第11話 天上界7日目 なんだ、超超BBAなんですね
「さあ、目覚めるのです。新しい世界への扉が待っています」
毎朝起きたらモニア様がいる幸せ、これは手放してはいけないのかもしれない。
このままずっとここにいたい、そう考える今日この頃です。
それでも、これは言わなくてはならない。
「モニア様、昨日も言いましたけど、そのセリフ、そろそろ飽きてきたんですけど」
「仕方ないでしょ、マニュアルにそう書いてあるのよ。それに、ほとんどの人は一日で転生するので、一回そう言えばおしまいなのよ」
これだからマニュアル世代は。
いや、モニア様はいったい何歳なんだろう。
「そういえば、モニア様って何歳なんですか?」
「『五百歳よ』『なんだ、超BBAなんですね』『何ですって!』という展開を期待してもだめよ。そもそも年齢の概念が人間とは異なるから、何歳だからどうこうっていうことはないわ」
「なんだ、つまらない。で、本当のところは何歳なんですか?」
「六百十七歳よ」
「なんだ、超超BBAなんですね。」
「何ですって!」
ノリのよいモニア様、嫌いじゃないです。
「それはともかく、ヨーロッパの定義は考えた」
「ええまあ」
「頼りないけど、あなたの考えた定義を聞くわ」
「まず気候ですが、気候の変動はあってもいいですけど。年間を通じて、気温は二十度から三十度の間くらいでお願いします」
「それって華氏?」
モニア様、そんなこと知っていて、なんでヨーロッパがわからないかな。
「華氏だと二十度は摂氏ではマイナス七度くらいなので、勘弁してください」
「摂氏なら摂氏と言ってくれないとわからないわ。で、それがヨーロッパの気候なの?」
「いえ、ヨーロッパと言っても気候は様々ですが、冬はもっと寒いです」
「それじゃヨーロッパじゃないじゃない」
「俺は寒がりなので、それくらいでお願いします」
「わかったわ。地球にだってそういう気候のところはありますからね。じゃあ、転生先はそこでいいわね」
「いえ、それだけじゃヨーロッパにはなりませんね。最低でももうひとつ条件を満たしてもらいたいです」
「まだあるの? あんまり条件を厳しくすると、転生先がなくなっちゃうわよ」
「でも、これを満たさないと、読む人や見る人が混乱します」
「何よ読む人や見る人って……ああ、ラノベやアニメね。いいわもう何でも。で、どんな条件なの?」
「建物の建築様式や、街並みの景色です」
「また面倒そうな条件を持ち出したわね。いいわよ、言ってみなさい」
あれ、これも口で言うとなると難しいな。異世界ものによくある風景というと……
あ、こころがぴょんぴょんしているアニメの風景を思い出してみよう。
もっとも、あそこはヨーロッパではなく、杉並区の荻窪だという説もあるけれど。
転生先の世界の建築様式に注文を付けてくる転生者は初めてだけど、もう乗りかかった船と諦めるしかなさそうだわ。
「まずは建物ですが、木造で、漆喰で壁が作られていて……」
あ、それならわかるかもしれない。
「あなたの国の木造モルタル建築のようなものね」
「いや、それじゃ日本になっちゃいますよ」
「いいじゃない、なじみやすいでしょ」
日本のことならある程度、私も勉強しているからね。
「やっぱり異世界感は外せないんですよ。えっと、日本の建築との違いというと、あ、木の柱や梁が外に露出していて、その間の壁が漆喰とか、レンガで作られていて、あ、そうそう、木組みの街って言ってましたね」
「屋根はどうなっているの?」
「三角屋根で、暖炉の煙突が出ていて」
暖炉?
