第10話 天上界6日目 社会は日本史Aしか取っていないんだから

「さあ、目覚めるのです。新しい世界への扉が待っています」


 目が覚めたらモニア様がいる世界に俺も慣れてきたな。

 モニア様にとっては毎朝毎朝悪夢かもしれないけれど。

「ねえ、モニア様、そのセリフ、毎回必要ですか? もう六日目ですから、『さっさと起きろ、このブタ野郎』でいいですよ」

「神がそんな下品な言葉遣いをできるわけないじゃない!」


「じゃあ、お目覚めのキスでいいですよ。さあ、キスミー!」

「もう起きているじゃない!」

 あれえ、おかしいなあ。もうモニア様に面倒をかけないって思ったはずなのに。

「わかりました。それは明日朝にお願いします」

「あなたねえ、明日もここにいるつもりなの? 今日さっさと転生して、明日は転生先でゴブリンにでもキスで起こしてもらいなさいな」


 モニア様が言葉に静かな怒りを込め始めたので、俺は本題に移ることにした。

 服装もせっかく昨日と同じ、膝上十五センチのミニローブ姿で来てくれているし。

「それでモニア様、転生先についてですが。」


 こいつの気持ちの切り替えの早さはなんなのだろう。大人物なのか、それとも鈍いだけなのか。

 いずれにせよ、今日中にうまく転生させて、エニュー課長に成果を報告しよう。

 さ、私も気持ちを切り替えて、とっととこいつの転生先を決めてしまおう。


「転生先の希望は考えてくれた?」

「はい。中世ヨーロッパみたいな世界でお願いしようと思います」

「中世ヨーロッパ? どうして日本からの転生者はそう言う人が多いのかしら」

「そりゃそうでしょう。ラノベやアニメの異世界転生モノの舞台は大抵そうですからね。定番ですよ」

「またラノベやアニメ? 創作物と現実の区別はきちんと付けてよ。自分の人生なんだからもっと真剣に考えないといけないわ」


「他の奴のことは知りませんが、俺は真剣に考えたからそうなったんです」

「真剣にって、私が苦労しない方法も真剣に考えてほしいわ」

「いえ、だからこそ今度はモニア様に楽をさせてあげようと思ったんです」

 本当かしら。

「で、中世ヨーロッパってどういうところ?」

「えっ? 日本からの転生者でそう言う人は多かったんでしょ。それにモニア様、前に『ひとりひとりにちゃんと合った転生をさせてあげる』って言ってましたよね」

「言ったわよ。それが何か?」

「中世ヨーロッパがわからなくて、どうやって転生させたんですか」


「あのね、それは百パーセント希望通りってことじゃないの。いろいろ希望は聞くけど、最後はその人の適性も考えて転生させるのよ。だから中世ヨーロッパっていうのは、何となくのイメージをその人の心から読み取れば十分なの」

「じゃあ俺の場合もそうすればいいじゃないですか」

「それじゃダメだから私が苦労しているんじゃないの」

 本当になんでこいつを丁寧に転生させないといけないのかしら。

 でも、我慢、我慢よ、モニア。


「なんでダメなんですか?」

「それはこっちの話。それはさておき、まずはヨーロッパだけど、それってどこ?」

「どこって言われても、モニア様、そこから始めるんですか?」

「仕方ないでしょ、社会は日本史Aしか取っていないんだから」


 え、モニア様、今日本史Aって言った?

「あの、神様の世界も大学受験があるんですか? それも、なんで日本史A?」

「なんで私が大学を受けないといけないのよ。この神務の研修で取ったのよ。昨日言ったように、私は日本からの転生者の担当なんだから、日本のこと知らないと話ができないでしょ。そのためには近現代史中心の日本史Aがちょうどいいのよ」

「研修を受けなくても、神様って全知全能で何でも知っているんじゃないんですか」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

 あれっ?どこかで聞いたようなセリフだな。


「日本では『何でも知ってる』って言われたら、そう答えないといけないんじゃないの? 研修でそう教わったわ」

 誰だ、その研修講師は。

 それはともかく、ヨーロッパの場所からモニア様に教えなければいけないのか。

 それって結構難しいな。

 そういえば、圭は地理が好きだったな。圭が小学校低学年だった数年前には、よく地理の問題の出しっこをしたっけ。


 小学校低学年相手に、大学生の俺はよく負かされた。懐かしいな。

 圭がいれば、ヨーロッパについて説明してもらえたかもしれない。

 ちょっとこっちに顔を出してもらえないかな。

 そうは言っても、もちろん人間界にいる妹には頼れないのだから、俺がきちっとモニア様に教えてあげないといけないな。

 あれ? ところで、異世界ってやっぱり地球上にあるんだよね。


「モニア様、そもそもそれぞれの世界は、地球上にあるのでしょうか」

「人間が住むことができる条件、いわゆるハビタブルゾーンって限られているから、どこも地球と同じような星の上にあるって考えていいわ。昼と夜があって、海と大陸や島があって、一日や一年もだいたい同じね。空気の成分や重力も同じ」

「えっと、そうしたらですね、ヨーロッパというのは、地球でいう北半球にあるユーラシア大陸って大陸の、西の端っこにありまして……」

「ユーラシア大陸って何?」

 そこからか。


「地球の北半球には、ふたつの大陸があって、大きい方がユーラシア大陸です」

「あなた、何か勘違いしてない? 私は地球と同じような星って言ったのよ。同じような星でも、大陸の位置や形はそれぞれ違うわ」

 ええーっ!

 それじゃヨーロッパを地理的に定義することは無理だ。

 じゃあ、何をもってヨーロッパって定義すればいいのだろうか。

 気候? 文化? 国家? 王朝?


「あの、モニア様、少し考えさせてもらえませんか。ヨーロッパの定義を考えてみます」

「それって、どのくらいかかりそう?」

「どれくらいかかるか想像もつきません」

「それじゃ待ってはいられないわ。イヤだけどまた明日にするから、それまでにしっかり考えておいてね」

 確かにモニア様をここで待たせる訳にはいかないな。

 俺もじっくり考えよう。


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