『フロン王と戦士たち』3/4
「ア? 殺しただア?」
大岩の上で胡坐をかいていたトロルの族長ビコスは、報告にきた5人の子分をギョロリと睨み下ろした。
トロル。
カナラ・ロー大陸でもっとも古い種族のひとつである『妖精族』の近縁種。トロルの多くはドワーフやホビットのように小柄な体格だが、個体差が激しく、巨人族に劣らぬノッポもいる。共通する特徴は、細くしなやかな体、尖った耳、長く伸びた鷲鼻、青緑色の肌。オーガとは逆に上顎の犬歯が長く、獰猛な肉食動物を連想させる。事実、戦うことと喰うことが生き甲斐で、性格は極めて残忍である。
かつてトロルは、複数の氏族からなる巨大帝国を築き、多くの土地を我が物にしていたことが各地の遺跡調査により明らかになっているが、同じ古代種であるハイエルフとの戦争時に内部抗争が起き、帝国は崩壊。滅亡の危機に瀕して以降、大陸南東部に居を定めて控えめに生き延びており、同じ大陸南東部に領土を刻むオーガと争いが絶えない。
「ゲヒッ。ヒトリでウロついてやがったんで」
5人の子分のなかでも特にマヌケな顔のひとりが、マヌケな笑いを浮かべてオーガの首を掲げた。
「ビコスサマ、アイツら休憩してるみたいデス」
「この森を抜けたところデス」
不意打ちとは言え、たった5人でオーガを仕留めたのだ。興奮するのも無理はない。だが。
「のんきに晩メシの支度してたデス。こりゃチャンスデス」
「デスデス、チャンスデス」
「ア? なンの?」
マヌケにも不満が伝わるよう、ビコスは威圧的に報告を遮った。
「エ?」
「なンのチャンスか、って聞いてンだ」
「「エ……」」
5人が一斉に小首を傾げた。
「奇襲デス。奇襲のチャンスデス」
ひとりが、当然といった顔で答えた。
「ア? 奇襲?」
ビコスは愛用の大鉈を掴んで大岩から飛び降り、5人の前に立った。ビコスはトロルのなかでも特に上背がある。2メートル近い高さから鋭い眼差しを浴びた子分たちは、ようやく何かを察したのか、表情を凍りつかせた。
「奇襲って言ったか? ア? 奇襲? ア?」
「……デ、デス。奇襲デス」
「そぅか、奇襲か……って、なンで殺しちまったンだよボケ! ア!? 仲間が森に入ったっきり戻らなけりゃ警戒されンだろよぉ? バレンだろ? ア!? 奇襲になンねーだろうがこの、マヌケ!」
ビコスは大鉈を振るった。子分の首が3つまとめて飛んだ。ひとりは背を向けて逃げ出したが、周りの兵士が放った矢に斃れた。ビコスは、残るひとりの喉首を掴んだ。
「そのまま泳がせてょぉ、あとでまとめてブッ殺しゃあいいンだよ……それくらいわかれよ……ア?」
「む、無防備だったんデ……ウグゥ」
ビコスは腕に力を込めて、子分を顔の高さまで持ち上げる。苦しみから逃れようとする子分が必死に足掻く。
「フロンの目的は? 聞き出した? ン?」
「ざ、ざあ……」
「この先に集落があると言ったな。その情報は? ン?」
「申じワけ、ゲッ」
脛骨を握り砕いても腹の虫がおさまらぬビコスは、掴んでいた子分の顔面を大岩に叩きつけた。岩肌に鉄紺色の大輪が咲き、周囲から蛮声が湧き上がった。ビコスは大岩に飛び乗って、兵士たちを見回しながら吼えた。
「野郎ども! オーガどもがオレたちを待っている! 全員殺せ! フロンの首を持ってこい!」
「「オーガを殺せ!」」
青緑色の群れが一斉に武器を突き上げ、呼応した。
「オーガどもを始末したら村を襲って晩飯だ! 長旅の褒美だ! 好きなだけ奪え! 好きなだけ食え! ひとり残さず食い尽くせ!」
「「奪え! 食らえ!」」
◇◇◇
「森の中で正確な数は掴めませんが、タンタルで交戦したときの3倍はいるかと」
捜索から戻ってきたオーガが報告した。
「フム……」
普段ならば即断即決のフロンだが、座して焚火を睨みながら、考えを巡らせる。
「オジイ、何百いようと関係ないだろ。ウトレの敵討ちだ。こっちから攻めて全員ブッ殺してやる」
