『モリブ山のドワーフ』4/5

 バテマルとバグラン、どちらがラウラに行くか。

 バーバリアンとドワーフの言い合いは、しばらく続いていた。


 バテマルには使命があった。

 バーバリアン族の集落群を統べる族長の下には、最精鋭戦士の席が5つ存在する。完全実力主義によって選ばれし5傑は、多くの兵を束ね、育て、自らも最前線に立つことで、民と大地を護ってきた。

 稀代の戦士と称されるバテマルの武力はすでに5傑を凌いでおり、彼女がその席のひとつに座ることは確実視されていた。いまは訳あって、ひとりドゥナイ・デンに身を置き鍛冶の腕を磨いているが、故郷の危機となれば一刻も早く駆けつけ、皆と肩を並べて敵を打ち砕かねばならない。その役目をドワーフに委ねて自分は鍛冶仕事に勤しむなどという行為は、家の歴史に泥を塗ることと同義であった。


 一方で、バグランにも譲れない理由があった。

 今回の鍛冶仕事、バァバはジアームに頼むこともできたはずだが、彼女はバテマルにこだわった。バァバはバテマルの腕を見込み、バグランはバァバの眼を信頼していた。鍛冶の良し悪しは素材や環境による影響を大きく受けるが、何よりも結果を左右するのはである。

 ドゥナイ・デンに冒険者が殺到した当時、鍛冶屋は5軒あった。いずれも名工を名乗る職人で、実際の腕も見事なものだったが、ダンジョンに挑む者たちならではの突飛な注文に匙を投げるまでに、それほど時間はかからなかった。そんななか、現在もできる限りの創意工夫をもって要求に応え続けている唯一の職人が、バテマルである。彼女が武具を造り、それらが厄災に挑む戦士たちの支えとなり、大陸に安寧が訪れるに違いない、と、バグランは強く信じていた。


 ジアームも、かつてヤコラの要請により兵を率い、ドゥナイ・デンの激戦を生き延びた者として、バグランの考えに賛成していた。いまは、種族の垣根を越えて最善の手を打つべき時である。ラウラを救い、将来の大陸を救うために。


 ――最終的に、バテマルが折れた。彼女はモリブ最強の戦士バグランに故郷の命運を託し、引き受けた鍛冶仕事を全うすることに同意した。バグランの武力はバテマルを優に超え、ラウラへのは彼らドワーフにしか使えない。猶予は無く、5傑のひとりダイカですら止められぬ敵が迫っている。


◇◇◇


「最短で火艇かていを出す! 総員準備にかかれ!」

 話がついてすぐ、ジアームは伝声管を通じて号令を下した。それから白髪の王と赤毛の戦士は、バテマルが描き加えた地図の上に何度も紐を張りながら会話を交わし、部屋を出た。バテマルは後ろに続く。先ほど使った階段で5階にあがり、洞窟の壁に沿ってぐるりと通路を歩いてゆくと、大きな格子状の鉄扉が見えた。扉の左右に、ひとりずつドワーフが立っている。3人に気づいた彼らは、扉を開けながら状況を報告した。

「発射隊は準備できています」

たねの充填も間もなく」

「おう、早いな。助かる」

 ジアームが小さく頷き、部屋の中へと足を踏み入れた。続けてバグランとバテマルが部屋に入る。ドワーフなら20人ほどが入れそうな部屋だが、調度品の類はひとつも置かれておらず、床と壁が鉄板でできている。背後で鉄扉が閉められた。

「少し揺れるぞ」

 ジアームが壁のレバーを引き上げる。ガコン、という音と同時に足元が揺れ……部屋そのものが上昇をはじめた。


◇◇◇


 リフトを降りたバテマルは、事前に話を聞いていたとはいえ、そのを見て絶句した。

 やたら広い円形空間の中央に、これまた円形の台座があり、その台座の上に、全長3メートルほどの円筒が水平に据え置かれていた。一目見て金属製の筒とわかるが、継ぎ目はほとんど見当たらない。片端が三角錐状に尖っており、反対側の端には小ぶりな三角形の翼が3枚溶接されている。

 矢に似ているな、と思った。矢で言えばシャフトにあたる胴体部分が短く太く、矢羽根の位置にある翼も小さいが、この物体が空気を切り裂いて飛ぶものだということは想像できる。

