『欠員と新鋭』3/3
バァバに連れられてドゥナイ・デンを発ったヘップたちは、西の山間部に向かって暑苦しい荒野を歩いた。かつて水や緑が存在した形跡など微塵も感じられぬ乾いた平野をひたすらに進み、やがて姿を見せた小さな洞窟へと足を踏み入れる。
「こんな所に洞窟が……」
「ったく、なんなんだヨ」
半ば駆け足でここまで来たヘップたちは、足を止めて息を整えた。奥から吹きつける風が心地よく、日光に焼かれた体を冷ましてゆく。
「ヒヒ……クク……」
自らが案内役であることを忘れてしまったかのように、バァバはひとりで洞窟の闇の中へと消えていった。サヨカとホーゼの魔法灯を頼りに、慌てて後を追う。ゴツゴツとした足場に注意を払いながらしばらく進むと、前方に見えていた歩いていたバァバがピタリと足を止めた。追いつくと、そこは小さな空間になっていた。天井に開いた大きな穴から、自然の光が差し込んでいる。そして――
「え?」「嘘だろ」「なんと……」「わ」
空間は行き止まりで、中央に檻があった。鉄柵で囲まれた、頑丈そうな檻。大人が立ったり寝たりするにはやや窮屈そうな檻の中で、ひとりの男が胡坐をかいて座っている。銀髪。褐色の肌。皮膚に張りついたような笑顔……忘れるはずがない。
「やあ! やあ! やあ! 賑やかな音が聞こえてきかと思えば! またお会いしましたね皆さん! おや? あの酔っ払いがいませんね。やっぱりあの時? 死んだのかな……私が殺しちゃったのかな……フフ……ハハッ! おっと、そちらのレディは初めましてですね。いやあ嬉しいな、生きたフェルパーを拝めるなんて。美しい! 悪趣味なバカ貴族が家宝にしてましたよ。剥製。うん、うん、こりゃあ生きている方がずっとい――」
誰にも止められぬ速さで繰り出されたルカの拳が、シンの放言を遮った。【メイジフィスト】が鉄柵もろともシンの顔面を粉砕する――ことなく弾き返され、反動でルカが仰け反る。体勢を立て直してもう1発。見えない壁が拳を弾く。もう1発。
「んだコレ!」
シンは瞬きひとつせずルカの拳の動きを追い、ニンマリと笑っている。
「ハハッ! 怖いなあ。オーガの、ルカさんでしたっけ? 私、名前覚えるの得意なんですよね。言ってくださいよそこの極悪オババに。檻の結界を解けー! って、ね。あ、そうそう、お腹もペコペコなんですよ。小便も枯れちゃったし喉も乾いたなぁ。なにか持ってません?」
「ババア! 解け! ブッ殺してやる!」
ルカが、荒ぶる戦神の如き形相でバァバに迫る。
「殺しちゃ困るね。6人目の戦士だから」
バァバは肩をすくめ、涼しい顔で言った。
◇◇◇
ルカとバァバの押し問答が続いていた。とは言っても、一方的に詰め寄るのはルカで、バァバは言葉少なにはぐらかしている。胸倉を掴まれそうになれば巧みな手捌きでそれを受け流し、まるで地面を滑るように左へ右へと移動する。そのやり取りにシンは手を叩いて笑い、声援を送っている。
「連れていきましょう」
ヘップは大声で言った。ルカがピタリと動きを止め、信じられないといった顔で振り向く。
「あ? ……ヘップ、なに言ってんだヨ」
半ば呆然としていた表情に、じわじわと怒りの色が混じってゆく。目を丸くしたサヨカとホーゼは、ヘップの真意を探ろうと次の言葉を待っている。
「裏切らない確信……保証があるんですよね?」
バァバに尋ねると、彼女は満足そうに頷いた。
「ヘップ、やっと利口なアンタが戻ってきたね……ヒヒ。ソイツの首を見てみな」
シンの首に、金属製の細い首輪がはめられている。
「レア中のレアな効果がついたユニーク・アイテムさ。アタシが定めた
「……いくつか質問、いいですか」
「はいヘップくん。ドーゾ」
「解除方法は?」
「秘密。外せるはアタシだけ。無理矢理やれば当然ドカン。手首足首なら切断って手もあるが、首は……ね。ヒヒ」
