『赤の町とブラッドエルフ』2/2
案内役のブラッドエルフに連れられて町に入った一行は、赤い建物に挟まれた石畳の路をしばらく歩き、族長ソーヤの屋敷にたどり着いた。高台から見えた例の処刑場にほど近い質素な外観の屋敷は、ほかの建物と同じく赤煉瓦と朱塗りの木材で築かれているが、ひときわ背が高く、存在感があった。
屋敷の中に通されると、やはり赤が際立つ内装ではあるものの、外と比べてやや落ち着きのある色合いで、品格の高さを感じさせる装飾的な調度品が嫌味なく配置されていた。
「いいですねぇ。ブラッドエルフは
ルカとジーラに挟まれて歩くシンが、あちこちに目をやりながらニコニコと喋り続ける。案内役に従って1階のホールを抜け、屋内リフトに全員が乗ると、床が音も無く上昇を始めた。
「ホッホ……スペルの応用ですかな?」
「そうだ」
無口なブラッドエルフは素っ気なく言って、5階でリフトを降り、長い脚ですたすたと通路を先導する。行き止まりに、古代エルフ語らしき文字が刻まれた金属製の扉。
「入ります」
案内役が
「塔の戦士たちが到着しました」
案内役が言った。背を向けていた人物が、ゆっくりと振り返った。
「歓迎しよう。私はソーヤ、この地の
ブラッドエルフは皆容姿が似ているが、100年ものあいだ族長を務めてきたその男には、畏怖の念を起こさせる貫禄があった。
「初めまして。オイラはヘップ。サヨカ、ルカ、ホーゼ、ジーラ、それに――」
「シンと申します。以後お見知りおきを。ハハッ! 私、加入ホヤホヤの新イテッ! イテテ!」
ルカの肘とジーラの膝が、シンを黙らせた。ソーヤの燃えるような瞳が、シンに向けられる。ヘップは慌てて間に入った。
「すみません、本当は別の候補者がいるのですが、ちょっと色々ありまして……」
「ホビット、ウッドエルフ、オーガ、ノーム、フェルパー、そして人間。……バァバに聞いていた通りだが?」
ソーヤの鋭い目が、ヘップを射抜く。
「ええ、まあ、人間は人間なんですが……」
「そいつはバァバの人選ではない、と?」
「あ、いえ、バァバの人選……です」
「なら口を出すつもりはない。サヨカ、久しぶりだな。アンナは達者か」
サヨカは「はい」と小さく頷いた。
「え? 知り合いか?」
ルカが、ブラッドエルフとウッドエルフを交互に見やる。
「アンナは私の愛弟子だ」
「へぇ。つまりサヨカはアンタの孫弟子ってことかヨ」
「ああ。そうなるまでに色々あったがな」
含みのある言い方をしたソーヤが、微かに笑みをこぼす。一方のサヨカには、いつものような明るさが見られない。
「あの、町の案内をどなたかにお願いできますか。さっそく明日から塔の探索を始めようかと」
ヘップが話題を変えた。
「明日と言わず、今から少しどうだ」
「え?」
「なあに、中に入れと言うわけではない。そろそろ引き手が戻る頃合いだ。我らに力を示してみろ」
◇◇◇
ヘップたちは、塔の大扉から真っ直ぐ伸びる広い道の中央で、陣を構えた。
前衛。ルカとジーラ。ヴァルキリーと初めて組むルカの顔は、どこか楽しそうでもある。
中衛。ヘップとシン。ヘップは機動力を活かして前衛の補助と後衛の護衛。シンは前衛を強く希望したが、何をやらかすか分からない彼には、弓による援護射撃を命じてある。
後衛はホーゼとサヨカ。ホーゼは杖で浮遊して前方を見通し、肉弾戦になる前に範囲魔法で多くを処理する役目を担う。サヨカは回復役として魔素を温存するが、敵の種類によっては攻撃に加勢する。
やや前方、両サイドの土手の上に整列したブラッドエルフたちが、じっと6人を見下ろしている。背後を振り返れば、待機姿勢のまま微動だにしない本隊が、やはり無言で6人を見つめている。ソーヤは本隊ではなく、土手の上から見物している。