 筒の胴体部分に開けられた穴を覗き込むと、ドワーフがひとり座れそうなシートと……レバーが1本備えつけられていた。

「種の充填、完了しました」

 筒の後方――底にあたる部分で作業していたドワーフが報告した。

「目標! イシィ・マー! 北を開け!」

 ジアームの野太い声に応じて、鉄の壁の一部がゴリゴリと床に飲み込まれていき、天井も半分を残して開いていく。太陽光が差し込み、室内が一気に明るくなった。ドワーフたちが、肌を刺すような強風に髭を揺らされながら、筒を台座ごと北側に移動させた。視界に入る景色からして、この部屋はかなり高い位置にあるようだ。

「方位、右に15!」

 円形の台座に刻まれた放射状の溝を目印に、筒の向きが調整される。

「バグラン殿。これを」

 まだ若いドワーフが、巨大なコップを持って近づいてきた。匂いからして相当強い酒だとわかる。

「おう」

 バグランがコップを受け取り、酒を一気に飲み干した。彼の背中にドワーフたちが集まり、背嚢のようなものを背負わせる。

「あれは?」

 バテマルはジアームに尋ねた。

「腰ベルトの仕掛けを引っ張りゃ、こう……バッ、と翼が一瞬で開く。空中で火艇を乗り捨てたあとは、翼で滑空しながら進むってわけだ。最後は大きな傘を開いて、空気の力でフワッと着地場所を調整する」

「危うい仕掛けだな、もし不具合でもあれば……」

「死ぬ。まあ、ワシらの腕を信じろ」

 会話しているあいだに、白銀のプレートアーマー姿のバグランが補助階段をのし、のし、と上り終え、筒の中に入った。バテマルは慌てて近づき、補助階段に足をかけ、シートに座っているバグランに、バテマル家の首飾りを手渡した。

「着いたらすぐにこれを見せろ」

「かけてくれんか」

 バテマルは、バグランの太く短い首に首飾りをかけて、鎧の下に収めた。

「あちらではいろいろ言われるだろうが、どうか許してくれ。まず私の父と話すといい。同じ刺青をしている」

 バテマルは顔を横に向けて、額と頬に刻んだ入れ墨を示した。

「なぁに、夜には酒を酌み交わしとるから安心せい。さて! あとはこれを、と」

 バグランは言いながらアイアンヘ鉄兜ルムを被り、革の顎紐をとめる。なんの飾りもない半球型のヘルムで、傷だらけだった。

「もっといいヘルムはないのか」

「大暴れするときゃ視界の確保が一番重要、ってな。飛び道具を防げりゃそれでいい」

 そう言ってバグランは傷だらけのヘルムをコンコンと叩く。

「皆を……ラウラを頼む」

「おう。お前さんも最高の武具を頼む」

 筒を見上げていたジアームが「土産はバーバリアンの酒だぞ!」と叫ぶ。バグランは片手を高く上げてそれに応える。

「仰角、40!」

 ジアームの指示に従い、いちばん大柄なドワーフが台座のハンドルをひとりで回す。

「総員、位置につけ!」

 準備を終えたドワーフたちが、筒から大きく離れた位置に駆け足で集合した。

「バテマル、あんたもこっちだ」

 ジアームはそう言って、自らも集合場所に歩いていく。

「武運を」

 右手を差し出すと、バグランが力強く握り返した。

「おう、ちょっと行ってくるわ」

 まるで散歩に行くかのような調子のバグランに背を向けて、バテマルも皆と同じ位置まで下がった。

「大盾兵! 3歩前へ!」

 横一列になって前進した重装ドワーフが、身の丈ほどもある盾を突き立てて、隙間なく壁を作る。

「メイジ兵! 2歩前へ!」

 10名のドワーフメイジが、大盾兵の真後ろに整列した。

「詠唱、はじめ!」

 長い言葉が幾重にも重なって室内に反響し、吹き荒れる風の音を掻き消す。筒をじっと見つめていたバテマルは、ジアームに引っ張られて大盾の陰に身を隠した。

「――点火ッ!」

 スペル魔法が寸分の狂いもなく同時に行使され、筒の底一点に発現した。刹那、目の眩むような橙色の光と轟音と熱が部屋を満たす。スペルの爆発力と、彼らが種と呼ぶ何かの燃焼を糧に、バグランを乗せた筒は一筋の白い線を描きながら空の彼方へと消えていった。

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