『テンガチ探検隊』4/5

 スカイが泉の念写を済ませたあと、ふたりで顔を洗った。よく冷えた水のおかげで身も心も引き締まった。酒場のいけすかない男の言葉を信じて一口啜ってみると、いままで飲んだどの水よりも美味かった。水の力で体力が戻ったような感覚すら覚えた。からっぽの水筒を、泉の水で満たした。ほとりの岩場に腰をおろして、貴重な携帯食料をかじりながら、腹一杯になるまで水筒の水を飲んだ。からっぽになった水筒に、また泉の水を補充した。そして、あっという間にやることがなくなった。

「出てこないですねえ。ドゥッシー」

「ああ……」

 水面にポコポコと気泡が浮かんだ。はじめのうちは毎回身構えていたが、いまはボンヤリと眺めるだけ。

 ひたすら待つしかない状況。だが、テンガチには気になっていることがあった。泉のほとりに立てられているの内容である。


『飲水自由 力が湧く。水を汚す者、釣りをする者、泳ぐ者は殺す』


(素人目線で読めば、冒険者みんなでここを大切に使いましょうというメッセージ……。だが釣りや泳ぐことはなぜ駄目なのか。殺すなどという脅し文句まで使って……。ドゥッシーの存在を隠そうとする何者かが設置したのかもしれん。水底に抱えきれないほどの財宝が隠されている可能性も……)


「おい」

「ハイ?」

「潜って様子を見てくる。ここで待て」

「え、殺されちゃいますよ」

「誰に」

「え? 泳ぐな、って看板に……」

「ここに誰かいるか? 誰が私を殺すんだ? なぜ駄目なんだ。こんなに広い泉で、水はどんどん湧き出ているんだ。多少バシャバシャやったって飲めなくなるわけじゃないだろう?」

「うーん……」

「私の勘が言っている……あれはハッタリだとな。ドゥッシーの存在を秘密にしたいどこかの誰かの」

「なるほど……」

「灯具が必要だな」

 テンガチは、手ごろな大きさの浮遊発光体に狙いをつけ、探検帽でそっと捕獲した。防火仕様の探検帽ならと思ったが、火のようで火ではないのか、引火する様子はなく、触ってみても熱くない。肌着でくるむことにする。ヒモでくくり、慎重に水に浸けてみる。驚くべきことに、消えることなく水中を照らしている。いい感じの携帯水中照明が手に入り、テンガチは運気の高まりを感じた。ロープの束を取り出し、先端を左手に巻きつけ、残りの束をスカイに渡す。

「絶対に離すなよ。合図を送る。私が2回連続でグイ、グイ、と引いたら、ゆっくり浮上するよ、だ。急浮上は体に悪いからな。お前はロープを持っているだけでいい」

「はい」

「で、グイ、グイ、グイ、グイと4回連続で引いたら、私ピンチです、だ。なりふり構わず全力でロープを手繰り寄せてくれ」

「えー、逆に引っ張られて落ちたら怖いなぁ。ボク泳げないし……」

「ロープの端を、そこのホラ、後ろの岩にでもくくりつけとけ」

 テンガチはスカイの肩をがっしりと掴んで、目を合わせた。

「頼むぞ。命綱だ」

「ハイ……ゆっくり戻るぞ、が2グイ」

「そうだ」

「ボクはなにもしない」

「そう」

「4グイなら全力でロープを引っ張る」

「完璧だ。では行ってくる」

「無理しないでくださいね」

 水辺の岩場に立ったテンガチは、何度か小刻みに深呼吸し、最後に大きく吸って――飛び込んだ。


◇◇◇


(深いな……冷たい……)


 一流の探検家には、さまざまなスキルが欠かせない。息止め大会優勝と寒さ我慢大会優勝の経験を持つテンガチは、この素潜りに自信があった。とくに障害になるものはなく、ぐんぐん潜行していく。水面から差し込んでいた光はすっかり弱くなったが、透明度の高さと手製の水中照明のおかげでかなり先まで見通せる。


(底が見えたぞ……ん? あれは……人影?)


 テンガチは目を疑った。泉の底に、全裸の男が。小難しそうに腕を組み、何かを眺めているようだった。あり得ない光景に戸惑っていると、目の前を巨大な物体が猛スピードで通過した。水中照明の光が一瞬、大きな魚眼に当たって――


(ドゥッシー!? ウゴボボボ)


 直後に襲ってきた激しい水流に巻き込まれて全身が回転し、テンガチは方向感覚を失った。ロープをとっさに引こうとしたが、ウッカリ離してしまったらしく手の中にない。こういう時は冷静に力を抜いて……と周囲を見回すと、高速で泳ぐモンスター級の魚――そしてその魚にしがみつくふたりの男が、魚に突きや蹴りを入れている姿が見えた。


(な……やはりこいつらドゥッシーを!? ああ息が……さっき驚いたせいで……もうダメだ、水もしこたま飲ん……死……男テンガチ、享年93歳、探検家。長寿のドワーフとしては早すぎる死であった……)


 気持ちは諦めても、体は無意識に水面を目指して足掻いていた。


(おや……)


 水面からこちらに潜ってくる男の顔が見えた。スカイだ。頬袋をパンパンにしたリスのような顔のスカイが、がむしゃらに手をバタバタ動かしてテンガチに手を差し伸べた。だがその手は、掴むには遠すぎた。


(バカモン……泳げないくせ……に……いいから戻れ……)


 限界に達したらしいスカイが浮上してゆく姿が見える。


(そうだいいぞ、戻、れ…………)


 ――テンガチの意識は途絶えた。

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