11『セレンの戦い』

『セレンの戦い』1/2

 ドゥナイ・デン。

 武具屋の裏に建てた大倉庫の中で、バァバはひとりほくそ笑んでいた。

「ヒヒ……さすがだね。頼んでまだ8日だってのに」

 道具類の調達を任せたイノックとイラッチは、商人のツテとフットワークの軽さ、そして10000000イェンという莫大な資金を武器に、上等な品を次々と買い揃えている。……とはいえ、目録はあまりにも多い。目を回した兄弟は信用できる運び屋を数名雇い、なんとか期限に間に合わせようと東奔西走してくれている。

「おやおや」

 気配を察知したバァバは青碧色の小瓶を木箱に戻し、戸口の方へ振り返った。

「バァバ殿ぉー!」

 杖に跨ったホーゼが、急ブレーキをかけながら倉庫に滑り込んできた。

「ちぃっこい体でよくそんな大声が出せるね。なんだい、死人みたいに青い顔して」

「ゲ、ゲゲ、ゲートでセレンの里に飛べますかな? 飛べますな? グループゲートが必要で!」

「アー?」


◇◇◇


 遡ること数刻。


 温暖な気候と風光に恵まれたカナラ・ロー大陸の東南東、人里から遠く離れた草深い地に、征服者も放浪者も寄りつかぬ黒い森がある。しかし大空を翔る鳥であれば、その森の中心に存在する小盆地――光と土と水に恵まれた肥沃な土地に気づくことができるだろう。


「目視できませんでした。気配も無し」

 偵察から戻ったヘップは、焚火を囲む仲間たちに混じって腰を下ろした。黒い森と盆地の境に張ったこのキャンプから、セレンの里までは目と鼻の先。話し合いの結果、攻撃は早朝と決定している。

「ホッホ。ヘップ殿ですら索敵できない、となると……」

「ジーラさんが言うとおり、地中に潜んでいそうですね」

「アタイが叩き起こせばいいんだろ」

「ヘップさんどうぞー。しっかり食べて、寝て。備えましょー」

 サヨカが鍋からスープを掬い、干し肉を添えてヘップに手渡した。

「本当は足でも生えてんじゃねーのか? で、もうここらにはいないとか……」

 セラドは言いながら葡萄酒の瓶を逆さまにし、最後の1滴、2滴を舌で受け止める。

「完全には否定できませんが……」

 ジーラは弱々しく答えて、隣のフェルパーに視線を送った。同行したヴァルキリー隊――ジーラを含む5名のうち、先の戦の経験者はひとりしかいない。ジーラより一回り年を重ねている聖女戦士が頷き、ヘップたちに詳しい説明をはじめた。

「張り巡らせたの範囲でしか行動できないという点は、魔屈に棲息する同小型種も同じであった、そう女王から聞いています。もし遠くまで移動できるなら、あのとき――私も逃げ切れずに死んでいたでしょう」

 フェルパーの顔が屈辱に歪む。

「ふん」

「ヒュドラープラントは蛇竜だりゅうであると同時に、植物なのです。セレンの泉の近く……最も恵まれた土壌の力を餌に異常な大きさへと成長したのでしょう。奴は自分にとって外敵と言える私たちを殺しますが、 ほとんどは捕食せずに弄ぶだけ。昆虫や小動物には見向きもしません。奴をあそこまで成長させた力の源は、やはりセレンの大地と考えるべきです。万が一進化を遂げて足が生えたとして、わざわざ離れるものなのか」

「で、遠距離からチクチクやろうとすると地中にひっこんじまう、と」

「はい」

 決死隊が近接戦闘で気を逸らし、遠距離から本命の攻撃を浴びせる。3度目の遠征におけるその作戦は、ジーラの母の一撃を除き全て失敗に終わったと言う。

「ふーん……。ま、いたらいたでブッ殺すだけの話……ってことで、神様サヨカ様、もう一瓶お恵みを」

 セラドはそう言ってサヨカに向き直り、拝むようなポーズで懇願する。

「だ、め、で、す。これ以上飲んだらお酒が抜けませんよー」

「抜けてない方が剣が滑らかに……」

「だーめーでーす。最後の1本。私がプラチナムで買ったお酒ですよ? 祝杯にとっておきます」

「チッ」

「あー! また舌打ち。体を心配してるんですよー!」

「アーハイハイ。感謝感謝。……トビーの船から2,3本くすねてくりゃ良かったなぁ」

 トビーは同行を強く申し出たが、ヘップたちがそれを許可しなかった。トビーがビスマで垣間見せた能力の高さは、皆が認めている。しかし5人は、彼の戦闘スタイルやモンクの特性を知らない。ぶっつけ本番の大勝負における連携の乱れは、死を招く。


◇◇◇


 仮眠中は、ヴァルキリー隊が交代で見張りに立った。弱点の問題によって戦闘への参加を断られた彼女たちは、「少しでも役に立てることがあれば」と率先して雑用をこなしてくれた。


 夜と朝の間にある青黒い時間が終わり、白い光が勢いを増している。潤んだ空気。遮る物のない平野。左右に広がる荒れ放題の畑。中央を射貫く砂利道は、いまもかろうじてその存在を主張しており、その先にぽつぽつと見える木造家屋は、遠目からも腐朽していることが分かる。

 装備の点検と作戦の再確認を終えた戦士たちが、横一列に並ぶ。視線の向こうの景色をしばし眺める。

 列から数歩前に出たヘップは、振り返り、4人の顔を順に見ながら説明する。

「オイラが先導します。道なりに集落に入ると、いま見えているよりも多くの建物があります。触れば倒れるようなモノもいくつかあったので注意してください。そこからさらに150メートルほど奥に進めば、泉が見えてきます」

「私たちも、お伝えした場所で待機します」

 ジーラの言葉に、ヘップは小さく頷いた。ヴァルキリー隊の5名は直接戦闘に参加しないが、戦闘開始後に、接近限界ライン――彼女たちが過去の戦いで把握した安全圏との境界線まで移動する段取りになっている。彼女たちは、戦闘が長引いた場合の回復支援と道具支援を申し出ていた。ただし、ヴァルキリーが使うヒールスペルの射程は非常に短い。それを知らされたヘップたちは、彼女たちの申し出を受け入れる一方で、内心覚悟していた。助けを求めてわざわざ後退するような状況は、不利を通り越して敗戦が濃厚であることを意味する。この戦は5人で成し遂げる覚悟が必要だった。

「では、行きましょう」

 4人が頷く。ヘップは踵を返し、一歩を踏み出す。

「ミーニルよ、彼らをお守りください」

 フェルパーたちの祈りの声を背に、5人はセレンの里へと向かった。


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