『テンガチ探検隊』3/5

 早々に仲間をふたり失った探検隊だが、幸いにも徘徊モンスターに遭遇することなく一本道を抜けることができた。

 小休止を命じたテンガチは、座って足腰を休めながら、前方、突き当たりをどちらに進むべきか考えていた。左か、右か。予想以上に疲労の蓄積がはやい。死んだふたりが持つはずだった荷物が、分担したとは言え重くのしかかっているのだ。凄惨な光景を目の当たりにしたことによる心労も、これまで経験してきた探検の比ではなかった。

「スカイ、酒場のならず者は北東と言っていたな?」

 テンガチは探検帽を脱ぎ、手櫛でシチサンを整えながらスカイに確認した。スカイは記録してあった紙をめくり、

「そうですね。6階から階段で降りて、北東エリアに行けば簡単に見つかる、と」

 酒場での発言を読み上げた。

「そうか。……オイちょっと待て。6階から降りて?」

「そうですね。6階から階段で降りて、と」

「階段で?」

「そうですね。階段で」

 紙をひったくって確かめる。

「クソ……クソ、クソクソクソ……!」

「また下痢ですか?」

 テンガチは頭をフル回転させた。


(落ち着け、リーダーの私が冷静にならなければ。考えろ。階段で降りて北東。では場合は? 階段とリフトが近いとは限らない。階段を探すか? いや、1階の階段とここの階段が同じ座標にあるとは限らない。素直に泉を探すべきだ。ロケート位置感知魔法はどうだ? 始点はダンジョン入り口だからリフトの……ああ、彼女メイジは死んだのだ。ならばコンパスで……いやダメだ。階段から北東。リフトから見れば北かもしれないし東かもしれない……アー! もうワカラン!)


「隊長……変です」

 ランタンをかざして分かれ道を覗き込んでいたプリースト隊員が、声を震わせた。

「ん? 変とは?」

「真っ暗なんです」

 テンガチは発言の意図がわからず、重い腰を上げてプリースト隊員に近づいた。

「真っ暗って、ダンジョンだからそういう場所もあるだろう。そのためのランタ……」

 分かれ道を覗き込んだテンガチは、意味を理解した。右の道も、左の道も、ランタンの光が前方に。まるでそこから先には何も存在しないかのような暗黒。恐る恐る手を伸ばすと、手首から先が切除されたように完全に見えなくなった。

「わっ!」

「ダークゾーンってやつですかねえ」

 スカイが間の抜けた口調で呟いた。

「お前、知っているのか? ダークゾーン?」

「ハイ。ダームのアカデミーで習いました。完全なる闇で対象の精神を崩壊させる、って授業だったかなあ。幻覚じゃなく、光が届かない場所を局地的に作り出す方法があるんですよ。ボクは出来ませんけど。それより、なんだか空気が冷たくないですか? ……エッキシ! 風邪ひいたかな」

「ダークゾーン。ふむ、なるほど。危険には違いないが……これはチャンス」

「は? チャンス? 何が」

 プリースト隊員が、口を開けたまま首を傾げた。眉間に深い皺、言い方に棘もある。仲間が不安的な時こそ、リーダーシップが必要だ。

「いいか、ピンチはチャンス、チャンスに変えられなくともチャンスに変えろ、だ。こうも真っ暗なら……敵もこちらが見えないだろう。つまり慎重に歩けばよいだけだ。とりあえず直進してみて……その先に泉があれば儲けもの。駄目そうなら反対の道を試す。これを掴め」

 テンガチはリュックに吊るしていたロープをほどき、ふたりに握らせた。

「とりあえず北東に近そうな予感がする右の道に進んでみるぞ。はぐれたら終わりだ、ロープは絶対に離すなよ」

 テンガチを先頭に、スカイ、プリースト隊員の順で縦一列になる。

「せーの、でいくぞ。はい、せーの、イチ、ニ、サン、シ、」

 ダークゾーンに入った。何も見えない。だが道はある。テンガチは恐怖を追い払うように大声で号令を出す。

「イチ、ニ、サン、足並み揃えろ! せーの、イチ、ニ、サン、シ、イチ、ニ、サン、シ、イチ、ニ、サン、シ、イチ、おっ、ぬわっ!」

 ダークゾーンは思いのほか短かったものの、視界が戻ったテンガチは信じがたい光景に硬直した。

「いてっ」「ちょっと、急に止まら――」

 玉突きを起こしながらダークゾーンを出たふたりもピタ……と動きを止めた。数メートル先、薄水色の巨人が胡座をかいて通路を塞いでいる。霜だらけの全身から氷煙を立ち昇らせ、何かの骨を夢中でしゃぶっている。

「あれは……フロストジャイアントですかね」

 スカイが耳打ちした。

「お前、知っているのか? フロスト?」

 テンガチも声を殺して聞き返す。

「ハイ。ダームのアカデミーで習いました。巨人系モンスターの一種で、全身から凍てつく冷気を発しているとか」

「なんだそれ……さがれさがれさがれ……」

 テンガチは尻でふたりを押しながら後退り、ダークゾーンに戻った。

「あれは無理だ。後ろにターンするぞ。ロープを持ち替えながら右回り、ハイ、せーの」

 3人は同時に180度ターンした。今度はプリースト隊員を先頭に、スカイ、テンガチの縦一列。

「よし。ロープは持っているな? 静かに走れよ。道は一直線だった、ホラホラいけいけイチニーだ」

 ロープが張った。テンガチも走った。

「イタッ!」

 プリースト隊員の声が聞こえた。

「わ、大丈夫ですか?」

 スカイが急停止する。どうやらプリースト隊員が転んだらしい。

「気づかれるぞ早く起き上がれ、もうイチニーはいいから走れ走れ、ほれスカイも行け」

 急かしながらスカイの背中を押すとロープが張った。

「いけいけいけ」

 探検隊は走った。ダークゾーンはもう終わる頃だ。

「うそ、ちょっ、ゲ」「おおっと」

 プリースト隊員の嫌な声とスカイの驚く声、そして急停止したスカイの背中にぶつかった衝撃とダークゾーンを抜けた明るさでテンガチは混乱した。

「あー」

 スカイが地面を覗き込んでいる。どうやら穴があるらしい。テンガチも近づいて穴を覗き込んだ。びっしりと針の山……全身串刺しにされたプリースト隊員が、うつ伏せの状態で絶命していた。

「は? ピット落とし穴? なんだ! これは! どういうことだ! こんな罠、さっきまでなかったじゃないか! ふざけるな!」

 テンガチは何とか正気を保とうと感情剥き出しで絶叫した。

「うーん、回転床、ってやつですかねえ」

「回転床? お前、まさか知っているのか?」

「ハイ。ダームのアカデミーで習いました。対象の方向感覚を狂わせる、って授業だったかなあ。床が実際にクルクル回るわけじゃないんです。でも本人は無意識に向きを変えちゃう。そんな場所を局地的に作り出す方法があるんですよ。十字路や森の中でやるとさらに気づかれにくく……だっけ。よく覚えてないです」

「そういう情報は先に知らせておけ……!」

 テンガチは眉を吊り上げて睨んだ。スカイは口を尖らせた。

「ダンジョンにあるなんて思わないですよ……でも同じような景色が続くダンジョンなら効果抜群ですね」

「他にもサイオニックとして忠告できそうなことがあれば言ってみろ」

「んー……んー思い出せないです。実際に見ると思い出すんですけど」

「それじゃ遅いんだよ先に思い出せこの役立たず! なにがダークゾーンだ! なにが回転床だ! それになんだあのデカくて冷えたバケモノは!? 巨人伝説か! 探検につきもののモンスターと言えばスライム! コボルド! デカイ蟻! デカイ蛾! デカイ蜘蛛! そういう奴だろう!」

「いろんなを作り置けるのがサイオニックの特技ですけど、まだ学んでないですし……本で読んだだけなのでパッと思い浮かばなくて。ボクはちょっとしたスペルと、コレくらいしか。ハイ、出来ました」

 スカイは串刺しになったプリースト隊員の写しを見せて、物悲しげに微笑んだ。


◇◇◇


 どうやら回転床の方向は毎回ランダムで決まるようで、いくら「真っすぐ進む」と念じても、もとの場所になかなか戻れなかった。巨人、ピット、巨人、ピット。そして5回目のトライで、これまでとは違う場所に出た。テンガチは躊躇わず「ゆくぞ」と宣言した。どこをどう歩いても安全など存在しないと分かってきていたが、それでも出来る限りのリスクを排除しようと努めた。むやみに扉を開けず、長い一本道は避け、曲がり角は飛び出さない。体液や体毛、排泄物など、モンスターの痕跡らしきものにおそるおそる触れて状態をたしかめ、慎重に道を選ぶ。2度目のダークゾーンは初回の反省と探検家魂とエイヤで上手く切り抜けた。道中のすべてにおいて、探検家として長年積み重ねてきたテンガチの知識と経験が少なからず活かされたと言えた。そして、かなりの距離を無事に歩いたふたりの視界が一気に開けた。

「わぁ……」

「こりゃ凄い。想像以上だ」

 大きな泉が広がっている。空間の広さとしては、メンデレー王国が見世物にしている大闘技場と同じくらいだろうか。天井の高さも、これまで通ってきた場所の倍ほどある。青白い光に照らされた水面は澄んでいるが、深さは分からない。ここがただの水たまりではなくであることは、ところどころから湧き出している水が水面をモコモコさせる様子からして、間違いないと言えた。

「明るいな……この青白く光るタマはなんだろうか」

 テンガチの顔ほどの大きさの球体が、あちこちでフワフワと浮遊している。息を吹きかけてみると、火のように揺らめきながらゆっくり向こうへ飛んでいった。

「生き物ですかねえ? 綺麗だなあ」

「触るなよ。なにが起きるかわからん……殺人ハムスターで懲りたろう。念写、しっかり頼むぞ。構図を変えて何枚か……ここは重要だからな」

「お任せをー」


(ついにここまで来たぞ。覚悟しろドゥッシー……!)


 テンガチは、か細くなっていた探検魂の炎がフツフツと再燃するのを感じながら、幻想的な泉を見渡した。

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