13『赤の町とブラッドエルフ』

『赤の町とブラッドエルフ』1/2

 バァバのグループゲートで転送された先は、見晴らしのよい高台だった。

「うわ……」

 ヘップは息を呑んだ。前方、遠くの景色を遮るように、巨大なそびえ立っている。仲間たちも、想像を絶する光景に言葉を失っているようだった。

 それは、現実離れした構造物。それは、数百メートルも向こうからこちらを威圧する。平面的で超巨大な円柱――幅と高さからして、小さな村なら丸ごと納まりそうなサイズの円柱――が、何段も積み重なることで、直円柱の塔を形成していることが分かる。周囲よりずいぶんと高い位置にあるここから見ても、塔の天辺はまだまだ頭の上だった。

 いったい何をどうすればあのようなものを築くことが出来るのか。人知を超えた巨塔に、そして塔を創造した天の厄災に、ヘップは言い知れぬ恐怖を覚えた。


(賢者の手記によれば、円柱1段が1フロア。ぜんぶで21段……)


 ヘップは、ヤコラの記述を思い出してから、少しだけ感傷に浸る。


(もしセラドさんが隣にいたら……きっと笑い飛ばすだろうな。「賭け狂いが積んだコインみてーだな」とか言って)


 人知れず苦笑し、ゆっくりと視線を下方に移す。

 赤。

 赤く染まった広大な湖から、天の塔が生えている。

 ――そんな錯覚に陥る眺めだ。

 その赤は、夕日が作り出せる色ではない。天から血をぶちまけたような赤で染め尽くされた建物が群れを成し、幾重いくえもの層となって塔をぐるりと囲んでいるのだ。かつてタリューと名付けられていたこの地を、ブラッドエルフは『赤の町』と呼んでいるらしい。

 塔の根元に注目すれば、高台のここから見てちょうど正面の位置に、大きな扉が見える。その大扉から手前に向かって、太い道――これもまた赤――が伸びており、その道の左右には、切り立った土手が平行して設けられている。土手は高く、巨人族ですら登ることは難しいだろう。つまり、大扉から外に出ようとするモンスターがいれば、100メートルほどもある赤の道を、馬鹿正直にまっすぐ進むしかないのだ。そして進めば、確実に死ぬだろう。なぜなら、まさにいまこの時も、土手の上にはブラッドエルフの射手やスペル・キャス魔法を扱う者ターたちが整然と隊列を組み、塔から出てくる敵を待ち受けているのだ。奇跡的に死の雨を掻い潜ったモンスターがいたとしても、その先――赤の道の終点に布陣している本隊から逃れる術は、なさそうだ。


(あれは、道のようで道じゃない。だ――)


 ヘップは、モンスターの目線で想像する。

 コボルドの大軍。大扉から溢れ出し、周囲を見回す。正面、まっすぐ続く赤黒い道。道の両脇に、見たこともない高さの土壁がそびえ立つ。後ろから押され、立ち止まることも深く考えることもせず、全速力で直進する。すると土手の上から一斉に矢と魔法を浴びせられ、群れの大半は10秒と持たず倒れてゆく。一部のコボルドは仲間やボロ盾で矢の雨を防ぎ、また一部のコボルドは運良く致命傷を受けずに駆け抜けるが、その先の本隊が放つスペル、矢、長槍によって、あっけなく殺される死体は血を奪われるか、なにかに使われるか、どこかに棄てられる。

 そして、赤黒い道はほんの少しだけ赤黒さを増し、次の獲物を待ち構える。

「ひょー。楽しそうですね!」

 シンが心底愉快そうに言った。

「なにが?」

 ヘップは不快感をあらわに聞き返す。誰に対しても丁寧な物言いであれ、と生きてきたヘップだが、シンに対しては限界が近い。

「あれですよ。あれ。あの真っ赤な道、殺す気満々の殺し放題じゃないですか。ブラッドエルフってのはブラッドエルフって名乗るくせに血も涙もありませんねぇ。ハハッ! ……うんうん。さぞかし気持ちいいんでしょうねぇ。門から出てくるモンスターたちを一方的に殺しまくって……一体なにが楽しいのか! まったく! ひどい奴らだ!」