「バァバが死んだらどうなります? ……いや、えっと、常人でいう死亡状態になったら?」
「一生そのままだね。真っ当に生きてりゃ平気さ。厄災を倒したら好きにすればいい」
「バァバが定めた掟の内容は?」
「それも秘密。知らない方がドキドキするだろう? かなり細かく定めてある。徹底的にね。コイツに伝えてあるのはひとつだけ」
「ひとつ、ですか」
「ソ。……5人を裏切らない。それだけ。罠に嵌める、ドカン。見殺しにする、ドカン。殺してはいけないと指示された対象を殺す、ドカン。トンズラ、ドカン。……など、など。ごく当たり前のコトばかり。だから ”戦士たち” として選ばれた者同士、仲良くやれっとくれ……クク」
「ああ恐ろしい! ねぇ皆さん、聞きました? 聞きましたよね?」
シンが天に向かって嘆く。演技じみた仕草に、一同が閉口する。
「こんな非人道的な首輪をつけておいて、さらに監禁ですよ。食事も水も満足に与えられず拷問同然。わかりますね? これは過剰ですね? それで仲良くやれって。ああ酷い。私はそんな悪玉じゃありません。ワケあって不承不承、しぶしぶ、やむを得ず皆さんを殺そうとしましたが、いまは晴れて自由の身。そのはずが、悪しきオババの仕打ちによって不自由の身。ですからさあ、コレを外して、心から――イテッ!」
檻が青白く発光し、バチッという音と同時にシンが尻餅を突いた。
「黙ってな。晴れて自由の身にしてやったのはアタシだろう?」
「テテテ……。ま、そうとも言いますね。ハハッ!」
笑い声が洞窟内にこだまする。
「……これまでさんざん連携だ協調だって言っておいてヨ。こんな狂人に命を預けろってのか?」
いまだ全身から殺意を漂わせるルカが、吐き捨てるように言った。
「ソ。決して裏切らない、逃げないって点で、補欠要因としちゃ誰よりも安心」
「ここ一番ってところで自死する恐れもありますよね? オイラたちを、この大陸の未来を巻き込んで死のうって」
「うわ、ヘップくん! なんて恐ろしい発想! こっちが心配になりますよ? 大丈夫ですよ? 進んで死ぬような真似はしません。……厄災ってのをこの世から消すまでは」
最後の一言を吐く瞬間だけ、シンは真顔になった。
「ソ。心配無用。頭カラッポに見えるが、コイツにも生きて戦う理由がある。それに騙そうってなら、とっくに首から上が吹っ飛んでるさ」
ニヤケ顔に戻ったシンが、バァバの発言に何度も頷く。
「そうそう! それそれ。オババは弁が立つなぁ。連携についてもご心配なく。皆さんの戦い方は先日の手合わせでだーいたい掴んでますから。私ね、人に合わせたり、与えられた役割に徹するのが得意なんです。変装も得意ですよ? だから心配しないでください。仕事はキッチリやりますからね。ドーンと信用しちゃってください」
――沈黙。飄々と吹き抜ける風の音。
「……わかりました」
ヘップはあらためて腹を括った。
「オイ! ヘップ!」
食ってかかるルカを手で制して、ヘップは仲間ひとりひとりの目を見る。
「バァバの言う通り、一刻も早く出発して、向こうの環境に慣れないと。ブラッドエルフとの関係。塔の内部。どのくらいの広さか。どんな罠があるのか。どんな敵がいるのか。ショートカットは。本番の進攻ルートは。ペース配分は。必要な道具は。なにより、もっとオイラたちを鍛えないと。6人いれば試せることも増える」
「だからって――」
「セラドさんは必ず来る!」
ヘップは叫んだ。必ず来る。信じている。
「……必ず来ます。後から。それまでにやれること、やらなきゃいけないことは山ほどある。ここでなにもせず待っているのは時間の無駄です。だからオイラたちはそこの彼――シンを加えて、タリューに行く」
ヘップの決断的な宣言により、グループの意志は統一された。皆、セラドの快復を信じ、願っているが、何もせずにいたら彼はきっと言うだろう。
