『フロン王と戦士たち』2/4
「よぉ! 随分と遅いご到着だな」
ルカたちが酒場に入店するやいなや、ドワーフがジャンピングタックルを祖父にかましてきた。常人ならば全身の骨が粉々になりそうな一撃だが、祖父は頑強な腹筋で受け止めながら嬉しそうに笑った。ふだんは見せない祖父の笑顔を、ルカは興味深く見つめた。
「色々とあってな。元気そうで何よりだ、バグラン」
「うむ。……すこし老けたか?」
顔に無数の戦傷を刻んだドワーフ……バグランは、祖父を見上げて、目を細めながら言った。祖父も素直に頷いた。
「50年も経てばな。ドワーフのお前は変わらない」
「ハハ! 250歳を過ぎたいまが男盛りよ。おいトンボ! フロンが到着したぞ!」
バグランが厨房らしき方向に声をかけると、丸坊主の男が出てきた。トンボ。祖父から聞いていた通りの鋭い面構えだが、少しばかり喜びを頬に浮かべている。
「よく来たな。オーガの長旅は大変だろう」
「慣れたものだ、と言いたいところだが、我々も世代交代が進んでいてな。
「そういやバァバはどうした?」
バグランが言った。
「途中で別れた。アンナを連れてくるから先に行けと」
「そうか。で、後ろのふたりは? そろそろ紹介してくれんか」
バグランがルカと、ルカの肩のホーゼを交互に見る。
「ホッホ。ホーゼと申します。バグラン殿とトンボ殿のお話はフロン王からかねがね。……ホレ、お嬢もご挨拶を」
ホーゼが耳たぶをペチペチと叩く。これまで何度も「くすぐったいからヤメロ」と言ってきたが、ホーゼはこのペチペチをやめようとしない。
「ルカだ」
ルカは挨拶しながらふたりを値踏みする。かつて祖父とともに死線を潜り抜けた戦士。幼いころから同じ話を何度も聞かされてきた。
「トンボと申す。お主はフロンの?」
「孫」
「そうか。いい佇まいだ」
唐突に褒められて、ルカは先に目を逸らした。
「ま、座ってくれ。飲むか?」
バグランが右手をクイと傾ける。祖父の顔がほころんだ。
「いただこう」
(このふたり、半分でこの迫力……あのババアと大違いだ)
底知れぬ力を漂わせるバグランとトンボを前に、ルカはある種の怖れと嫉妬を覚えていた。
◇◇◇
フロンは、戦友のバグラン、トンボ、アンナ、バァバとテーブルを囲んで、この50年に起きたことについて会話を重ねていた。
跳ねっ返りの孫娘は、隣のテーブルで何か言いたげにバァバを睨んでいたが、黙々と食事を済ませた今はエールを飲んでいる。ホーゼは小人用の椅子でも高さが合わず、テーブルの上に座って豆をかじっている。
「――積もる話は尽きないが、本題に入ろう。
フロンは切り出して、順に友を見回した。暇そうにしていたルカも、自身に関わる話だと気づいたようで居ずまいを正す。
「人間のバードと、ホビットのシーフ。最近コンビを組むようになってね。今もふたりで潜っているよ。どちらもクセが強いが腕は文句なし」
バァバが答えると、続いてアンナが口を開いた。
「もうひとりはウッドエルフのプリースト。ダンジョン未経験者だが素質は私が保証する」
「アンナがそこまで言うとはな。内戦の生き残りか?」
「当時はまだ子供だ」
「そうか。バード、シーフ、プリースト。それにメイジと、ス
「決して失敗できぬ人選だ。仕方あるまい」
トンボの意見に、フロンは「たしかに」と頷いた。
「クク……平和なご時世は人材発掘に不向きだからね」
「平和、か。オーガとは縁遠い話だ。しかしあとひとり足りぬ……前衛。フム……」
フロンは腕を組んで考えた。対面のバグランが思い出したように顔を上げて、
「ドーラとは連絡が取れたのか?」
バァバに尋ねた。
「居場所すら不明。ニンジャの調査報告を待つしかないね。ま、候補者を用意しといてくれりゃどうでもいいけど……ヒヒ」
「アイツは役目を忘れたのか? 時間は残っとらんのだぞ」
「落ち着けバグラン。信じるしかあるまい」
トンボがたしなめる。
「彼女はきっと候補者を育てている。彼女と同じ
アンナの発言に、バグランは「どうだか」と大きな鼻を鳴らし、おかわりを注ぎに席を立った。
やり取りを聞いていたフロンは「ひとつ提案だが」と前置きして、考えを述べた。
「ドーラの居場所がわかり次第、5人に向かわせるというのはどうだ。連携がお粗末なグループでは話にならぬからな」
「診療所は問題なし。ひとりでやれる」
アンナが即答する。
「ワシらもこの店はふたりで切り盛りできるぞ」
カウンターの向こうでバグランが答えた。トンボも頷く。
「お調子者の借金大王が旅のどさくさで逃げないように気をつけないと……ヒヒ」
「よし。お前たちも異論無いな?」
フロンはルカとホーゼに問うた。
「めんどくさ……ま、アタイが実力を見極めてやるヨ。役立たずなら外れてもらう」
ルカが不敵に笑った。
「ホッホ! 楽しい旅になりそうですな」
◇◇◇
夕暮れ時、野営地。
いくつかの焚火にオーガたちが車座になり、各々食事をはじめていた。トロルから剥いでおいた鎧や盾が鉄板代わりに熱せられ、何日かぶりに獲得した新鮮な獣肉が次々とその上で焼かれていく。
ルカ、ホーゼとともに焚火を囲んでいたフロンに、ひとりのオーガが近づいてきた。
「フロン、小さな問題が」
オーガたちは自らの王を「王」と呼ばない。フロンはフロンであり、敬意と畏怖を込めてその名を口にする。
「どうした」
「ウトレが食い物の調達に行ったまま戻りません」
フロンは顎をさすりながら素早く思考を巡らせ、すぐに指示を飛ばす。
「狩りに使った森を捜索しろ。3人体制の2グループで半刻だけだ。陽が落ち切る前に必ず戻れ。絶対に単独行動させるな。残りはここで警戒待機。……大袈裟だと思うか?」
報告にきたオーガは、素直に頷いた。
「少しばかり。オレも周囲を見てきましたが……このあたり、大した危険はなさそうで。ウトレのことですから猪の尻でも追いかけて迷ったのかもしれません」
率直な意見にフロンは頷く。
「そうだな。だが、追手の可能性も捨てきれない」
「追手? 追手ってまさか、タンタルの谷で無様にトンズラこいたトロルどもが、ですか?」
「そうだ」
「オレらはあの険しい岩場と川を越えてきたんです。深い森も。さすがにここまで来るとは……」
「だといいが」
「アタイとホーゼが行ってこようか。みんな腹ペコだろ」
焚火の前で横になっていたルカが跳ね起き、ぐるぐると肩を回す。ホーゼはいびきをかいて寝ている。
「ルカとホーゼは待機だ。捜索する者たちの食事はたっぶり残しておけ」
「は」
指示を受けたオーガがさっそく伝令に走る。その背中を見つめながら、ルカは口を尖らせた。
「なんでさ、アタイらはヒマしてるってのに」
「最悪の場合、お前たちふたりには最終防衛線を死守してもらう」
「最終防衛線? どこヨそれ」
「一匹たりとも敵を集落に入れてはならない。絶対にだ」
フロンは、今朝見た少年少女の顔を思い浮かべながら薪をくべ足した。
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