03『正体不明の存在』

『正体不明の存在』1/6

 夜も間近い時刻にドゥナイ・デンを離れた4人は、宵の空を黒く縁取る稜線を目印に西の山へと向かった。


 枯れた大地を半刻ほど歩き続けた4人は、山のふもと、通い慣れた洞窟にたどり着いた。松明に火を灯して足を踏み入れると、すすり泣くような風の音に乗って強烈な悪臭が漂ってきた。

「う、クッセェ! ちゃんと檻の掃除したのかよ!」

 鼻を摘んだお子様サムライが、奴隷シーフ盗賊の二の腕をいつものように殴った。大きな荷物を背負っている奴隷シーフはよろめいて、

「お、おれはちゃんとやったよ、いつものとおり……」

 と、小声で反論した。

「ホントぉ? セッシャたちが見てないところで手を抜いたんじゃないの? そうだろ!」

 お子様サムライが、また二の腕を殴った。

「痛いよ、そんなに疑うなら自分で掃除すればいいのに……」

「あぁ!? なんか言った?」

「な、なにも。ちゃんと掃除したよ」

 奴隷シーフは、目をそらして腕をさすった。先日10歳になったお子様サムライよりもひとまわり年上なのだが、口答えは許されない。

「んー、この臭い。死んでるな」

 後ろにいた髭面のパパレンジ狩人ャーが唐突に言った。

「えっ」「え! 死んでるの? ホント!? 」

 奴隷シーフは、お子様サムライと同時にパパレンジャーを見た。

「パパ、ホント? 人間の死体が見られるの?」

 お子様サムライの目が爛々と輝いている。奴隷シーフは絶句したまま、自分に落ち度がなかったか懸命に考える。

「ああ、こりゃ腐った死体の臭いだ。なあママ」

 パパレンジャーが、吊り目のママビショッ司祭プに話を振った。

「そうね。さ、歩いて。危ないから前を見なさい」

 ママビショップが、お子様サムライの背中を優しく押す。だが興奮しているお子様サムライは動こうとしない。

「死ぬと腐るんだね、こんなにクサイんだね! パパ詳しい!」

 パパレンジャーが、誇らしげに胸を張った。

「まあな。じゃあ、ここでク~イズ。お前を連れていったあのダンジョン、冒険者の死体を見かけなかったのはな~んでだ?」

「え……と、モンスターが食べちゃうから!」

「正解ッ! だが正解はひとつじゃないぞ。では第2問! 冒険者の骨はどこにいったのかな?」

「ホネ? あ……えっと……うーん……」

「時間切れッ! 骨ごと食べたり溶かしてしまうモンスターもいるんだよ。骨をモンスターに変えてしまうモンスターもいれば、下級モンスターに骨を集めさせて道具やねぐらの材料にする賢いモンスターもいる」

「へぇ……よくわからないけどスゴイや!」

 お子様サムライはまた目を輝かせた。

「とにかく死体には慣れておくといい。真のサムライを志す男児としてな」

 パパレンジャーは教訓を垂れながら、お子様サムライのペーパークラフト武将兜をなおした。

「うん! セッシャがんばる! ……おいボーッとしてないで早く歩けよ。ホラ、ホラ」

 急に歩き出したお子様サムライが、奴隷シーフを小突いた。洞窟はそれほど深くない。目的の場所まであと少しだが、我慢がきかないお子様サムライは歩きながらしゃべり続けた。

「ねえ! どっちかな? ぐったりしてた父親かな? 子供の方はまだ元気そうだったよね?」

「どうかしら。今回は4日も空いちゃったから……両方かもぉ?」

「ウヒョー」

 ママビショップが脅かすような声で言うと、お子様サムライはおどけるように身を震わせて、満面の笑みを浮かべた。

「おいおい、どっちも死んでたら鑑定できないぞ」

 パパレンジャーも歯を剥いて笑った。


 ――ここはどの王国領にも属さず、半ば忘れ去られていた不毛の地、セイヘン。

 歴史書にも地図にも記されていなかった名無しの廃集落は、ダンジョン発見の噂とともにいつしかドゥナイ・デン(=儲けの地)と呼ばれるようになっていた。


◇◇◇


「おやおや、この指輪。シークレットパワーが宿っているよ……ヒヒ」

 鑑定していたバァバが含み笑った。

「エッ!?」

 無意識に大胸筋を上下させたプリーストは、動揺を悟られぬようコホンと咳払いした。

「そ、そんな気はしていたんですよ。ハハ」


(地下1階でたまたま拾った指輪だぞ……僥倖!)


