『ホビット vs ホビット』6/6

 決闘の日の夕方。ふたりの戦いを称える宴会がニューワールドで開かれた。賭けに大勝して気をよくしたセラドが費用の大半を持った。宴会中、勝者のプヌーはドゥナイ・デンを去ることを打ち明け、宴会の終わりとともに惜しまれながら旅立っていった。


 はやめに店仕舞いしたニューワールドに、バグラン、トンボ、ヘップ、セラド、バァバの5人が残っていた。背中を痛めたヘップを労ってか、バグランとトンボが何も言わずに後片付けを買って出ていた。

 だらりと椅子に腰掛けて葡萄酒をラッパ飲みするセラドが、ヘップをジロジロと見つめている。珍しく人前でエールを味わっていたヘップは、気まずさに耐えきれず問うた。

「オイラの顔に、なにか」

「……いやさ、ヘップくんが盗賊団の次期団長サマだったとはなぁ。しかもボスの暗殺に巻き込まれて単身逃避行ときたもんだ。人は見かけによらねーぜ」

「ヒヒ……アンタだってワルぶってるけど、イイとこの吟遊詩人だったんじゃないのかい?」

 バァバの不意打ちに動揺したセラドが葡萄酒をこぼし、ふたりのたわいない言い争いがはじまった。浮かない心持ちでその様子を見ていたヘップは、意を決して声を張る。

「違うんです! 違う……」

 全員の手が止まり、視線が集まる。ヘップは続けた。

「オヤブンを殺したのは、オイラです」

「は?」

 セラドの顎が外れんばかりに開いた。

「プヌーに語ったことは嘘だったと?」

 カウンターの向こうからトンボが問うた。ヘップは神妙に頷いた。

「はい。あの日……オイラはオヤブンに直訴したんです。弱い者から奪うのはやめてくれ、って」

「弱い者? ナモンの団ってのは悪事で肥えたアホから奪うんだろ」

 セラドが理解不能と言いたげに頭を掻いた。

「もとは、そうです。でもオヤブンはそれだけじゃ満足できなくなっていた。悪事の被害者から救済金と称して金品を巻き上げて。気に入った女がいれば無理強いして。助かったのは誰のおかげだ、密告したら潰すぞ、そうやって脅していたんです。……オイラだけが気づいてしまった」

「クソ野郎だな。気づかねー団員もアホか」

「ナモンの団には掟がありました。団員は人前に姿を見せるべからず。何も知らぬまま、大成功だと浮かれて次の場所、次の場所へ」

「脅されようと黙っちゃいねぇ被害者もいるだろ」

 セラドの疑問に、ヘップは深く頷いた。

「それを揉み消していたのがジョウの一派なのだと、あの日オヤブンのコテージに入って察しました。ジョウ一派の腕利きが3人、ニヤニヤと酒を飲んでいました。オヤブンはオイラとプヌーに秘密を明かすことで、試そうとしていた」

「義賊集団ぶってますが実はでかいクソの塊です、一緒にどうだい? ってか」

 セラドの反応はもっともだが、ヘップは悔しいような、悲しいような気持ちに襲われた。

「むかしは……オイラやプヌーがガキのころは、ぶっとい芯が一本通った立派なオヤブンでした。育ててくれた恩は今も忘れていません」

「で、ひでぇヤツだとわかって殺してやろうと」

「あの日は、お願いするつもりでコテージに行きました。オイラは知ってるんだ、被害者をいたぶるような真似はやめてくれ、って……」

「ハイわかりました、とはならず殺し合い、と」

「オイラがここでどうにかしないと、次はプヌーが……そう思うと」

「カーッ、言やぁいいじゃねぇかプヌーによぉ、とオレなんかは思うわけだが、まあ、当事者にしかわからねぇことってのはあるよな」

 セラドが黙り、店内が静まり返る。

 しばらくして沈黙を破ったのはトンボだった。

「自業自得。悪いのはその腐った団長。私はそう理解した」

「うむ。そんな昔話どうでもよかろう」

 同意を示したバグランは、汚れた食器を大量に抱えて厨房との往復を再開した。セラドも立ち上がり、俯き加減のヘップの肩に腕をまわす。

「なぁヘップくん、いやヘップよぉ……」

「はい」

「はい、とか、かしこまらなくていいぜ? オッスでいこう。オッスで。今度さ、オレが潜るときに付き合ってくれよ。腕利きのシーフがいりゃあ金策ペースも倍々の倍よ。貧しき哀れな男を救うと思って、な?」

「え? いや、それは」

「あー左手が疼くなぁー、うまく力が入らなくて剣を落としてひとりで死ぬのかなぁオレ」

 セラドが義手をプルプルさせながら天井を仰ぐ。

「そう言われても……」

 ヘップは困惑しながらバグランとトンボを見た。セラドの酒臭い声は確実に届いているはずだが、経営者のふたりは黙って片づけを続けていた。セラドはさらに顔を近づけて、ヘップに囁いた。

「ホラホラ。おっかねぇオオカミ男と頑固なドワーフもオーケーってさ。どうせヒマな店なんだからよ。サボっても問題ねーだイテッ!」

 木製の器がセラドの後頭部に直撃した。

「おっとスマン、手が滑った。ヘップ。休暇が欲しいときは遠慮なく言え」

 バグランはそう言い残して、厨房に消えていった。


◇◇◇


「決闘だとか言ってお前さんが首を突っ込んだ理由がわかったわい。まさかヘップに目をつけておったとはな」

 バグランが大きな鼻を鳴らして、バァバの横顔をジロリと睨む。

「ヒヒ……どうだったかね。最近物忘れがひどくて」

「フン、とぼけよって……。プリースト、バード、シーフか。あと3人は必要だ」

「そういや、フロンがここに向かっているとさ」

「フロンが? 国政をほっぽり出してわざわざ何の用だ」

「さぁ……手塩にかけてきたのお披露目、とか? クク」

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