「やりづらいなぁ……。実力を見せろってのは分かるんですけど」
ヘップが呟くと、ルカは前を見据えたままニヤリと笑った。
「アタイらの実力を見たら小便ちびるさ」
「お嬢! なんと品の無い」
「来ます」
ジーラがピンと立った耳を微かに動かし、槍を構えた。ヘップは右手のシルバーダガーを握り直し、いつでも駆けまわれるよう呼吸を整える。
最初に塔から出て来たのは、モンスターではなくブラッドエルフだった。
――しかもひとり。ソーヤが引き手と呼んでいたその男は、驚異的な速さで走りながら、いつもと様子の違う処刑場に戸惑いの表情を見せた。すかさず土手の上から指示が飛ぶ。合点がいった男は頷き、ヘップたちに向かって加速した。
「もっとたくさん引っ張ってくればよかったかな?」
俊足の男は意地悪く言いながらヘップたちの横を駆け抜け、あっという間に本隊の列の隙間に消えていった。
がちゃちゃちゃ、かたかたかた、がたたたたた……塔の中から音が聞こえる。大量の何か……硬い何かがぶつかり合い、擦れ合う音。不気味な音はどんどん大きさを増し、敵の姿が露になった。骨。さまざまなモンスターの骨格が大扉から溢れてくる。
「スケルトンだ!」
ルカが叫んだ。彼女は足を踏み鳴らし、胸当てをガンガンと叩き、獣じみた雄叫びをあげて仲間たちを鼓舞する。大扉から溢れ出した
「ヤーッ!」
先頭のスケルトンたちが、ジーラのひと薙ぎによってまとめて両断された。
「ォラァ!」
続けて襲来した数体が、ルカの連撃を受けて砕け散る。それでも後続のスケルトンたちはまるで怯まず、不快な音を立てて次々と迫ってくる。その群れの後方に氷の雨が降り注ぎ、骸の頭蓋骨に次々と穴を開けてゆく。
「ホーゼ遅い!」
「ホッホ! 炎をやめて氷に変えたもので」
拳を繰り出しながら怒鳴るルカの横で、ジーラは波のように押し寄せるスケルトンを黙々と処理している。彼女は草を刈るように槍で敵を薙ぎながら、神聖スペルで光の柱を出現させて数体を灰に変える。だがダンジョンと違って道幅が広く、すぐに前衛2人の取りこぼしが発生する。ヘップはルカ、ジーラ、スケルトンの動きを読み、あぶれた敵を的確に討つ。指示するまでもなく、サヨカも神聖スペルを唱え始めている。
(シンは?)
戦闘開始からまだ数十秒とはいえ、矢が1本も飛んでいない。ヘップが横目で様子を窺うと、シンは握っていた弓を背中の留め具に戻そうとしていた。
「シン! お前!」
シンはとぼけ顔で口笛を吹きながら弓を留め、矢筒とは別に背負っていた細い筒から2本の剣をいっぺんに引き抜いた。人間の腕ほどの長さのショートソードで、錆びたように赤黒く、悪魔の角のように禍々しく捩じれて波打っている。
「リーダー、スケルトンに弓矢は効果ないですよねぇ?」
シンは双子のように同じ形の剣をだらりと垂らしたまま、疾風のごとき速さで前線のど真ん中に突っ込んでいった。
そこからはあっという間だった。暴れ狂う竜巻を彷彿とさせるシンの乱舞がスケルトンの波を真っ二つに割り、骸の破片が宙を舞う。ルカとジーラは驚きながらも即応し、左右に押し分けられた敵を始末する。
「テメー! 勝手なことやってんじゃねぇヨ!」
ルカの罵声。飄々としたシンの笑い声。3人が骸兵の大波を押し返しながら進んだあとには、骨の絨毯が敷き詰められた光景が広がる。すっかり出番の無くなったヘップ、ホーゼ、サヨカの3人は、その様子をただただ眺めるしかなかった。
◇◇◇
満足そうな顔のシンが、骸の山の上でだらりと座り込んでいる。ヘップは近づき、
「ワンマンプレーが得意なのはよくわかったよ。自己顕示欲の強さも」
と冷たく言った。
