『モリブ山のドワーフ』2/5
「ホレ、お目当てのブツが見えてきたぞ」
バテマルは、バグランが指し示した先に目を凝らす。
斧の門の位置から推測するに、地下王国の一番奥。その壁の中腹から、溶岩が滝のように絶え間なく流れ落ちている。そしてその手前に、巨石を数段積み敷いて作られた祭壇のようなものが見えた。祭壇の上には、ドッカリと鎮座する鈍色の物体。棺のように長方形で、バーバリアンが横たわってもなお余るほど大きい。
「あれは……まさか金床?」
「うむ。モリブのドワーフはあれを『グレート・フォージ』と呼ぶ」
「あれほどのものは見たことがない……」
「あそこで作られたユニーク、マジック装備は数知れず。素材の組み合わせと力を吹き込む腕によるが、奇跡的に生まれたレジェンダリー・アイテムもひとつやふたつではないぞ? かつてはそれらを纏った戦士たちが厄災と……ああ、厄災ってのはな……って、オイ」
バテマルは、無意識に歩調を早めていた。
一歩、一歩と石段をのぼり、そっと金床に触れる。表面には古代エルフのものと思われる文字と文様がいくつも刻まれており、その一筋一筋が金色の光を放っている。
「それはハイエルフが施した印だ。タリューの森を出た物好きが数名、ここを掘っていた時代にやって来て、知恵と技術を貸してくれたと聞いておる」
「水と油の関係では?」
「そういう面もある。エルフがハイエルフだったころは、自尊心が山よりも高くてな。ドワーフはドワーフで頑固者には違いないが」
「分かり合える側面もあった、と」
「ま、そういうことだ。そのおかげでグレート・フォージが生まれ、さらにコイツからは最高の武具が生まれた。ゆえにモリブのドワーフはそういった種族間の関りを重んじておる」
バテマルは説明を耳で受け止めながら、金床の傍ら、道具台に並ぶ品々に手を伸ばす。いずれもミスリル製で、長く使い込まれた物だがよく手入れされており、すぐにでも仕事に取り掛かれるよう整頓されていた。
「炉は……上から流れ落ちてくる溶岩の熱を無駄なく使える仕組みか。水は地下水を引き込んでいるのか?」
「うむ。……どうだ? お前さんの仕事を遂げるにはここ以上に適した場所はなかろう」
「最高の環境だ」
バテマルは深く頷き、飽きることなく隅から隅まで熟視する。
「まあまあ、そう焦るな。着手は明日だ。紹介せにゃならん男もおる。さあついて来い。まずは昼飯がてら一杯やるとしよう。……モリブで酒は断れんぞ?」
厳めしい顔を緩めたバグランが踵を返し、軽い足取りで歩きはじめた。
◇◇◇
「カーッ、久しぶりに飲む故郷のエールは格別!」
大きなコップを3秒で空にしたバグランは、三つ編みの赤髭に泡をたっぷりつけながら満面の笑みを浮かべた。
昼時にも関わらず、広い店内で大勢が酒盛りをしていた。バグランは「昼のエールはもうひと頑張りのための燃料」と言っていたが、「ただ飲みたいだけ」としか思えない。客の輪の中には、人間やホビット、ハーフエルフの姿も見える。皆、バグランの存在に気づいて軽く挨拶を交わすが、客人に配慮してか、図々しくテーブルに近づいて来る者はいない。
バテマルもコップも空にすると、バグランは忙しなく動き回るエプロン姿のドワーフに「もうふたつ」と注文する。
「店は大丈夫なのか?」
「あん?」
「ニューワールド。こうして見ると、この店と雰囲気がよく似ているな」
「ああ、心配ない。テレコの計らいでジャンが手伝ってくれとる」
「ジャン? あの少年か」
バテマルは、シークレットパワーの実験台にされた男児の顔を思い浮かべる。
「そうだ。お前さんが助けたあの少年。まだ声は出ないようだが、ずいぶんと逞しくなった」
「あれは皆の力で助けた……」
「いいや、第一発見者のお前さんが怯んでおったら結果は違ったろう。あんな魔物を相手に大したもんだ。……ま、ジャン少年の憧れはトンボらしいがな」
バグランはガハハ、と豪快に笑ってから、かしこまった顔で続けた。
「それに、ニューワールドの客……ダンジョンに潜ろうというハンターはすっかり減った」
「そうだな」
鍛冶屋も同じだ。
「だがそれでいい。あそこはもうじき血みどろの戦場になる。お前さんも今後の身の振り方を考えておけ」
「私があそこにいる理由」
「ん?」
「ドゥナイ・デンにいる理由は、見極めるためだ」
「ほう……。無駄口が嫌いなお前さんにしちゃあ、曖昧な言い回しだ」
「確かに」
バテマルは僅かに口角を上げて、2杯目のエールを一気に飲み干す。
「お前さんとこうして話す機会、ほとんど無かったな」
「ああ」