 シークレットパワー。

 一部のアイテムに宿る潜在的なパワー。パワーの解放は一度きりで、アイテムそのもの、またはアイテムの持ち主に対して、大小なにかしらの現象が起きる。現象は、持ち主にとって必ずしも有益な影響をもたらすとは限らない。有益な特殊効果を意図的に付与するマジック・アイテムとは性質がまったく異なり、鑑定眼を持たぬ者は力が宿っていることにすら気づけない。

 シークレットパワーが宿っているか判別し、かつ使いたい場合は、3つの手順を踏まなければならない。

 ①鑑定士:パワーが宿っているアイテムを見分ける

 ②鑑定士:パワーの正体を見抜く

 ③持ち主:身に着けた状態で、アンリーシパワー解放ュのスペルを受ける

 鑑定の基礎とアンリーシュを習得した者ならば、①と③は容易にできるが、問題は②である。どのようなパワーなのか見抜けるのは、卓越した鑑定技能と膨大な知識を有する特級鑑定士だけであり、大陸に数えるほどしいない。たとえ出会えたとしても高額な鑑定料を要求されるケースが多いため、未鑑定のままギャンブル的にパワーを解放する命知らずも少なくない。


「で、いくらになります?」

 大胸筋プリーストは平静を装ってたずねた。

「30000イェン」

「30000!? ……あ、まあ悪くない額、ですね。30000かぁ。んー、なら、売っちゃおうかなぁ。どんなパワーなのか、気にはなるけど……」


(30000も手に入ったら全財産が倍……ッ!)


「アンタ勘違いしてないかい?」

 バァバはやれやれといった様子で指輪をカウンターに置き、パイプ煙草に火をつけた。

「え? 何をですか?」

「30000はね、シークレットパワーの正体を見抜くための鑑定料」

「えぇ?」

「不明のまま売るなら5000イェン」

「えぇ!? おかしくないですかそれ、大きな宝石もついてるし……」

「クク……おかしくない。まったくおかしくない。アンタ、シークレットパワーが宿ったアイテムを持つの、はじめてだろう?」

「は……はい」

「シークレットがシークレットのままならそんなもんさ。高値で買い取って、結果カスみたいなパワーだったら大赤字だからね。それにその宝石は石ころ同然でカスそのもの」

「だとしても……30000イェンの根拠は……」

「けっこうな魔力と精神力を使うからね。でも良心的だよ? パワーがある、って事実はこうしてタダで教えているわけだから……ヒヒ」

「30000は……結構スゴイパワーがありそうだから高め、ですか?」

「さぁね。アタシは常に30000。フェアだろう?」

「30000イェン、か……」

 静まり返った店内に、バァバが煙草をふかす音だけが響く。

「するの。しないの」

「し……ます」

「マイド」

「……」

「先払い」

 バァバが人差し指でカウンターをトントンと突いた。

「え? あ、すみません」

 大胸筋プリーストはポーチを開いて、ほぼ全財産である1000イェン札30枚を取り出した。バァバが札を受け取り、手際よく数える。

「30000、たしかに」

 稼ぎを小箱に収めたバァバは、指輪をヒョイと摘まみ上げ……ブツブツと古代語らしき言葉を呟きはじめた。灰色の髪に隠れていた左眼があらわになり、琥珀色の虹彩がまるで指輪を射抜くかのように鋭く光る。大胸筋プリーストは息を呑んでその様子を見守った。

「……はい、出ました。【爆発】だね」

 バァバが、指輪をスッとカウンターに置いた。

「ば、爆発? 爆発系のスペルを使えるようになる……とか!?」

「いいや、指輪がドカン」

「は?」

「パワーの解放は、そのアイテムを身に着けた状態でおこなう」

「ええ、それくらいは知ってます」

「で、解放した瞬間に指輪がドーン。全身が木っ端微塵になるだろうね……ヒヒ」

「な、何ですかそれ! 最悪じゃないですか!」

「不要なら買い取るよ。25000イェン」

「は!? そんな、30000払ったのに」

「やってみなけりゃわからない、って言ったろ?」

 バァバは親指を立てて、『当店のルール(絶対)』と書かれた張り紙を指した。大胸筋プリーストは店の落ち度を見つけようと張り紙を凝視したが、文字が小さすぎてまったく読めない。

「せめて30000、トントンで……」

「25000イェンです」

 取りつく島もない返事。

「……わかりました。買い取り、お願いします」

「ハイヨ」

 大胸筋プリーストは、唇を噛みしめながら札を受け取った。

「さぁて、どう使おうかねぇ……ヒヒッ」

 バァバは手のひらで指輪を弄びながら、おもちゃを手に入れた子供のように笑った。

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