08『旅』

『旅』1/6

 長大な堀に架かる大きな跳ね橋を渡った5人は、巨人族ですら悠々とくぐれるほどの城門を通り抜ける。

「立派な門ですねぇ」

  ヘップは門を見上げながら言った。プラチナム王国の首都を訪れるのは初めてだ。

「無駄にな。見栄っ張りのバカがやることだ」

 隣を歩くセラドが、咥えていた小枝と悪言を同時に吐き捨てた。

 城壁の内側に足を踏み入れた一行は、目を見張るほど広大な石畳の往来に出迎えられた。両脇には数知れぬ店舗が立ち並び、壁に掛けられたさまざまな装飾看板が店の特色を一目瞭然と示していた。店々は、屋内だけでは足りないと言わんばかりに軒先まで商品を並べており、店主たちは通行人に向かって次から次へと声を上げていた。

「うわぁ、賑わってますねぇ」

 見渡しながら、ヘップは驚きの声を漏らした。背の低いホビットに注意を払う者は少なく、油断していると蹴飛ばされそうになる。

「三大国のひとつだからな。地理的にも恵まれているから、いつもこんなもんだ」

 馬を引くセラドは珍しくもなさそうに言い、人の波を避けるように脇道に向かう。

「まずは馬を預けて、宿を確保。で、はやめの晩飯。オーケー?」

「はい~、お腹すきましたね~」

 サヨカが真っ先に賛意を示した。道中、翡翠色の髪と長い耳を隠していた彼女は、ここでは不要と判断してかフードを脱いでいる。隣のルカは素性を隠すためにフードを深々とおろし、さらにスカーフで口元を隠している。

「買い物はどうしますか~?」

「明後日にはここを発つからな。明日にでもまとめて頼むぜ。道具も食い物もたっぷりな。ここからストロームに着くまではシケた村しかねぇからよ」

「頼む、だと? オマエは何をする」

 ルカが、勇ましい白眉の根を寄せてセラドを睨んだ。

「ひ・み・つ」

「ふざけんなヨ……!」

「ホッホ! 人間の大国は人間ばかりと思っておりましたが、意外ですな」

 すかさずホーゼが話題を変えた。老ノームは、おぶられた赤子のようにルカの背嚢から顔を覗かせて、興味深そうに通行人を眺めている。ヘップも同じことを思っていた。最多は人間だが、ハーフエルフも少なくない。ホビットやハーフリング、ウッドエルフの姿も散見される。

「そのあたりユルイからな。ここで生まれ育ったハーフエルフは結構多いんじゃねぇか。あの壁の向こうは別として」

 セラドは言いながら、都市中央部にそびえる2の城壁を一瞥した。

「あの黒い垂れ幕は?」

 ヘップは、2枚目の城壁に垂らされた大きな黒布を指した。

「お偉いさんが死んだ、って意味だ。1年もメソメソと続けるのさ。民も偲んで生活を慎むべしとか言うけどな。見てのとおり誰も気にしちゃいねーよ」


(お偉いさん……そういえばドゥナイ・デンで……。じきに1年か)


 ヘップは、ある日突然ドゥナイ・デンにやってきたプラチナム王国の王子を思い出した。従者とともにニューワールドで悪酔いし、わずか数日で姿を見せなくなった王子一行。そんなことなどすっかり忘れたころになって、捜索隊を名乗る兵士数名がドゥナイ・デンにやって来た。彼らは形式的な聞き込みをしただけで、遺体捜索のためにダンジョンに潜ることもなく、王国へと帰っていった。

「ここは鉱物の採掘と交易で栄えたと聞いておりますが」

 ホーゼがセラドに質問している。博識で知的欲求の盛んな彼には、見習うべき点が多い。

「ああ。このあたりの鉱山で採れるブツは質がいいからな。武具や農具を仕入れにくる商人も多い」

「随分と詳しいんだな」

 ルカが言うと、セラドは自嘲気味に笑った。

「ガキの頃から詩を習ってるとよ、あちこちの歴史や文化、尾ひれのついた英雄譚……嘘か真かわからねーことに嫌でも詳しくなっちまうのさ」

 セラドは言いながら露店の主人にコインを投げ、葡萄酒を1本手に取った。

「コイツの味は嘘をつかねーから好きなんだ」

「オマエ飲みたいだけだろ」


 ――ここは、カナラ・ロー大陸中心部からやや南西に位置する強国、プラチナム。港町ビスマを目指すセラド、ヘップ、サヨカ、ルカ、ホーゼの5人は、馬の脚を休めるためにこの城郭都市に立ち寄っていた。


◇◇◇


 ――遡ること5日。


 トロルとの戦いから2日後、フロンは近い将来に再訪することを約束し、ルカとホーゼを残して火吹き山に帰っていった。

 そしてその翌日、人払いされたニューワールドに呼び出された新世代の5人――セラド、ヘップ、サヨカ、ルカ、ホーゼは、バァバから受けた説明を咀嚼していた。

「アンタが行って話してくればいいだろ。ゲートでヨ」

 まず口を開いたのはルカだった。バァバは首を横に振った。

「無理。その島にアタシのゲートのしるしは無い。行ったことすらないからね」

「ならヨ、その島に近いっていう港町とか、その周辺の場所には?」


 生者を瞬間移動させるスペルは、3つある。

 ①ゲート。転送魔法門。

 術者が印を残してある任意の場所に、を瞬間移動させる。残しておける印の数――つまり術者が移動できる場所の数は、術者本人の力量に左右される。

 ②グループゲート。集団転送魔法門。

 術者が印を残してある任意の場所に、を瞬間移動させる。移動できる最大人数はその質量にもよるが、人間族なら10人程度。ゲートよりも遥かに高度な術で、魔素の消費も膨大なため、使える者が限られる。瞬間移動サービス業を名乗って小銭を稼ぐ者もいる。