「ワシもバーバリアンのことを……お! 来た来た。おいジアーム! こっち! こっちだ!」
バグランが「もう3つ」と注文しながら、野太い声を張り上げて手招きする。店の入り口に、バグランよりもさらに歳を重ねていそうな白髪白髭のドワーフが立っていた。ジアームと呼ばれたそのドワーフは眼帯に隠れていない方の目玉を丸くし、片手を挙げ、目尻に皺を作った。
「よぉうバグラン!」
バグランに負けじと大声で答えたジアームは、ひっつめて後ろで結わえている白髪を左右に揺らしながらずかずかと近寄ってきた。途中で周囲の客に何度も捕まり、何かを言って、客たちが笑う。どうにか2人のテーブルに辿り着くとバグランの隣にドカっと座り、互いの背中をばしばしと叩き合った。
「しばらくぶりだなぁ! 相変わらず辺境酒場でエール作りか? トンボは元気か?」
「うむ。そっちこそ、相変わらず掘っとるようだな」
「おう。離れ山でなかなかよい鉱床を見つけたぞ」
「ほう! そりゃいい。だがこの時間に一杯やりに来るってことは、ジジイ扱いされるのも変わっとらんな?」
バグランに痛いところを突かれたのか、ジアームは不満そうに頷いて極太の両腕を組んだ。
「計画の立案と朝一番の現場指揮だけお願いします、だとよ。ま、昼間っから湯に浸かれるし、こうして美味いエールを飲んで寝転がれるってのも悪くないがな」
「なんだ? ジジイ扱いされすぎて本当にジジイになったか」
言われたジアームはしゃがれ声で笑い、店員がコップを置いた瞬間にその取っ手を掴んだ。
「……で、バグランよ。そちらのベッピンさんがバァバの手紙にあったバーバリアンだな? 酒が乾杯しろとせっついておるぞ」
バァバの手紙。聞いていない。
「うむ、紹介しよう。彼女は――」
「私の名はバテマル。ここの鍛冶場、グレート・フォージを借りに来た」
自ら名乗ると、ジアームは値踏みするような視線でバテマルを見て、満足そうに頷いた。
「面構えも筋肉も気に入った。その背中のビッグ・ハンマーも伊達じゃなさそうだ。しかしミスリルの量が想像以上だな……」
「なぜわかる」
「ニオイでな」
ジアームは大きな鼻を器用に動かし、バテマルの足元に鋭い視線を向けた。バテマルも布袋に鼻を近づけ、スンスンと臭いを嗅いでみる。
「臭い? まだ臭うか? よく洗ったつもりだが……」
「ガッハ! 冗談だ、冗談! なんだ? 洗った? ミスリルをか? 堅物のバーバリアンにしちゃあ面白い奴だな。いいか、ミスリルは強力な魔素を含んでおる。
「ではバテマル、紹介しよう。この男が――」
「ワシはジアーム。ミスリルのことなら何でも聞いてくれ」
「おいお前ら! ワシが互いを紹介してやろうというのにまったく……もう勝手に話し合ってくれ」
「おお拗ねるなバグランよ! モリブ最強の戦士ともあろう男が! さあ、あらためて紹介してくれ。な?」
ジアームは、プイとそっぽを向いたバグランの肩に腕を回し、コップを強引に握らせた。バグランは少しの間のあと、コホンと咳を払い、バテマルを手で示した。
「……彼女は、鍛冶師のバテマルだ。凄腕のシャーマンでもある。目的はバァバの鴉が知らせているな?」
「うむ。簡潔すぎてよくわからんかったが、まあ大丈夫だ」
「ふん。……バテマルよ、このうるさい男はジアーム。ジアームI世。モリブの王だ」
「……王?」
バテマルはポカンと口を開いた。
「ガッハ! 王に見えんか? ジアームと呼んでくれ。ま、飲みながら話をしようじゃないか。さあ! 客人に……乾杯!」
◇◇◇
3人の乾杯と同時刻。
巡回にあたっていた4名のドワーフが、麓の森から猛然と駆け出してきた一頭の巨熊を視界に捉えていた。巨熊の進路からして目標は斧の門。2名が横並びになって大盾を構え、突進に備える。その両翼でもう2名が長柄の斧を握り締め、衝突後に見舞う一撃のために呼吸を整える。
「ちょっと待て、あの熊……体が透けてないか?」
「おい、誰かを乗せているぞ!」
「クソ、どうなってんだ! 止まれ! 止まれー!」
ドワーフたちが混乱しているあいだに距離を詰めた蒼白い巨熊は、敵意が無いことを示すように速度を落とし――4人の前に、静かに伏せた。盾と武器を構えながら恐る恐る近づいてみると、熊の背に……大柄の男が覆いかぶさるようにして目を閉じていた。
「さっき見た客人とそっくりだ。バーバリアンだ」
「死んでるのか?」
「脈はあるぞ!」
「おい! しっかりしろ! おい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます