第14話 天上界9日目 その1 もうお兄ちゃんはおしまいなのかな

「さ、兄妹仲よく寝ているところ恐縮だけど、そろそろ起きてね」

 

 お、今朝は定番のセリフじゃないんだ。

 ただ、今朝もなんとなく、モニア様の目が冷ややかだ。

 それに、兄妹仲よくって……昨日はとてもそんな雰囲気ではなく、ふたりは責め疲れ、責められ疲れて眠ってしまって……あれ、圭はどこだ。


 なんか胸のところに温かみを感じるので視線を落としたら、圭が俺の懐に潜り込んでスースーと寝息をたてている。

 懐かしいな。圭が小さいときは、こういうことはよくあった。

 朝俺を起こしに来て、揺さぶっても俺が起きないときは、俺の布団に潜り込んできた。

 そのまま圭も寝てしまって、お袋が呆れ顔でふたりを起こしに来たっけ。

 本当に久しぶりだけど、このぬくもり、確かに圭だ。


「モニア様、昨日の仰せのとおり兄妹の絆を確かめているところですから、もう少しこのまま寝かせてください」

 圭を起こさないように俺は小声で言ったつもりだったが、それでも圭は少し目覚めたようだ。

「ううん、お兄ちゃん、おはよう」

 圭はそう言ったが、起きるどころか俺にしがみついた。

「ああ、このぬくもり、確かにお兄ちゃんだ」


 俺の胸に熱いものが広がった。

 こんな日がまた来るとは思っていなかった。

 圭の兄離れがあんまりにも酷いので、これはもうお兄ちゃんはおしまいなのかなと寂しく思っていたところだ。

 俺が死んじゃったからまたこの日が来たというのは、複雑な思いではあるが。


「兄妹の絆をお深めのところ誠に恐縮だけど、バカ兄はともかく、圭ちゃん、これは黒歴史になるわよ」

 黒歴史というパワーワードに、圭は飛び起きた。

 圭は中一だから、中二病にはまだ早いけど。


「あ、その、モニア様、これは違くて、バカ兄が寂しくてひとりでは寝られないって言うから、あたしは仕方なく」

「はいはい、そういうことにしておくわ。それはそうと、私も神務を始めないといけないから、早く起きて」

 もう少し圭のぬくもりを感じていたかったが、仕方なく俺も起きた。

 

 昨日私は、家に帰ったあとさんざん考えたわ。

 持ち帰り残業はしない主義だけど、もしかしたら自分の将来を大いに揺るがせかねないからね。

 エニュー課長は圭ちゃんのことを、天上界の「誰か」と繋がっているって言っていたけれど、それがどうにも引っかかっていたの。

 天上界の神ならば神と言うはずだし、もし圭ちゃんと繋がっている神がいて圭ちゃんを天上界に呼んだとしたら、なんでそんなことやったのかと、事情聴取を受けるはずだわ。


 そんな噂は聞いていないし、そもそもその神が圭ちゃんを呼ぶ理由がわからない。

 天上界にいて、圭ちゃんを呼ぶ理由がありそうなのは、そう、こいつだけ。

 こいつにそんな力がどうしてあるのかはわからないけど、もしそうだとしたら、圭ちゃんをどうするか、いい解決方法があるかもしれない。

 それでも半信半疑だったけど、ふたりで幸せそうに寝ている姿を見て、これはいけるかもしれないと私は思った。


「えっと、圭ちゃん、そしてバカ兄、じゃなくて太郎さん、ちょっと考えたのだけど」

 圭の前だから太郎さんと呼ぶのかもしれないけど、ちょっとこそばゆいな。

 モニア様にもバカ兄って呼んでもらおうかな。

 それはともかく、昨日と同じように、モニア様が用意してくれた椅子に俺と圭が座った。

 ただ、圭の椅子だけ座り心地のよさそうなオフィスチェアにランクアップしている。

 なんで?


「圭ちゃんはいわばお呼ばれしたお客様ですからね。で、圭ちゃんを呼んだのは、太郎さんじゃないかと思ったの」

「俺がですか?どうして俺が圭を呼ぶ……いや、どうして俺に圭を呼ぶ力があるんですか?」

 圭が俺を睨んできたので慌てて言い直した。

「どうしてかはわからないけど、今のあなたたちの姿を見て確信したわ」

 なんで兄妹の絆を確かめていただけでそう思うんだろう。 


「だってあなたたちベタベタじゃない。太郎さん、圭ちゃんとの別れが寂しくて、また会いたいと思ったんじゃないの?」

「いや、どうして俺が……」

 と言いかけたら圭が俺の首に手をかけてきたので、また慌てて言い直した。

「だとしても、俺はただの人間ですよ。もし俺が圭を呼びたいとか思ったとしても……」

 今度は圭が俺の足をぐりぐりと踏んできたのでまたまた言い直した。


「いくら俺が圭に会いたくて会いたくてたまらなくても、そんな大それたことができるんですかね?」

「それはそうなんだけど。圭ちゃん、他に心当たりはないわよね」

「モニア様、全然ありません。お兄ちゃんがあたしに会いたくて会いたくてたまらなくて呼んだとしか考えられません」

 あれ、バカ兄からお兄ちゃんになっている。

 何度も言い直したのがお気に召したのかな。


「としたら、他にそんなことをしそうな神もいないから、そうなるわね」

「でも、本当にそうなんでしょうか。それに、俺に圭を呼ぶ力があったとして、それがどうなるんですか?」

「とにかく、まずは実験ね」

「「実験?」」

 俺と圭の声が揃った。


「まずは太郎さんの力の確認よ。圭ちゃんにはいったん人間界に戻ってもらうの。そうして、太郎さんには圭ちゃんを呼んでもらうの。それで圭ちゃんがこっちに来れば証明できるでしょ」

「あの、モニア様、もし実験が失敗したら、あたしはもうお兄ちゃんに会えなくなっちゃいますよね。あ、やっぱりモニア様はあたしが邪魔ななんじゃないですか」

 圭がおずおずとモニ様に尋ねた。


「あのね、圭ちゃん、あなたはお兄ちゃんの力が信じられないのかしら。お兄ちゃんの力を信じられるなら、失敗するなんて思わないわよね」

 失敗したら失敗で、さっさとこいつを転生させてしまえばいいだけなんだけど。

「わかりました。お兄ちゃん、信じているからね」

 圭、チョロいな。


「で、どうやるんですか、モニア様」

「こうするのよ」

 そう言って、モニア様は圭の頭に手をかざした。

 その手から光がほとばしり圭を包み込んだと思ったら、圭の姿が消えていた。

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