも年下に優しいことには定評があるからね。この酒場の代金は僕が払うし、そしてなにより久しぶりの再会を祝う気持ちがあるから、結論を焦らすなんて真似はしないよ」

「なら良かったっすよ。あ! 樽でエール追加で! あとてきとうにつまみも、肉系がいいっすね! 持ってきてください! 高くても構わないんで! ……にしても本当、久しぶりの再会っすよね?」

「一年ぶりくらいかな?」

「そうっすよねぇ。先輩が高等学園卒業して、一年くらいは結構遊んでたっすもんね? 一緒に。……十八からっすか。先輩の付き合いが悪くなっていったのは」

「まあ。でも。ほら、あれだ! しょうがないところがある。なにせ【原初の家族ファースト・ファミリア】が立ち上がったからね。僕が十八のときに」

「そうっすね。にしても、先輩がリーダーで、勇者って。……マジいきなりびっくりしたっすからね。いきなり、勇者になることになったんだ、とか遠い目をしながら言ってきて。それで本当に勇者になっちゃうし」



 どこかねたように唇を尖らせるダークちゃんの表情はやっぱり可愛い。なるほどモテるのも頷ける。でも同時に寂しい思いをさせてしまったんだなとも思う。


 いまから五年前。十八歳のとき。


 僕はひとりの幼馴染みと、そして学生時代に交友を深めた三人の親友と、【原初の家族ファースト・ファミリア】という冒険者パーティーを立ち上げた。


 そしてなんの因果か――僕は【勇者】になった。



「【ライネルラ王国】の出身だと、先輩が最年少だったんすよね? 勇者になるの。マジ、私はびびり散らかしましたよ。べつに私、先輩のことそんなに凄い人だって思ってなかったんで」

「いや、僕は凄くないんだけどね。まったくもって」

「【勇者の試練】を合格したくせにっすか?」

「合格したくせにだ」

「風の噂で聞きましたよ。あの【ネルトン洞窟】を三日で踏破したんすよね? 先輩。それも最速記録だって聞きましたけど? 十八歳で勇者になるのも最年少記録なら、三日で【勇者の試練】に合格したのも最速記録。それで謙遜って、もはや嫌味だと思いますけど」



 うーん。確かに第三者視点からしてみると嫌味かもしれないな。


 僕はちらりと酒場の中に視線を這わせる。夏のゴールデンタイムということもあって酒場は喧噪にあふれかえっていた。大声で哄笑こうしょうを響かせる集団もいれば取っ組み合いになって大男を壁にぶん投げているオーク族の傭兵もいる。胸元を大胆にひけらかして男を誘惑しているサキュバスもいる。まさにパーティー解散の危機に陥っているであろう不穏な冒険者パーティーも。



「まあでも、先輩のお仲間も凄いんでしょうけどね。私は会ったことがないんで分からないっすけど。確か、勇者になるためには前提条件がありますもんね?」

「あるね。まず、四人以上の冒険者パーティーのリーダーであること」

「あ、思い出した。それであとは――パーティーに所属している冒険者の全員が、B級以上であること。っすよね?」

「そうだ」

「うわあ。でも、確かに、そう考えてみるとマジ、先輩のパーティーって化け物揃いっすよねえ。勇者パーティーだから当たり前なんすけど」



 ①四人以上の冒険者パーティーであること。

 ②リーダー以外の冒険者がすべてB級以上であること。

 ③【勇者の試練】を、全員生きて突破すること。


 これが勇者になるために必要な三つの条件だった。そして僕は十八歳のときにすべてを満たして勇者となった。


 勇者は普通の冒険者とは違う。冒険者はいってしまえばフリーランスな立場にある。つまりはなんの義務も発生しない。しかし勇者には義務が発生するのだ。そして出身国の冒険者協会に所属することが決定付けられている。


 つまり僕は勇者という名の、職業に就いている立場にある。


 ……僕は自分が頼んだエールの入ったジョッキを持ち上げる。口元で傾けて一気に飲み込んでいく。胃が灼熱にやけていく感覚があるが気にはしない。


 僕はジョッキを空にしてからダークちゃんに言った。



「運が良かったわけじゃない。すべては僕の、イタい勘違いから始まったんだよ」



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