『欠員と新鋭』2/3

 手入れを終えた装備を宿屋のスピード乾燥サービスに預けた一行は、アンナの元を訪れた。ブラッドエルフの眠りがいくら短いと言っても、限界はある。少しやつれたように見える彼女はそれでも「気にするな」の一点張りだった。セラドは小康状態を保っているが、まだ病室に移すことはできないと説明を受け、何の力にもなれない5人が中央通りに追い出されたところで、武具屋の方からバァバが歩いてきた。


「ま、立ち話もなんだからね。ひなたぼっこでもしながら」

 そう言ってバァバは診療所の斜向かい、厩舎の柵に腰かけた。一同は、バァバを囲む形で立ったまま話を聞くことにする。

「ドーラはザンネンだ」

 バァバはパイプ煙草をプカプカとふかしてから、ポツリと言った。ジーラは姿勢を正し、目の前に腰かけているバァバを見下ろした。祖母から子守歌のように聞かされた ”戦士たち” のひとり。死霊術師という存在そのものに強い抵抗を感じてきたジーラだが、こうして実物を見てみれば、ただの生きた老婆としか思えない。皺だらけの手。薄汚れた灰色のローブ。白髪交じりの髪から覗く、白黒の右眼。

「セレンの里に帰ることで、症状も改善するかもしれません」

 まだ希望はある。ジーラは自分に言い聞かせるように言った。

「ソウネ。……並外れて強かった。ヴァルキリーの極致に達した最高の聖女戦士……いい女だったよ……」

「祖母はまだ生きています」

 ジーラは語気を強めて言った。

「そうだね、まだ……。ったく、時の流れってモンを感じちまうね。ハァ……」

「ですからまだ祖母は――」

「お前さんのように立派な戦士を育ててくれたドーラに感謝しなきゃいけないね。それとお前さんの母親にも。問題児ばかりのグループだがよろしく頼むよ」

 バァバはジーラの目を見据えて、締め括った。

「え、いえ、あの、そんな。私たちのせいで……それに本来なら祖母と母が――」

「今日、タリューに向かってもらうよ」

 唐突に話題が変わった。ジーラは口を開けたまま目を丸くした。

「「今日?」」「「タリュー?」」

 全員が口をそろえて疑問を投げる。

「ソ。決戦は近い。お前さんたちの担当はだ。いまのうちからブラッドエルフと信頼関係を築いて、塔の戦いにも慣れてもわらないとね……ヒヒ」

 のどかな太陽に照らされていた静かな場が、一変して緊張した空気に包まれた。相手は 。現実味を帯びるの二文字。

「でもまだセラドさんが」

 ヘップの言葉に、ほかの4人も同意を示す。とたんにバァバはウンザリしたような顔になり、鼻から煙を吐いて……小さく舌打ちした。

「ヘップ。アンタ、もっと賢い男だったろう? 分かり切ったことをイチイチ……。置いて行くんだよ。アイツの快復なんて待っちゃいられないのさ」

「おいババア……鼻ヘシ折るぞ!? そもそもセラドがああなったのはテメェのお使いのせいじゃねーか。ロクな情報も無しでヨォ」

 ルカが声を荒げ、バァバに詰め寄った。

「あー悲しい! 悲しいねぇ」

 バァバはオイオイと泣くようなそぶりをしながら、じっとりと5人を見まわした。

「か弱い老婆のお使いも満足にできない? これから地上最悪の塔に挑もうって戦士たちがチョットした情報不足に不満を垂れる? オーガの戦士が言い訳がましくガミガミと……バァバ悲しい」

「ンの……!」「ルカさん」

 ヘップが割って入り、小さな体でなんとかルカを止めた。バァバはケロリとした顔でさらに続ける。

「チンタラタラタラしてる時間は無いのさ。お使いの旅も予想以上に長引いちまった。コッチもコッチでいろいろ忙しい。だからお前さんたちにはサッサとアッチで頑張ってもらうのさ。ワカッタ?」

 バァバは一同を睨み上げながら、煙草の煙を勢いよく吐き出した。

「でも……6人、必要なんですよね?」

 サヨカが不安そうに言うと、バァバが薄気味悪く笑った。

「ヒヒ……それは大丈夫」

「大丈夫? なにがです?」

「ひとつ大事な話をしよう。……コホン。ン” ン”、カーッ、ペッ! ……いいかい。先人が大量の命を犠牲にして導き出した最適解が6人。1グループ6人の編成だ。もちろん2グループ3グループあってもいいが、ひとりでもボンクラが混ざっていたらダメ。最高の人材と、最適な役割分担に拘らなきゃいけない。なぜならエー、アー、その理由はエー、……省くけど、例えば6人で塔に挑んで、途中で5人になっちまったら? お前さんたちの誰かひとりが中層階あたりでポックリ死んだら……どうする?」

「進むしかねーだろ。5人でヨ」

 ルカが即答した。

「でもひとり欠けちゃったわけですし、戻ったほうが……」

 人差し指を唇にあてながら、サヨカが言った。

「大陸の存亡を賭けた戦いだろ? 戻ってどうにかなるわけでもねーしヨ」

「ホッホ……6人は最適解であって、正解ではない……5人で最善を尽くす、でしょうか」

「セラドさんを置いて行くってことは、つまりそういうことなんですよね?」

 ヘップが結論付けるように発言した。

 新参者のジーラは、なにも言えなかった。セラドが戦線離脱したのは、フェルパーの主張に彼らを巻き込んでしまったせいだ。だが、まだ状況を理解しきれていないからこそ思うこともある。セラド以外の誰かを加える手はないのか――と。

「クク……」

 会話を黙って聞いていたバァバが口を開いた。

「違う、違う。ケースバイケース。黴臭い言い伝えや誰かが決めた定石に縛られず、状況を自分の頭で分析する。誰かに与えられた情報だけで考えず、自分の手で情報を集める。そして自分の頭でベターな作戦を考えなおす……。これは負け戦になっても死んで来いって話じゃない。冷静に勘定しろって話。……ついてきな」

 バァバはパイプを叩いて灰を捨てると、ありえない速さで歩き出した。

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