「気温二十度から三十度くらいで、暖炉って必要ないでしょ」
「暖炉的な何かの煙突……そうそう、みんな家で燻製作りをやっているんですよ。余談ですが、チーズの燻製っておいしいですよね!」
本当に余談ね。
「煙突はもしあれば、くらいでいいわね」
「仕方ないですね」
なんであなたが妥協している風なのよ。
「それでおしまい?」
「あと、道路が石畳であることは必須ですね」
「なんで石畳? アスファルト舗装じゃだめなの?」
石畳って、敷いたりメンテナンスしたりするのに手がかかりそう。
「いや、異世界の街をロードローラーが走っていたら興ざめじゃないですか」
「ロードローラー?」
「重たいローラーでアスファルトを押し固める建設機械ですよ」
「野球部員がよく引っ張っているやつ?」
「なんでそんなこと知ってるんですか。ローラーは似ていますけどね。それに、あれは引っ張るのではなく、押すのが正しい使用法らしいですよ」
え、あれって押すの?
「さっきあなたが言っていた建物には、石畳が似合いそうですけれどね。それで街並みはおしまいね」
「あと、雰囲気から言って、街路樹も必要ですね」
まだ注文があるのね。こいつは本当にもう。
「街路樹ってイチョウでいいじゃない」
「ヨーロッパのイチョウは、日本から持ち込まれたもののようですよ。それより、モニア様、異世界でも植物って地球と一緒ですか?」
「気温とか降水量とかが一緒なら、だいたい同じようなものになるわね」
「そしたら、街路樹は、えっと、マロニエとか、あと、何か歌にあったような……そうそう、プラタナスでお願いします」
プラタナス? なすの一種?
「プラタナスって言われてもわからないわ。どんな木なの?」
「えっと、枯れ葉舞うっていう歌詞だったから、落葉樹ですね」
「何度も言うけど、気温二十度から三十度くらいで、木って落葉するの?」
「そういう木が生えているところも、探せばあるんじゃないですかね」
誰が探すと思っているのよ。
「どうしてそんなに街路樹にもこだわるのよ」
「街路樹って街の雰囲気作りには大切なんですよ。柳が植わっていれば銀座っていう風に、街路樹から街がわかることもあるんです」
いろいろ言っているけど、こいつ、まだまだ甘いわね。
「今の銀座は柳だけではなく、いろんな街路樹が植わっているそうよ。あなた、銀座ってよく行っているの?」
「モニア様、何を言っているのですか。デートと言えば銀ブラですよ。俺を誰だと思っているんですか?」
「女神を困らせて喜ぶ転生者でしょ? あんまり私を困らせるなら、こっちにも考えがあるわ」
「ごめんなさい。デートの経験なんてほとんどありません」
正直でよろしい。
逆にこいつをあんまり困らせてもいけないわね。
「じゃあ、そういう気温で、建物が木組みで、道路が石畳で、街路樹が落葉樹でということでいいわね。それがヨーロッパになるかはわからないけど、転生先は決定ね」
「場所としてはそれでいいです」
この条件に合う世界を探すくらい、神力があればわけないの。
ああ、やっとこれでこいつの転生先が決まるわ。
やれやれ、一週間もかかったじゃない。
ほかの転生者は、だいたいい一時間くらい話をすれば、適性のありそうな転生先を見つけられるというのに。
でも、こいつの相手もこれでおしまい。
エニュー課長には、ここまで頑張ったことを評価してもらわないといけないわ。
「じゃあ、これからその条件にあうところを探すわ。見つかったらすぐにあなたを転生させるから、そこでちょっと待っていて」
「モニア様、俺は場所としてはって言いましたよね」
「言ったけど、場所は決まったじゃない」
「俺は『中世』ヨーロッパって言ったはずですよ。転生先の時代とか文化とか、まだまだ決めないといけないことはたくさんありますよ」
目の前が真っ暗になった。
もう私ひとりの手に負えないわ。エニュー課長にはもう泣きつけないけど、誰かこいつを問い詰めてくれないかしら。
「じゃあもう、今日はおしまい!」
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