「……お前、大丈夫?」

 ヘップは尋ねた。精神破綻を起こしたかのように喋り散らしていたシンは、真顔で見つめ返してきた。

「え? なにがですか? 私はね、悪趣味だって言ってるんですよ。でもホラ。もっと悪趣味なのはあの塔ですよ。あれ、石や土や木に混ぜてありますよ。大量に」

「混ぜてある? ……なにを?」

「骨」

「骨……」

「ええ。骨。骨、骨、骨。動物のものも多そうですねぇ。この辺りは立派な森だったわけですからねぇ。で、人骨っぽいのはエルフですかねぇ。100年前の内輪モメで大量生産されたんでしょう。ああなんとおぞましい!」

「骨ってヨ……見えるのか? 塔の表面」

 無視を決め込んでいたはずのルカが、聞き返した。ヘップも視力には自信があるが、この距離からでは灰色の石柱にしか見えない。シンは得意げに頷いた。

「子供のころお婆ちゃんによく褒められましたよ。シン。お前は目がいいねぇ。シン、お前はすごいねぇ、って。ねぇサヨカさん」

「はい?」

「あなたの親しい人もあの骨のどれかですか? お母さん? お父さん? お婆ちゃん? お婆ちゃんだったら悲しいなぁ。私、お婆ちゃん子なんですよ」

 ヘップは顔を引き攣らせ、サヨカの表情を伺った。サヨカは生い立ちについて詳しく語らないが、エルフの寿命からして、彼女の両親が内戦で犠牲になった可能性が高いことくらいは想像がつく。

 サヨカは顔色ひとつ変えずにシンを見つめている。

 開放的な笑顔を浮かべるシンの喉元に、十文字槍の刃が突きつけられた。

「口を慎みなさい」

 ジーラが威厳に満ちた声で言った。

「わ! なんかこの槍、光ってません!? すごいなどういう仕組みですか」

 穂先や柄に刻まれた細かい文様が、蒼白く光っている。調子に乗ったシンが人差し指を伸ばして尖端に触れた瞬間、突として槍がまばゆく光り、バチン、と弾けるような音が高台に響いた。

 ヘップたちは、白目を剥いて気絶したシンを放置し、いまいちど塔を眺め、赤の町へと続く山道をくだりはじめた。


 ――ここはエルフの始まりの地、タリュー。およそ100年に焦土と化した広大な森は、かつての美しい自然を取り戻しつつあった。だが、塔の周辺はいまもなお土壌の汚染が激しく、貧栄養の赤土が大地を血の色に染めている。


◇◇◇


 鬱蒼とした山道を抜けると景色一転、吹きさらしの枯れた大地が赤の町へと続いていた。

 フードやスカーフで赤砂まじりの風を防ぎながら町に近づいていくと、円錐屋根をかぶった細長い塔のような建物が、町の外周に沿って等間隔に建てられていることに気づく。異様なのは、それらの尖った屋根の頂点に、めまぐるしく色を変える大きな球体が据えつけられている点だ。目を凝らすと、球体はわずかに宙に浮いているように見える。魔法だろうか、と見上げていると、

「何者だ」

 女の低い声が、上から聞こえた。塔の窓から、ブラッドエルフが上半身を覗かせている。白く透き通った肌。鋭い目。顔も口調も、アンナとよく似ている。左手には金色の弓。すぐにでも射殺せるよう、半身の構えを崩そうとしない。

「天の厄災を討つため、ドゥナイ・デンから送られて来ました」

 ヘップが一歩前に出て、慎重に言葉を選ぶ。

「貴様らが……?」

 ブラッドエルフは、品定めするように片目を細める。

「はい。族長のソーヤさんに話を通してあると聞いています」

「……ふん。案内役を寄越すからそこで待っていろ。それ以上近づくと――」

「またまた一番乗りぃー! ビリは馬鹿〜おっさき――」

 いつの間にか追いついてきたシンが、猛スピードでヘップたちの脇を駆け抜けていった。

「――ですっ」

 そして見えない壁に衝突し、白目を剥いて赤土の上に転がった。


(結界? 外敵を拒む壁が無いと思っていたけど、まさか……)


 盗賊団にいたヘップにとって、結界魔法はよくある障害だった。しかし、広大な町の外周をすべて囲うなどという桁違いの結界は、見たことも聞いたこともない。

「話を最後まで聞かぬその阿呆も貴様らのツレか」

 ブラッドエルフが、汚物を見るような目でシンを見下ろす。

「は、はぁ、まあ、……すみません」

「起きろテメー」

 気絶したシンの腹に、ルカが蹴りを入れた。ふくれっ面のサヨカがその横に並び、ルカの真似をしてシンの尻を思い切り蹴飛ばす。

「おっ、いい蹴りしてんじゃん」

「さっきのお返しですー」

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