「テメーら、オレ様を言い訳に好き勝手サボりやがって」
と。自分たちが前に進まなければ、すべてが台無しになってしまう。
――キィ、と音が鳴り、檻の前面がひとりでに開いた。
シンは唇をペロと舐めて外に出ると、気持ち良さそうに背伸びする。
「ンー! シャバの空気は最高ですね! ……新グループの誕生で感動的な場面ですけど、さっきの会話、私はただのツナギだって言われてますよね? ……ま、いいですけど。セラドくんと交代できたら田舎でオレンジ農園でもやりますから。ハハッ! あっ、オババは返してくださいね。私の装備一式」
◇◇◇
武具屋の前に集合した6名の男女を、ジャンは熱い眼差しで見つめていた。夕焼けを背に立つ完全装備の彼らが、大陸の存亡を賭けて遠い戦場に赴くことを、心の奥底で感じ取っている。
「達者で戻れ」
ともに見送る側のトンボが言った。その眼差しには、未来への希望と、過酷な戦いへの憂いが同時に宿っているように思えた。
「はい。バグランさんにも宜しく伝えてください」
ヘップが答える。
「ああ。必ず」
「ジャンも、お店のことよろしくね」
ジャンは背筋をピンと伸ばし、ちからいっぱい頷いた。それからヘップの前に歩み出て、大切にしてきたカタナを差し出す。
「これは?」
受け取ったヘップが鯉口を切り、ゆっくりとカタナを抜く。
「わ、軽い……羽みたい」
ヘップは刀身の軽さにひとしきり驚いてから、慎重な手つきで鞘に納めた。
「ジャン、ありがとう。でもこれは君が持っていて」
返されたカタナを胸に抱え、ジャンはがっくりと肩を落とした。もしここも戦場になれば、役立たずの自分は三姉妹と一緒にどこか遠くへ連れていかれるだろう。だから、地獄の底から引っ張り上げてくれた彼らのために、せめてカタナだけでも――
「ジャン。己の得物を安易に手放すな。木刀で家族を守るつもりか」
トンボにたしなめられて、ジャンはきょとんとする。
「どうだヘップ。ジャンの体つき、随分と逞しくなったと思わんか?」
トンボがジャンの肩に手を置いて、なにやら意味ありげに言った。
「はい。背も伸びて。オイラを追い越すのもすぐですね」
「まだまだ未熟だが、素振りは格好がついてきた。もう少し実践的な稽古を増やそうと思う。店も暇だからな」
「いいですね。最高の師匠の下で立派なサムライになるのが楽しみです」
ヘップが同調しながら頬を緩ませる。
(立派なサムライ――ぼくが――)
「クク……お前さんたち、今生の別れじゃないんだ。しばらくしたら全員集合の場を設ける。ここにね。それに時々アタシが顔を出すから寂しがらなくていいよ。まずは10日間。この先10日でしっかり向こう側に慣れとくれ」
「地の迷宮は大丈夫なのですか? もし祖母が参戦できなかったら……」
ジーラが申し訳なさそうに言った。
「コッチの心配はコッチに任せときな。アンタはソッチに集中」
バァバが素っ気なく答えて、ブツブツと詠唱をはじめた。戦士たちは、長い詠唱の言葉に耳を傾けながら、夕日が作る6つの影を無言で見つめている。やがて、赤い光を放つ楕円形の転送魔法門が出現した。
「さ、とっとと行きな。族長のソーヤには話をつけてあるから」
1歩を踏み出す前に、ヘップ、サヨカ、ルカ、ホーゼ、ジーラが後ろを振り返った。5人の視線は、中央通りの先、診療所の方に向けられている。
「グズグズしない。グループゲートが消えたら走ってもらうよ」
「じゃー、一番乗りぃー! ハハッ!」
セラドの代わりに加わったという男が、勢いよく光の中に飛び込んだ。
「あ、ちょっ」「テメェ!」「ホッホ!」
戦士たちも一斉に、男を追って光の中へと消えていった。
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