「お嬢、森では小柄なトロルに分がありますぞ? 日も暮れる。大亀たちも森では思うように働けません」
怒りで今にも駆け出しそうなルカを、ホーゼが諭す。
「じゃあどうしろってゆーのさ」
「ホッホ。相手はビコス。族長のなかでもとびきりの直情径行タイプ。危険を犯さずとも、待っていれば正面から来るでしょうな。……ただ、一騎当千のオーガであっても、この人数でどこまで戦えるか……。ビコス本人の武力も侮れません」
ホーゼの進言に耳を傾けていたフロンは、しばしの沈黙の後、勢いよく立ち上がった。
「ローレンシウムの精鋭たちよ!」
オーガたちが一斉に起立し、フロンに注目する。
「ビコスの兵が来る! 最低でも500はいるだろう! 前衛10名と12頭、あわせて22の横陣で迎え撃つ! 互いの間隔は最大限広く取れ! シ
「「オオ!」」
オーガたちは各々の武器を胸に3度叩きつけ、短く雄叫びを上げた。
「オジイ」
何か言いたげなルカを、フロンは一瞥して黙らせる。
「いいか! これは我々が持ち込んだ問題! 奴らの狙いは我々だ! 決して集落に向かわせるな! 我々の両翼端を迂回してまで略奪を優先するとは考え難いが、トロルに我々の常識は通用しない! ルカとホーゼを集落防衛の任に充てる!
「「オオ!」」
オーガたちはまた胸を3度叩き、準備に取り掛かった。
「頼んだぞ」
フロンはルカとホーゼに言い残し、ドラゴンタートルに跨った。
◇◇◇
「……可愛い孫娘の話を聞けっての。まったくヨ」
ドラゴンタートルを駆る祖父の背中が小さくなってゆく。ため息をつくルカの肩に、ホーゼが飛び乗った。
「ホッホ。王はお嬢の力を信頼しているからこそ重要な任務を与えたのです。ささ、参りましょうぞ」
「ハイ、ハイ。お前はここで頑張るんだぞ」
ルカは、己のドラゴンタートルの首を撫でて、ひと時の別れを告げる。成人した時から共にいる
「ルカ、ホーゼ、武運を」
準備を進めていたオーガのひとりが言った。ルカは仲間たちと視線を交わす。
「みんなもね。じゃ、いってくるヨ」
屈伸を終えたルカは、疾風の如く駆け出した。
◇◇◇
星空の下、等間隔で横一列の隊形を成したオーガとドラゴンタートルは、微動だにせず前方の森を見据えている。その距離およそ50メートル。
やがて森の闇からガチャ、ガチャ、と金属が擦れ合う音が零れ、大柄のトロルが姿を現した。その数、7。トロルの上下関係は体格差で決まることが多く、極彩色の飾りからも小隊長クラスであることが窺える。オーガは一斉に武器を掲げて、胸に叩きつけはじめる。
ガン、ガン、ガン。ガン、ガン、ガン。オーガの武器と胸当てが、威嚇的な音を規則正しく鳴らし続ける。大柄のトロルたちが立ち止まる。その背後、森から小柄なトロルがわらわらと湧き出だした。小柄なトロルたちは素早く横に展開すると、一斉に弓に矢をつがえ、斜め上に放った。
「キシシィィ!」
ドラゴンタートルたちが短く吼え、天に向けて一斉に炎を吐いた。長さ15メートル、12本の放射炎が空を赤く染め、雨のように降り注ぐ矢を一瞬にして灰と屑鉄に変える。ガン、ガン、ガン。オーガは黙って胸を叩き続ける。トロルたちは弓から剣や鉈に持ち替え、ゲッゲ、グッグと喉を鳴らす。
「進めぇ! オーガどもを皆殺しダァ!」「突撃ィィィ!」「ブチコロセェ!」
大柄なトロルたちが叫びながら武器を振り上げると、背後の兵が一斉に駆け出した。300を超える敵兵が押し寄せる光景を前に、ガン、ガン、ガン。オーガは無言で胸を叩き続ける。
「キシシィィ!」
ドラゴンタートルたちが火球を吐いた。水平に飛んだ灼熱のそれはトロルの先鋒を次々と火だるまにし、あちこちに篝火のような灯りを生む。灯りが森の奥を照らし、木々の間から次々と走り来るトロルたちの姿が見えた。突撃するトロルたちは焼け焦げる仲間を顧みずにオーガへと殺到し、いよいよ武器を振り上げる。トロルとの距離が10メートルを切ったところで、オーガたちは攻撃態勢に入った。
「「オオオオオオオオオオオ!!」」