「ハハッ! ……いやぁ、そんなつもりじゃ。敵がちょっとボリューミーでピンチかもって感じだったし? なのに血肉のない骸骨に向けてバカみたいに矢を射ってれば良かったんですか? もうそれってバカみたいじゃないですか」
生傷だらけのシンの傍らで、サヨカがヒールスペルを唱えはじめる。
「そういうコト言ってるんじゃねーんだヨこのバカ! おいサヨカ、魔素が勿体ないからやめとけ。そんなのツバつけときゃ治る」
「でもわたし、これくらいしか出来ることないですし……」
「そうそう、しっかり癒してくださいよ」
「テメーは黙ってろ!」
ルカのゲンコツが鈍い音を立てた。
「イテッ! でもでも、首輪は爆発しませんでしたねぇ? 私の判断は間違っちゃいないってことじゃないですかねぇ?」
シンは叩かれた頭をさすり、嫌味ったらしい三日月目でルカを見上げた。
「あぁ!? ふざけやがって!」
ルカの灰白色の額に静脈が青く浮き出る。ジーラがルカを抑えて、疑問を口にする。
「あの剣さばき、いったい何なのです? レンジャーは弓と剣の使い手ですが、それとは違う……」
「だーかーらー、私レンジャーじゃないんですよ。言いましたよね? ボケたんですか? あれ? あなたには言ってなかったかな? どっちでもいいですね。ま、弓は得意ですし? レンジャーのスキルも大半は習得してますし? 剣の達人でもありますし? とにかく頼りにしていいですよ。ね?」
「レンジャーでないと言うなら、貴方のクラスは」
「そんなのどうでもよくないですか?」
「いいえ。命を預け合う私たちには重要なことです」
「うーん。じゃあ。教えて差し上げましょう。なんと、私のクラスは……なんと……なんと!」
「さっさと言えバカ」
「なんと……トリックスター! ババ~ン!」
シンは跳ね起き、道化師が子供を驚かすように両腕をパッと開いた。
「……トリック、スター?」
ジーラが首を傾げる。
「あ? なんだそれ。聞いたことねーぞ。ホーゼは?」
「ありませんな」
「オイラも初耳です。たしかにレンジャーとは違う技を持っているようだけど……」
「うんうん。そうでしょう、そうでしょう。なんせ私が命名したクラスですから。みんなにはナイショですよ?」
「「「は?」」」
「テメーふざけんなヨ? 殺すぞ」
「イテッ!」
パチ、パチ、パチ……という拍手の音に、口論が中断された。
土手の上のソーヤが、感情の乏しい顔で手を叩いている。やがてその場に居たブラッドエルフたちも淡々と両手を叩きはじめ、寸分のズレもなければ抑揚もない拍手が処刑場に響き渡った。
「なあヘップ……」
ルカが複雑な顔でヘップを見下ろし、囁いた。察しのいいホビットは、彼女が何を言いたいのかすでに理解している。
「はい……」
「こういう時ってヨ……大したものだ! とか大将が大声で言って、実力を認めた手下たちもウォーって喝采して太鼓ドンドコやる場面じゃないのか? それってオーガだけか?」
「ど、どうですかね。ブラッドエルフの歓迎は独特なのかも……」
シンだけが満面の笑みで拍手に応え、演劇のフィナーレの如く仰々しいお辞儀を繰り返している。
「わかんねーな、ブラッドエルフってのはヨ。サヨカは詳しいのか?」
サヨカはニコリと微笑み、翡翠色の髪を横に振った。
「さー。でも感情を表に出すのは苦手ですねー。100年生きても変わってませんから、死ぬまで変わらないんじゃないですかねー」
ヘップは、不愛想なアンナの顔を思い浮かべ、妙に納得した気持ちになる。
「さ! 寝床を確保して、明日に備えましょうー」
「デッ!」
しつこく拍手を煽るシンの頭を杖で叩いたサヨカは、淡い黄昏時の処刑場をツカツカと歩きはじめた。
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