『旅』5/6

 道中、小村や自設テントで質素ながらも必要最低限の寝食をとりつつ、北東へと進み続けた一行は、あと半日ほど馬を走らせればストロームというところまで来ていた。

 ストローム入りは明日とし、宿を借りようと夕暮れに訪れた山村は、街道から外れた静かな場所にあった。家屋はどれもこれも手入れが滞っており、時折すれ違う住民は皆、年を重ねた姿ばかり。村長もまた例外ではなく、年輪を重ねた慈悲深い眼差しで一行を迎え、空き家になって久しいという屋敷を貸してくれた。


 馬の世話を済ませたヘップが屋内に戻ると、セラドは即席の寝床に胡座をかいて酒を飲んでいた。

「サヨカさんたち、大丈夫ですかね」

 サヨカ、ルカ、ホーゼの3人は、村の依頼を受けて、墓地に出没するというファント亡霊ムの退治に出かけている。腕まくりして赴こうとしたセラドは4人に強く止められ、こうしてしぶしぶ身体を休めている。ヘップも炊事と馬の世話を引き受けて居残っているが、目的の半分はセラドの見張り番である。

「サヨカがいりゃ楽勝だろ。心配いらねーよ」

「だといいですけど……。こういうのって、普通は国が聖職者を派遣するんじゃないんですか?」

 属領の手に負えない脅威が発生した場合、救援要請に応じる形で首都から適切な人員が派遣される……というのが人間の王国の基本的な対応策だと聞いている。

「見返りがなきゃ誰も来ねーよ。腐ったお偉いさんにぶら下がってる聖職者も腐ってるからな」

 セラドはグビ、と喉を鳴らして酒を流し込み、不愉快そうに言い捨てた。

「そういうものなんですかね」

 ヘップは残りの食材を並べて、少しだけ贅沢な食事の支度にかかる。明日にはストロームで買い物ができるし、まだ全快とは言えないセラドと、休む間もなく亡霊退治に向かった3人に、精のつくものを作りたかった。

「この村の件だってよ、書状を受け取った首都のクソ大臣やクソ教会がひとこと命じりゃ済む話なんだ。だが現実は素寒貧の村から届いた紙っぺらなんて読みもしません、そんな些細な事には構っていられません。だが、もしここが金や物資をたっぷり納めてる村ならどうだ? 馬車馬に鞭打ちまくってすぐに駆けつけるぜアイツらは。結局頭にあるのはテメーの蓄財。王族の機嫌取り。派閥争い。姑息な足の引っ張り合い。肥溜めみてぇな社交界。もはや裏とも呼べねぇ裏取引。そうやって私腹を肥やしてブクブク、ブクブク。アイツらきっとクソも金色だぜ」

「……セラドさん、飲み過ぎてませんか」

「酔ってねーよ、ィック」

 ヘップは「ほどほどに」と釘を刺し、窯の具合を見ながら会話を続ける。

「盗む側にいたオイラが言うのもなんですが、人間の統治って独特ですよね。いや、全部を知っているワケじゃないですけど……なんていうか、もっとちゃんとやれば領土全体が豊かになるし、兵も強くなるような……」

「無駄無駄。詠い継がれてこの何百年、ずーっと同じことを繰り返しているんだ。いまさら変わりゃしねーよ……そういやヘップ。盗賊団って、どのあたりでやってたんだ?」

「メンデレー領が大半ですね。酷い貴族や商人がゴロゴロいたので」

「ああ、国全体が強欲なクソメンデレーね……。その頃からお前はそういう性格なのか?」

「そういう?」

「心配性で、遠慮がち。そして自己評価がめちゃくちゃ低い」

 セラドの射貫くような視線を背中に感じ、ヘップは支度の手を止める。

「どうですかね……」

「ホラ、あの理髪師の、えーとなんてったっけ。お前のライバル的な」

「プヌー」

「そうそう、プヌーくんとモメたろ? あの時のお前はよ、もうちょっとこう、口調が違ってよ、鋭さがあったよな。も出ていた」

「そうでしたっけ」

 ヘップは素っ気なく答え、野菜に刃を入れる。

「そう。……訓練所でヒデぇ目に遭ったって話しだけどよ、お前とふたりで潜ったオレはわかってるつもりだぜ? 抜群の観察力と洞察。冷静で的確な判断。時々見せるカンの鋭さも信じられねぇレベルだ。お前らシーフが言うってヤツだな。それにいざってときの度胸もある。ナイフの腕も相当なもんだ。あの酒場で四六時中ハンターたちの話を聞いていただけあって知識も豊富」

「珍しいですね。人をそんなに褒めるなんて」

「おう、それだけお前はできる奴ってことさ。……だからもっと自信を持て。オレみてーにな」

「セラドさんは自信過剰ですよ。それにちょっと捨て鉢なところが心配です。酒も、飲み過ぎは体に毒です」

「おっ、言うじゃねーか」

「あ……すみません、偉そうに説教垂れて。出すぎました」

 思わず振り向くと、セラドが言い聞かせるような眼差しで縛り付ける。

「いいさ。ヘップ、謝るな。お前はもっと自分を出せ。いいか? グループにはよ、全体を把握して臨機応変に場をコントロールする役が欠かせねぇ。サヨカはヒーラーとしての対応力はピカイチだが天然。ホーゼは頼れるジジイだが指揮を執るタイプじゃねぇ。ルカがやれりゃ文句無しだが、まだじゃじゃ馬で一本鎗だ」

「セラドさんがいるじゃないですか」

「あ? オレがいるからなんだ? お前は出来ることをやらなくていいってか?」

「そういうわけじゃ……」

 ヘップに考える時間を与えるかのように、セラドはゆっくりと酒を呷った。

「ゲップ。……ま、オレはよ、観察力には自信がある。だから賭け事で負ける気はしねー。剣の腕も一流。美声。そしてお前よりハンサム。……だがそれだけだ。鉱山で死にかけて懲りたしな。むかし仲間を失った時もオレが……。いま考えればどちらも最善手を尽くせたとは言えねぇ」

「それ結果論ですよ。オイラは鉱山の一件、判断ミスがあったとは思ってない。そんな後悔まみれの泣き言はセラドさんから聞きたくない」

「おっ、いいね。叱ってくれたほうが頼もしいってもんだ」

「ふざけないでください」

 ヘップが語気を強めると、セラドの表情が迫るような顔つきに変わった。

「オレは真面目に言っている。ヒジョーに珍しくな。……全員生きてお役目を終えるための適材適所と考えろ。6人目がキレ者ならソイツに任せてもいいが、いまはお前がやるんだ。はじめは戸惑ったっていい」

「……」

「返事」

「……オッス」

「よし。ああ、戦闘中はデスマス口調禁止な。さんづけも駄目だ。一瞬が生死を分けるってときの指示はもっと端的にいこうぜ」

「……オッス」

「よし! じゃあメシの準備、再開。オレも手伝ってやろうか?」

「い、いや、飲んでてください」

「遠慮すんなって。ちゃっちゃと作って先に食べちまおうぜ」

「いやセラドさんの料理はちょっと……あ、帰ってきたみたいです」

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