オーガの戦士たちは大地が割れんばかりの大声を上げながら、各々の武器を振るった。戦斧が4つの胴をまとめて裂き、巨大なハンマーが頭蓋を粉砕してゆく。5つの胸をいっぺんに貫いた槍が暴れ、振り捨てられた死体の束が後続のトロルを圧し潰す。ドラゴンタートルは鋼鉄のように硬い甲羅で身を守りながら長い首を巧みに動かし、噛み殺しては投げ、角で突き殺し、隙あらば火球を見舞う。少数のトロルシャーマンが岩塊を放つが、ふたりのオーガシャーマンがカウンターでことごとく潰してゆく。残りふたりのオーガシャーマンは前列の補助強化に徹底し、いっそう強力になった戦士たちは押し寄せるトロルの群れに猛撃を浴びせ続けた。
わずか10名と12頭のオーガ陣は数百のトロルを圧倒し、目の前に死体の山を築き上げていった。死体が戦闘の邪魔になると、息の合った動きで横陣を数メートル退げ、ふたたび武器を振り回して死体を量産する。それでもトロルたちは土嚢のように積み重なった同胞の死体を越えて攻撃を仕掛けてくるが、恐れをなして背を向ける者も出はじめた。
「行けっつッテンダロ!」「臆病者はいますぐ死ねぇ!」「前進前進前進前進ンンン!」
森の境目で号令をかけ続ける大柄のトロルたちは、左右に控える弓兵に命じて遁走者を次々と射殺し、尻込みする兵士たちを戦場へと追い立てる。
「合図シロ!」
痺れを切らした大柄なトロルが命じると、戦笛が鳴り響いた。
間もなくして、森の中でバキバキと音が鳴り、木々が大きく揺れはじめた。森を掻き分けながら姿を見せたのは、オーガの倍ほどもあろうかという大きさの重装トロル3体だった。加えてこれまでの総数を上回る雑兵の大軍が姿を現し、森の外に布陣していたトロルたちと合流しながら雪崩を打って進撃を開始した。
「一体どれだけいる!」「刃がもたんぞ!」
予想を遥かに超える大軍を前に、さすがのオーガたちも動揺の色を見せた。
◇◇◇
フロンがバァバを訪ねると、驚くことにドゥナイ・デンはすでに防衛体制を整えていた。
城壁の類が存在しない集落には、360度どこからでも侵入できる。もっとも戦場に近い東の玄関は、フロンが知るなかで最強のドワーフ、バグランが守るという。北寄りの酒場付近はトンボ、南寄りはバァバが判を押すバーバリアン。そして集落の中心、修道院から西側は、アンナと彼女の弟子であるウッドエルフに任されていた。ほか、腕の立つ数名の住人と、ダンジョン漁りのハンターたちが遊撃隊の名乗りをあげているという。
「非戦闘員はどうする」
フロンが問うと、バァバは集落の北東を指した。
「アッチにちょっとした砦みたいなものがある。避難防衛には丁度いい……ヒヒ」
「ならよいが」
「アレコレ心配するなんて、らしくないね」
「念には念を、だ」
「ま、これだけ面子が揃ってりゃここはどうにかなるよ。本当に援軍はいらないのかい?」
「ああ。オーガの
フロンは決意を変えず、同じ回答を繰り返した。
「ヒヒ……相変わらずのモットー。だけどね、片意地張って死なれたらコッチが困るよ」
「我々はそうやって生きてきたのだ。オーガは他種族に何かを求めない。トロルと一緒くたにされて忌み嫌われ、どこに行っても人喰いだのと石を投げられるようになってからはな」
「そうやってスネて辺境の火吹き山に篭って数百年……。先代やお前さんみたいに進歩的なオーガが生まれて来たことには意味があるのかもしれないね……クク」
「どうだろうな」
フロンは鼻を鳴らし、重く低い声で続ける。
「ビコスが別働隊を送るなら、東からほぼ一直線に攻めてくる可能性が高い。途中にルカとホーゼを待機させている。コソコソと南北を迂回してくることは考えにくいが、いずれにせよふたりが対処する」
「アイアイ。ま、死んだらすべてがパーだからね。用心しとくれ」
「わかっている」
フロンは鎖の手綱を手繰り、ドラゴンタートルを
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