05『ホビット vs ホビット』

『ホビット vs ホビット』1/6

「ヤァヤ! セラドさんいらっしゃいませ」

「ヨォヨ! セラドさんいらっしゃいませ」

 雑貨屋の奥で盤上ゲームに興じていたハーフエルフの双子が、爽やかな笑顔でセラドを迎えた。今日は国取りごっこなのか、ふたりとも短い栗色の髪の上に骨董品の王冠を載せている。

 セラドは「よ」と短く返し、雑然と陳列された品々を順に眺めていく。

「今日はずいぶんと早起きですね。なにかお探しですか?」

 兄のイノックがちょいと首を傾げて、長い睫毛をパチクリさせながら言った。エルフ族特有の美しい外見的特徴は人間の血で薄まっているものの、瓜二つの顔をしたこの兄弟が美青年かつ好青年であることは集落の誰もが認めている。

「んー、ちょっと、な」

 セラドは話をぼかしながら店内をブラつき、目的の品を探す。普段ならば「いつもの」とハンターの必需品を注文し、金を払ってさっさと出て行くのだが、今日は……。

「在庫の情報はぜんぶココに入ってますから遠慮なく仰ってくださいね」

 弟のイラッチがこめかみを人差し指でトントンと叩き、ニコリと笑った。

 さほど広くない雑貨屋だが、至るところに棚やテーブルが置かれ、無数の商品がビッシリと並んでいる。いずれもレンジャー(兄)とメイジ(弟)がそれぞれの目利きで仕入れた、もしくは創作した品だというが、売り物と呼べるか疑わしいガラクタも多く、買い手が現れぬまま埃を被っている。あまりの品数の多さに、目的の品がどこにあるのか、そもそもあるのかないのか、客が自力で見極めるのは難しい。

 盤上ゲームと王冠を片付けた双子が、爛々とした目でセラドを見つめる。気まずさに耐え切れなくなったセラドは、棚に視線を向けたまま咳払いしてから……さりげなく口を開いた。

「なあ。髪留め……って、売ってるか?」

「「カミドメ?」」

 双子が、同時に切れ長の目を丸くした。

「わかんだろ? 長い髪をアレするアレだ。ピンとかよ」

「ヤヤ! もしやセラドさん、贈り物?」

「ヨヨ! もしやセラドさん、恋……?」

「ちげぇよ! ……オレ用だ、オ、レ、用。見てのとおり髪が伸びっぱなしで邪魔なんだ。後ろは紐で縛りゃいいんだが前髪がな。自分で切るのも苦手だしよ……。失敗したら男前が台無しだろ?」

「「ナルホド」」

 双子が同時に頷く。

「「いつもひとりボッチですもんね」」

 双子が同時に言う。

「うるせぇ」

 グループを組んでいる者たちは、いちばん腕がマシな仲間に散髪を任せることが多い。

「理髪店がありゃいいんだがなぁ。まあこんな僻地で期待するのもアホらしいけどよ」

「「できましたよ」」

「あ? 何が」

「「理髪店」」

「……あぁ?」


 ――ここはどの王国領にも属さず、半ば忘れ去られていた不毛の地、セイヘン。

 歴史書にも地図にも記されていなかった名無しの廃集落は、ダンジョン発見の噂とともにいつしかドゥナイ・デン(=儲けの地)と呼ばれるようになっていた。


◇◇◇


(ホントにあるじゃねーか……)


 ドゥナイ・デン中央通りの厩舎脇から南東区画へと伸びる道をしばらく歩くと、双子が言ったとおりの小屋があった。比較的状態の良い廃屋を素人大工で補修した形跡。壁には、刃物で『理髪』と刻んだ木板が打ち付けられ、扉は客を誘うように開け放たれている。小粋な装いに関心のの字もないハンターばかりのこんな場所で、しかもボロ小屋を改装してまで理髪店を開業するなど、セラドには正気の沙汰とは思えなかった。

