『正体不明の存在』6/6

 一夜明け、魔物討伐の話を聞いた夫婦はバラックエリアの仮住まいに向かっていた。

「しかしあのバケモノを倒しちまうとはな」

 パパレンジャーは、あたりを見渡しながら言った。昨晩の戦闘地点に近いボロ小屋のいくつかは、台風に巻き込まれたように薙ぎ倒されている。

「この集落の住人がバケモノに見えてくるわ」

「遺体、無事だといいが」

「荷物がコソドロに盗まれていたら人生設計が……」

 大股で歩く妻の歩調がいっそう速くなる。

「きっと無事さ。換金してゆっくり暮らそう……」

「あなたはいつもそうやって楽観的に! ……あっ、ねえ、あれ!」

 妻の視線の先に、息子に授けたカタナが落ちていた。

「おお! あれは」

 パパレンジャーは全力で走った。

「よかった。形見にしよ……ん?」

 拾おうと腰を曲げて、カタナの横に指輪が落ちていることに気がついた。

「指輪……しかもでっかい宝石がついてる」

「なに? なにそれ! ちょっと貸して」

 妻がひったくるように奪って、日の光にかざした。

「きれい……。しかも私にピッタリ」

 指輪をはめて、妻はニッコリ笑った。パパレンジャーは訝しんだ。

「なんでこんな所に指輪が」

「知らないわよ。神様からの贈り物じゃない? ふさぎ込んでいる私への」

「そうかなぁ……あっ! えっ?」

 地面に寝ていたカタナが、まるで何かに引っ張られるかのようにスルスルと動き出した。

「なんだ、クソ、まて」

「ちょっと、なに? はやく拾って! 高く売れるのよ!」

「売るだと!? クソッ、勝手に動いて、この、逃げるな、お前も手伝え!」

 ふたりで中腰になって追いかける。カタナが止まり、掴めそうなタイミングで逃げられる。また追いかけて、また逃げられる。中腰のままふと顔を上げると、前方に廃屋があり――その入り口からニョキリと突き出る皺だらけの手が見えた。

「アンリーシュ」

 ふたりに向かってかざされたその手が白く発光し――妻の指に嵌められた指輪が、同調するように眩い光を放った。

「おい、その指輪」「まぶし」


 けたたましい爆発音が大気を震わせ、ドゥナイ・デンに響き渡った。


◇◇◇


 窓から差し込む日差しでベッドは暖かく、柔らかくて、いつまでも横になっていたい。もうすこし眠りたい、と目を閉じようとするたびに、傍らにいる3人の女の子がちょっかいを出してくる。ほかにも真っ赤な瞳のエルフ、灰色のフードを被ったお婆さんがいて、とくにテレコと名乗ったハーフリングの女性が心配してくれているようだった。

「大変な目に遭ったんだろうね……声が出ないことも聞いた。でも特別扱いしないよ! うちの娘らより大きいんだ。お兄ちゃんとして宿屋の仕事をキッチリ手伝ってもらうからね! ハハハ」

 テレコの優しい表情が、もうこの世にいない母の面影と重なる。

「名前はジャン、だそうだ。声が戻るかどうかは、まだわからない。今は筆談や手話の練習をしておくといいだろう」

 真っ赤な瞳のエルフがお医者さんのように言った。

「ジャン。いい名前じゃないか! 何日か様子を見たらここを出られるって話だからね。それまでしっかり休むんだよ? ウチの家族が楽しみに待ってる」

 ジャンはおそるおそる頷いた。家族。いい言葉のはずなのに、あのおそろしい3人のことが浮かんでしまう。

「ヒヒ……安心しな。アイツらはもういない」

 お婆さんがこっそり囁いて、カタナを枕元に置いた。ジャンは、目を丸くしてお婆さんを見た。彼女は「そうだよ」と頷いて、部屋を出て行った。


◇◇◇


「容体は」

 バァバが診療所を出ると、バテマルが声をかけてきた。軒先のベンチに座っていたバグランとトンボも腰を上げる。「ガキは苦手」と言ってセラドは姿を見せないが、犯人を探すために集落で聞き込みをしていることは皆が知っている。

「問題ナシ。心配だった精神面もね。心の傷が癒えるには長い時間が必要だろうけど」

「そうか」

 バテマルは微かに安堵の色を浮かべたあと、

「今朝、あの時の夫婦が訪ねて来たぞ。あんたの指示どおり、魔物は倒したとだけ伝えて子供のことは伏せておいたが」

 と添えて、真意を探るような目を向けてきた。

「ヒヒ……おかげさまで片付いたよ。さ、アタシも店に戻ろうかね」

「片付いた? まさか」

 バグランが、片眉を上げてバァバを見た。その隣で何度か頷いていたトンボが、おもむろに口を開いた。

「因果応報……私の故郷の言葉だ。善い行いは善い結果を、悪い行いは悪い結果をもたらす」

「ヒヒ……いい言葉。海の彼方、ヴィ・フェン……行ってみたいねぇ。美しい自然とブシドー精神ってやつに満ち溢れた素晴らしい国と聞く」

「フン。今は戦乱が絶えぬ……血生臭い場所でしかない」

 トンボは遠くを見ながら呟いた。

「ヒヒ、それはそれで興味をそそられるね。儲かりそう」

「商売人め」

「思いのほか楽しくってね、武具屋」

「では武具屋のバァバよ、シャツとベストの手配をまた頼めるか? もっと丈夫なやつを」

 トンボの依頼に、バァバは深々と頷いた。

「ヒヒ……マイド。お安い御用さ」

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