 ③エバキュート。緊急脱出魔法。

 使を前提に、術者がスクロールに効果を込めるタイプの魔法。移動先は術者によってあらかじめ指定されており、移動距離に制約もあるが、ゲートを使えない者が自らの意思で瞬間移動できる唯一の手段である。スクロールの作者が死ぬと、スクロールの効果も消滅する。危険地帯の入り口で売られていることが多く、その価格は需要の高低で大きく変わる。飛び先を危険地帯にしておいて第三者を陥れることもできるが、そうした悪意を持つ術者が長生きした試しはない。


「あるよ。ビスマ……島の最寄りの港町にね。何年もご無沙汰だけど」

 バァバの答えを聞いたセラドは、眠そうに欠伸をしながら頭を掻いた。

「ならバァバがビスマに飛びゃあいいだろ。で、船に乗って目的の島へ。オレたちがわざわざ長旅する必要もねぇさ」

「ヒヒ……ビスマは出入り禁止でね。あそこの船乗りは血の気が多いからコワイ」

「あ? 何したんだよ……じゃあせめてオレらをグループゲートで」

「それはノー。この旅は限られた時間のなかで5人の連携を密にするチャンス……」

「そんなもんダンジョンで敵をブッ殺してりゃ勝手に深まるぜ」

「同感だね。仲良しごっこは要らないヨ」

 セラドとルカの意見が一致した。サヨカはにこにこと笑っている。

「クク……。ラクをしようとしない。これはただの仲良し旅行じゃない。フェルパーたちが故郷を捨てて無人島暮らし。よほどの理由があるはず。それをアンタたちに解決してもらいたい」

「めんどくせぇ……その猫人族の女王、ドーラ? ってのはよ、アンタらの戦友なんだろ?」

「ソ」

「なんでそんなに疎遠なんだよ。アンタらやっと居場所を掴んだとか言ってるけどよ、向こうから手紙のひとつくらいよこせって話だぜ」

「ヒヒ……フェルパーってのはそういうもんなのさ。とにかく行ってらっしゃい見てらっしゃい」


◇◇◇


 宿を確保した一行は、賑やかな中央通りに戻り、セラドの誘導に従って酒場を目指していた。

「店はいくつもあるんだけどよ。やっぱり酒も飯もうまいところがいいだろ? 支度金はたんまり貰ってるからパーっとやろうぜ」

 セラドは人々の波を巧みに掻き分け、軽やかな足取りで進んでいく。旅人向けの食糧品や道具類の店が目立っていた城門近くと打って変わって、ここでは住民向けの新鮮な野菜や果物、精肉や魚を取り扱う店が所狭しと並び、多くの客で賑わいを見せている。夕食時にはまだ少し早い時間だが、あちこちの食事処に人々が吸い込まれていく様子も見受けられる。

「トンボさんやニッチョさんを連れてきたら喜びそうですね」

 ヘップは、ドゥナイ・デンが誇るふたりのシェフの顔を思い浮かべた。セラドもうんうんと頷いた。

「興奮しすぎて小便漏らすかもな。あんな僻地であれだけ上手くやりくりしてるんだ。ふたりの腕がありゃプラチナムでも大繁盛するぜ」

「セラドさんが人を褒めるなんて珍しいですね」

「おっ、ヘップくん。言うようになってきたじゃねーか」

「わ、綺麗~」

 サヨカの声に振り返ると、その視線の先には宝飾品を並べる小さな露店があった。

「やめとけ。ニセモノ掴まされるだけだ」

 セラドが手をヒラヒラさせると、サヨカは「そうなんですか?」と肩を落とした。

「あんな露店に高い商品を並べると思うか? この人通りだ。盗まれねーように目を光らせ続けるのも無理があるし、店番がひとりじゃ気づいたとしても追いかけられねえ。追いかけようもんならほかのヤツにまた盗まれちまう。つまりその程度の代物ってことさ」

 セラドはその言葉を証明しようとしてか、「見てな」と言って露店商に近づいていく。目深にフードを被った露天商は粗末な椅子に座ってこうべを垂れ、居眠りしているかのように動かない。

「よう、起きてるか? コレ幾らだい?」

 小粒の宝石がついた指輪を指し示すと、露天商がピクリと動いた。

「999イェンと50ミニイェン」

「ホラな。こんなモンに無茶苦茶な……って、オイ、待て、その声」

 セラドがギョッとして後ずさる。商人がゆっくりと頭を上げると、フードの下には見慣れた老婆の顔があった。

「バァバさんじゃないですか~」

「ヒヒ……買い取ったガラクタをリメイクして小銭稼ぎさ。ちなみに価格は適正。こんなもんとか言ってるアンタの目が節穴」

「ハイハイそうですか。ったく驚かせやがって」

「お前さんたちが真面目にやってるか心配でね……クク」

「やってるやってる。ド真面目にな。馬に乗りすぎてケツが痛ぇよ」

「へぇ。パーっとやろうぜ、なんて借金大王の声が聞こえたのは……アタシの空耳かね?」

 バァバが片眉を吊り上げ、ギョロリとセラドを見上げる。

「あ? ああ、そりゃあ、まあ……英気を養わないとな。てか借金返すヒマも与えずコキ使ってんのはそっちだろ」

「バァバも一緒に食べましょうよ~」

「あ、それいいですね! オイラ賛成」

「ホッホ!」

「ホーゼ! ババアと飯なんか……」

「ちょ、テメーら勝手に決めんなよ」

「ヒヒ……仲良く多数決で、3対2」

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