「あざッシター」

「こちらこそ。またお願いします」

 セラドが逡巡していると、小屋の中から声が聞こえた。出てきたのは、宿屋のニッチョとジャンだ。

「おやセラドさん、ごきげんよう。貴方も散髪ですか」

 宿屋の支配人テレコの夫、ハーフリングのチョビ髭料理人は、いつもと変わらぬ柔らかい口調で挨拶した。ジャンもセラドをじっと見つめながら、かしこまって会釈する。

「ん、まあな」

 目をそらしながら、曖昧な返事を返す。子供の扱いは苦手である。

「こういうお店は助かりますね。私はいつも妻に切ってもらっているのですが……ご存知の通り、あの豪快な性格でして」

「あぁ、だから時々あんな髪型に」

 コロコロとおかしな髪型になるのは、本人の趣味だと思っていた。合点がいってセラドは口元を緩めた。

「ハハ、そういうことです。ですが女衆に囲まれていた私にも、こうして男家族ができましたから……いいきっかけにと」

 苦笑したニッチョは、優しい眼差しでジャンを見上げながらその腰をぽんぽんと叩いた。中年とはいえハーフリング、人間の少年と比べても小柄である。

「腕は良さそうだな」

 ふたりの仕上がり具合を観察しながら言うと、ニッチョは「ええ。お勧めですよ」と微笑んで立ち去った。

 ひとまず安心したセラドが入店すると、

「らッシャーセー」

 商売人らしいイキのいい声が飛んで来た。

 セラドはいつもの癖で素早く店内を観察した。入ってすぐ、左手の壁際には順番待ちのための粗末な長椅子。いまは誰も座っていない。右手の元居住スペースは間仕切りが取り払われ、仕事場になっている。理容椅子はひとつだけ。窓から差し込む陽の光が背もたれを照らし、その正面には、ここが理髪店であることを示す大きな鏡。そして椅子の周りにはいくつか木箱が置かれていた。

 こちらに背を向けてほうきをせっせと動かしているのは、双子の話の通り、ホビットだった。木箱は、小柄な店主が仕事をするための踏み台だろう。縫製が雑な布エプロンを身につけ、腰に巻いた革製のシザーケースには鋏が2本、剃刀が1本、櫛が1本。いかにも理髪師らしい格好だが、向き直った男の面構えを見て……セラドは訝しんだ。

「ササッと綺麗にしちゃいやスんでお待ちを」

「ああ」

 セラドは長椅子に腰を下ろし、ホビットの面構えを観察した。人間で言えば20代そこそこだが、平均寿命が100歳を超え、成人は30歳を過ぎてからと言われるホビットだからもう少し上だろう。クセの強い茶色の巻き髪。浅黒い丸顔はニコニコと笑っているが、薄い眉の下に張り付いた目つきがセラドの心をザラリと撫でる。3人で旅していたあの頃、何度も見てきたと同じ。

 掃き掃除を終え、理容椅子に散った髪をブラシで払っていた店主は、背中を向けたままおもむろに口を開いた。

「……ダンナ、どっかでお会いしやしたかね?」

「オレは記憶にねぇな」

「そりゃ失礼、さっきからアッシのコトをジロジロ見てるもんで、つい」

「ジロジロ見たくもなるさ。こんな場所でわざわざ理髪店を開こうって変わり者だ」

「へへ、たしかに。仰る通りで。さ、どうぞ。あ、剣は邪魔でしょうから預かりやス」

 店主に促されて、セラドが理容椅子に座る。だが剣は預けず股の間に立て、柄頭に両掌を乗せる。髪の具合をたしかめる店主を鏡ごしに睨みながら、静かに会話を再開する。

「もとは何を?」

「東方の国で小さな店を構えてやした。圧政にウンザリしてここへ」

「そうじゃねぇ」

「はい?」

「理髪師をやる前は?」

「はて……」

「とぼけんな。どっかの窃盗団だろ。いや、野盗か? それとも一匹狼か」

 セラドが単刀直入に訊いた途端、店主の手が止まった。しばしの沈黙のあと、小さく溜息を吐いた店主は観念した様子で喋りはじめた。

「……もう足は洗ったんスよ。勘違いしないでくださいよ? 弱い者を襲うようなゴロツキじゃありやせん。立派な盗賊団でした」

「ケッ。盗賊団に立派もクソもあるかよ」

「アッシらには信念がありやした」

「そうかい。ま、オレも説教垂れるほどご立派な人間じゃねーからよ。しっかり仕事をしてくれりゃ詮索もしねーし文句も言わねえ。……ただし」

「ただし、なんです?」

「その鋏や剃刀でオレに何かしようとしたら殺す」

 鏡を介して目を合わる。互いに数秒の不動、無言の時間。

「……ダンナ、商売道具でどうこうできなくなると髪が切れねえし髭も剃れねっス」

「ハッ! たしかに、そりゃそうだ。まあいい、やってくれ」

「承知しゃしたー」

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