『モリブ山のドワーフ』5/5

 バグランに故郷を託したバテマルは、モリブのグレート・フォージに向き合い、己の成すべきことをはじめた。

 最初のうちは、ジアームから渡された鉄や銅、銀で、指示された武具を作った。ジアームは特別なにかを助言するでもなく、ただ「やってみろ」と言って補助役に徹した。大陸屈指の鍛冶師に教えを請うつもりだったバテマルはいささか拍子抜けしたが、黙々と、ひたすらにハンマーを振るった。力を込めて叩いては折り返し、また叩いては折り返す。金属の中の不純物が叩き出され、火花となって飛び散る。熱しては叩き、小槌でのばし、やすりで削り、打ち出す。ジアームは仕上がった品を眺めては「ふむ」とだけ言って、また次を作らせる。

 寸暇を惜しんで鍛冶に没頭したいバテマルだったが、ジアームは起床、朝食、昼食、午後の休憩、入浴、夕食、就寝の時間を定め、厳守させた。もともと口数が少なく、ドゥナイ・デンにいた時もニューワールドでひとり静かに食事をとっていたバテマルは、モリブでも同じように酒場に向かい、隅の席に座る。しかし夕食のときだけは必ずといっていいほどジアームが顔を見せ、強引にバテマルの正面に座り、周囲の客を大勢巻き込んで飲み騒ぎへと発展させた。毎晩の騒ぎを心底迷惑がっていたバテマルだったが、他種族――ドワーフ、人間、エルフ、ホビットらと会話し、親睦を深めてゆくにつれ、どこか夜を楽しみにしている自分がいることに驚いた。


 言われたものをひたすら作る日々を送っていると、ある日、ジアームがひとつの質問を口にした。

「鍛冶において大切な要素はなんだ」

 バテマルは思いつく答えを次々と述べた。鍛冶師本人の肉体的な力と手さばき。砂鉄や鉱石の見極めと配合。よい炉と、よい金床。槌をはじめとした道具の性能。武具を使う相手と、使う場面を想定した創意工夫。息の合った相棒。マジック・アイテム以上の物を作るのであれば、溶かして合成する素材の選別や鍛冶師の魔力なども重要になってくる。

 繰り返し頷いていたジアームは「すべて間違っておらん」と言い、「あんたの腕は相当なものだ。心得も申し分ない。義手や義足を作るそうだが、ぜひ今度見せてもらいたいものだ」とも付け加えた。そして、助言をひとつだけ口にした。

「いいか。武具を作る上で最も大切な要素は ”炎” だ。相手が鉄だろうとミスリルだろうと、炎はあんたにすべてを教えてくれる。金属の状態。道具を使うタイミング。なにもかもだ。そして炎は師匠であると同時に、あんたそのものでもある。炎の中に現れる己の意志、精神、技を見ろ」

 ――抽象的な表現で、この時はまだ腹落ちしなかった。しかし愚直にグレート・フォージの炎と向き合い、心技体を練り鍛えることで、その真意を少しずつ掴んでゆき…… 今までにない手応えを実感するようになっていった。バテマルが金床を使うたび、刻まれている古代文字の光は魔力を増して、金色から七色に変化した。

 やがてバテマルは一寸の迷いもなくバァバのミスリルを手に取り、僅か10日間のうちに1つの武器と5つの防具、2つの装飾具を完成させた。


◇◇◇


 バテマルが仕事を成した次の日の夜。

 顔見知りになった酒場の客たちが、祝いの席を設けてくれた。遠慮するバテマルを強引に出席させたジアームが乾杯の音頭を取ると、猛烈な勢いでモリブの酒が消費されていった。鍛冶師のドワーフたちも顔を出し、バテマルの作品とその努力を絶賛した。医師の目を盗んで同席したダイカは、一杯目を飲み干すまえに医師に見つかって連れ戻されていった。

 宴が最高潮に達したところで、見回り当番のドワーフが息を切らしながら駆け込んできた。

「ジアーム殿!」

「なんだ? 騒々しい。いや騒々しいのはこっちか! ガッハ!」

「バーバリアン、バーバリアンが……大勢のバーバリアンが斧の門に向かってきます!」

 普段は無表情なバテマルの頬が、無意識に緩んだ。ジアームも背中をばしばしと叩き、満面の笑みを浮かべる。

「おうおう! ラウラは無事守られたということだな。酒樽を持参して遠路はるばる礼にでも来たか? 宴会がさらに盛り上がるのはいいが、この店に入りきるかどうか」

 出迎えようと言いはじめたジアームとともに、バテマルは浮き立つ気持ちを抑えながら早足で斧の門に向かった。燭台に照らされた長方形の通路を抜けて、冷え込みの厳しい外へと踏み出すと、麓の森を抜けて近づいてくる無数の松明が見えた。白い息を吐きながら一団の到着を待つ。

「30人はいるぞ? 族長やあんたの父親もいるんかの。挨拶せんとな」

 ジアームが松明の数を数えて言うが、揃いの装束に身を包んだバーバリアンの集団を見たバテマルは、魂が抜けたような感覚に襲われていた。茫然と開いた口を塞ぐ気にもならず、目の筋肉にも力が入らない。

「どうした? 嬉しさのあまり放心しとるんか」

 ジアームが言った。バテマルは答えられない。言葉を発しようとしても、唇がわなわなと震えてしまう。そして――膝から崩れ落ちた。

 バテマルは知っている。一団の揃い装束は、纏うものだ。しかしその族長はいま、一団の先頭を歩いている。族長の後ろでは、ダイカを除く4傑が小さな棺を担いでいる。松明に照らされた同胞らの伏目は、深い悲しみと無念に満ちている。

「うそだ……」

 バテマルは大きな身体を丸め、雪に額を突いて呻いた。

 バグランは死んだのだ。


◇◇◇


 バテマルの様子を見てすべてを察したジアームは、微動だにせず、毅然とした表情で事実を受け止めた。

 雪を踏みしめる音とともに到着した一団が直立不動の姿勢を取り、老齢の偉丈夫がジアームの前へ歩み出る。

「ラウラの族長、ダイオンと申します」

「モリブの王、ジアーム」

「モリブの大戦士、バグラン殿の亡骸を届けに参りました」

「感謝する」

 4人の戦士が前に出て、棺をゆっくりと下ろした。ジアームは一歩、一歩、力強い足の運びで棺に近づき、ためらわずに蓋を開いた。

 モリブ最強のドワーフは、空の彼方へ飛んでいったときと同じ姿のまま……愛用の戦斧せんぷを抱いて、永遠の眠りについていた。ダイオンが朗々と語る。

「バグラン殿の戦いぶりは凄まじく、鼓舞された我々の戦況は一変。蛮族王の子を名乗る狂戦士を一騎打ちの末に見事討ち取ったバグラン殿はさらに、海荒れ狂うなか一艘の小舟で夜襲をかけ、蛮族王の首から下を旗艦もろとも海の底に沈めました。……しかしながら、最後は、勝機に気を緩め残党の罠に嵌った者たちを救うために、その命を」

「……そうか。役に立てて何よりだ」

 話を聞いている間、ジアームは瞬きせずにじっと遺体を見つめ続けていた。ダイオンが跪き、首を垂れた。彼の背後にいる戦士が剣を抜く。戦士の額と頬に、バテマルと同じ入れ墨がある。

「このダイオンの命で償えるものとは思ってはおりませぬが――」

「あ? あーよせよせ!」

 ジアームが手を振り、その行為を止めた。

「そういうのはナシだ。あいつが救った命を粗末にして何になる」

「しかし」

「しかしもへったくれもあるか。ここはモリブの流儀でやらせてもらおう」

「……なんなりと」

「よし。では全員ワシについてこい」

 バーバリアンたちはきょとんとして、互いに顔を見合わせる。

「中に入れと言っておる。厳しい長旅で食事も満足にとっとらんだろう? ちょうど、新たなマスター・ブラックスミスの誕生を祝う酒の席が盛り上がってきたところでな。バグランのぶんまで飲んでやってくれ」

 ジアームはバーバリアンの一団に言い、バテマルのもとに歩み寄る。

「さあ、行くぞ」

 肩に手を置くと、彼女は顔を伏せたまま、いまにも消えてしまいそうな声で何度も「すまない」と言い続ける。

「なあバテマル。いいか? ……バグランは、モリブ山のドワーフはな、あんたたちをこれっぽっちも恨まん。あいつは自らの意志で戦に赴き、見事その大役を果たした」

「しかし彼には、まだ大きな役目が……」

「トンボも、ドゥナイ・デンの奴らも、バグランの性格をよぉく知っとる。誰も文句は言わんし、きっとなんとかする。……だからシャンとしろ。主役がいつまでもショボくれ顔でどうする? ……さ、行くぞ! 立て! ホレ、手伝ってくれ」

 ジアームは棺からバグランを抱え上げ、己の背に担ぎ、バテマルには【巨人の】戦斧を握らせた。

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