第13話 天上界8日目 その2 私のおっぱいがどうしたって

 モニア様が席を外したとたん、圭が厳しい目で俺を睨んできた。

「さて、バカ兄、あたしが毎日泣いている間、あの女といちゃいちゃしていた訳を聞きましょうか」

「あのな、圭、モニア様は職務として転生者の相手をしているんだ。俺だって、いい転生をしたいから、お互いしっかりコミュニケーションを取っているだけだぞ」

「いい転生って何? 生き返ってくればいいだけじゃない」


「それはできないらしいんだ。ならば、せめて俺は人の役に立てる転生がしたいんだよ。お前だって、俺が人々を救って大活躍する物語を読みたいだろ?」

「人の役に立てるって? そう言ってこれまでも毎日毎日遅くまで仕事して、それで過労死しちゃって、本当にバカ兄よ。バカ、バカ兄!」

 また圭が泣きそうになってきたので、俺は慌てて話題を変えた。


「ほ、ほら、モニア様だって、俺のことを仕事相手としか見ていないのは、これまでの俺への態度でわかっただろ。いちゃいちゃっていうのは誤解だってわかってくれたか」

「態度はそうかもしれないけど、じゃあ、あの女の格好は何なのよ。女神様って、あんな丈の短いローブを着ているものなの。椅子に座っているときに奥が見えそうでヒヤヒヤしたわ。あれはバカ兄を誘惑してるんじゃないの?」

「いや、それはない、絶対に。あれが普通の女神様の服装じゃないのかな」

 あのローブについてはモニア様はある意味被害者なので、そこは否定しておこう。


「丈だけじゃないわ。ローブって普通もっとゆったりしているものでしょ。あんなにぴったりしてたんじゃ、あのおっぱいの大きさが丸わかりだわ」

 圭は自分の胸を見下ろした。これからだ、圭。ファイト! 

「そうじゃなければ、バカ兄が何か弱みを握って、あの格好をさせているんじゃないの」

「ははは、俺にそんなことができるものか。それに、大きさって言っても、神様は人間の前ではいろんな姿を取れるそうだから、あのおっぱいの大きさが本当の大きさかどうかはわからないぞ」


「私のおっぱいがどうしたって?」

 いつの間にか、モニア様が般若のような表情で立っていた。

「圭ちゃんには悪いけど、やっぱり最高神の審判を仰いで、あなたの魂を消滅させたほうがよいかしら」

「あ、いえ、モニア様、モニア様の素晴らしいスタイルについて、兄妹で語り合っていたところでございます。そうだよな、圭」

「バカ兄はあんた……モニア様……のおっぱいは偽乳だと言っていました」


 バ、バカ。俺は本当に死んでしまうぞ。

「い、いえ、実際はもっと素晴らしいのスタイルなのに、私たち人間の理解のレベルに合わせてくださっていると、そういう意味でございます」

 ペコペコと頭を下げる俺のことを、圭は冷たい目で見た。

 泣いたり蔑んだり、忙しい奴だな。


「それならいいわ。それもあながち間違いじゃないし」

 モニア様の表情が少し和らいだ。

「それで、モニア様、エニュー様は圭のことをなんて言ってましたか」

「それがね、緊急会議中のところを呼び出してもらったんだけど、なんか歯切れが悪かったわ。圭ちゃんが天上界の誰かと何らかの形で繋がっているのは確からしいけど、それ以上はわからないって言われたの」


「はあ。うちの圭にそんな繋がりがねえ。それで、圭のことはどうしろって」

「あなたと一緒に転生させてもいいし、元の世界に戻ってもよいって」

「圭は死んではいないのに、転生させることってできるんですか?」

「圭ちゃん限りの特例ですって。どうなってるの、あなたたち兄妹は」


 さて、これはどうしたものか。

 どうしてか知らないが、圭が天上界にやって来て、一緒に転生もさせてくれるという。

 妹連れの転生なんてあまり聞かないが、正直言ってひとりで知らない世界に行くよりは、その方が心強いかもしれない。

 今の圭の様子では俺がこき使われる気がしてならないが、久しぶりに兄妹の親睦を深めるのもいいかもしれない。


 それに、俺が死んでずいぶん悲しい思いをさせてしまったみたいだし。

 悲しい思い? そうすると、圭までいなくなったら、親父とお袋はどう思うだろう。

「あの、モニア様、圭もこっちに来ちゃったら、向こうではどうなるんですか。まさか、圭も死んじゃうことになるんですか」

「いくら神でも、無理矢理命を奪うことはできないわ。でも、人格はふたつ同時には存在できないから、そうね、向こうではずっと眠ったままになるんじゃないかしら」

 いや、これはダメだ。


「圭、お前はやっぱり元の……」

 そう言いかけた俺を圭が遮った。

「モニア様! 私もバカ兄と一緒に転生させてください。お願いします!」

 圭が深々と頭を下げた。いつの間にかモニア様への態度が変わっている。

「いや、圭、そんなことをしたら、親父とお袋がどれだけ心配するか」

「バカ兄、そんなこと言ってあたしを追い返して、やっぱりモニア様といちゃいちゃするんでしょ!」


「あのね、圭ちゃん。それは本当に誤解よ。なんで私がこんな男といちゃいちゃするの」

「お兄ちゃんは『こんな男』なんかじゃありません! あたしの大好きなお兄ちゃんです!」

 えっ。圭、今何て。


「あ、え、じゃなくて、あ、そうそう、わかったわ。バカ兄は、転生先にモニア様も一緒に連れていく気なんじゃないの。だからあたしが邪魔なんだわ」

 なんか聞いたことのある話だけど、モニア様は駄女神には見えないから、もしかしたらそれもありかもしれない。


「冗談じゃないわ。神が人間と一緒に転生するなんて聞いたことないわ」

 そうよ、そんなことはあり得ないわ。れこそ、あの人間界に降りて行った男神みたいに、無理矢理神力を使えば別かもしれないけど。

 でも、待って。まさかとは思うけど、うちの上層部は、もしかしたらお前もこいつと一緒に行けって言わないわよね。 


 エニュー課長のこれまでの態度から言って、向こうでこいつがしっかり成果をあげるよう監視しろって、無理難題を私に押し付けないとは限らないわ。

 としたら、こいつと妹さんを一緒に転生させるのはありかもしれないわ。

 でも、この兄妹の両親を更に悲しませたり、心配させたりするのは、神としては気が引けるわね。

 何かいい手はないかしら。


 そうだ。エニュー課長は、圭ちゃんが天上界の誰かと何らかの形で繋がっているって言っていたわ。なんかひっかかるけど、そこがポイントかもしれない。

 とにかく、ここは考えどころね。

 この場面をうまく乗り切れば、エニュー課長の私への評価が上がるかもしれないわ。


「私が一緒に転生するなんてあり得ないけど、私のために、じゃなくて圭ちゃんのために、いい方法がないかちょっと考えてみるわ。だから、今日はこれでおしまい!」

「あの、今日はおしまいって、俺と圭はどうすればいいんですか」

「何日か振りの再会でしょ。積もる話があるでしょうから、この機会に兄妹の絆を確かめるといいわ」

「モニア様、よろしくお願いします。じゃあ、バカ兄、ゆっくりお話しましょ」

  

 このあと圭には延々と、俺が死んじゃったことを責められたり、モニア様との仲について蒸し返されて責められたりした。

 兄妹の絆を確かめるどころか、これはひびが入ったんじゃなかろうか。

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